第8話 混色

「そうですか。ただ、それを検証するには、最低でも隣り合った両方の絵に、非常に微弱な魔力状態の変化がわかる繊細なヒトがいないと無理ですね」


 ベテランオークショニアが中堅オークショニアへと目くばせする。


「……はいはい。おっしゃりたいことはわかりますよ。大雑把な俺とベテランさんでは、微弱な魔力の流れはわかりませんよね。なにしろ、繊細ではありませんからね!」


 大仰に溜息を吐き出してみせると、中堅オークショニアは「めんどくせ――」とか「どうしようかな――」とか呟きながら、フラフラと事務室をでていった。


「人手確保はチュウケンくんにお願いして……。ミナライくんには脚立をもう一脚、用意しておいてもらいましょうか?」

「わかりました」


 見習いオークショニアはパタパタと足音を立てて倉庫へと向かう。


 ふたりの気配が事務室からなくなったのを確認すると、オーナーは絵の側に寄る。正面ではなく、キャンバスの側面を覗き込む


「本当だ。こんなところに筆の跡がありますよ。普通の筆の跡にしか見えないですね。実力のある鑑定士でないと、見落としていたかもしれませんね」


 絵を観察していたオーナーが、手招きでベテランオークショニアを呼ぶ。

 オーナーの反対の手には鳥捕獲網が握られているので、ベテランオークショニアも鳥捕獲網を握ったままでの移動となる。


「おやおや。想像していたよりも、細い筆跡ですね」

「こちらの筆跡は太いですよ」

「これにもなにか規則性がありそうですね」

「そう考えるのが自然ですね」

「今回は、若者たちに譲りますよ? オーナーはそれでよろしいですね?」

「安心してください。若者たちの成長を妨げるような野暮なことはしませんよ」


 ベテランオークショニアとオーナーは笑みを交わすと、元いた場所に戻り、なに食わぬ顔でふたりが部屋に戻ってくるのを待ち続けた。


 ****


 見習いオークショニアが新たな脚立を準備し終えたころ、廊下の方から人が言い争う声が聞こえてきた。


 最初はかすかに、だが、だんだんとはっきり聞こえてくる。


「痛い! ちょっと、チュウケンさん、離してくださいよ。イタタ……」

「離したら逃げるだろ!」

「チュウケンさんについていったらろくなことがおこらないから、身体が勝手に反応するんです! それに、もう定時をまわっていますよ」

「たまには、残業しような?」

「いつもやってます!」


 中堅オークショニアが事務所に戻ってきた。

 若手オークショニアの首根っこをつかんで、ずりずりとひきずっている。


「ベテランさん、お待たせしました。ちょうどいい人手が書庫でくすぶっていたので、釣れてきました」

「くすぶってなんかいません。ちゃんと、自分の仕事をしていました。それから、わたしは魚ではありません」


 中堅オークショニアの言葉に、若手オークショニアは眉を顰めて律儀に反論する。


「ホラホラ、暴れるな。ワカテくん。今日は、みんなで仲良く一緒に、楽しく和気あいあいと残業しような」

「チュウケンさんと馴れ合うつもりはありません!」


 言い合うふたりをベテランオークショニアとオーナーは呆れ顔で見つめる。


「ワカテくん、お忙しいところすみませんね。タルナーの絵を飾るのに人手が足りなくて、ワカテくんに手伝って欲しいのですよ」

「はい? 人手ならこんなにたくさんあるというのに?」

「ええ。正しく絵を飾ってみたいのですよ」

「……お言葉を返すようですが、それは鑑定士の領分ではありませんか? ひとつきも待てば、正しい飾り方がわかると思いますよ」


 ベテランオークショニアに対してもひるまず反論する若手オークショニア。

 中堅オークショニアは苦笑を浮かべ、見習いオークショニアは目を見開いて驚いている。


「まあ、そうでしょうけど、おそらく、我々で『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様の謎掛けをとかないことには、オーナーの生命がどうなるのかわかりませんからねぇ」

「えええええっ!」


 オーナーが驚いたような声をあげる。


「ちょっと、ベテランくん、それは……冗談ですよね?」

「はい。冗談ですが、謎は解くためにあるものです。せっかく、おもしろい謎が目の前に転がっているというのに、それを他人に譲り渡すなど……プロとしては失格です」

「オークショニアの業務内容に謎解きは含まれていませんが?」

「ちょっと、ワカテくん……もう少し」


 中堅オークショニアが慌てて間に入ろうとするが、それをベテランオークショニアが手を挙げて止める。


「ワカテくん、確かに、謎解きは業務内容には含まれておりませんが、ザルダーズで取り扱う品に対しては、常に真摯な姿勢で対峙しなければなりません。それがザルダーズオークショニアとしての矜持です」

「真摯な姿勢ですか?」

「はい。真摯な姿勢で向き合えば、目に映るもの以上のものが視えてきます。この絵は謎を解かれたがっています」

「はあ……」


 淡々と語るベテランオークショニアと、それ以上に淡白な対応をみせる若手オークショニア。


「真摯な姿勢で、まずはこのタルナーの絵と向き合ってみましょう。今まで見えていなかったものが、見えてくるはずですよ」

「ベテランさん、それは業務命令ですか?」

「いえ。謎解きは業務内容には含まれていませんからね。ただの好奇心旺盛な美術マニアたちが集まって、絵画鑑賞のお誘いをしているだけですよ」

「…………」

「ワカテくん、ミナライくんと協力して、正しく絵を飾ってみてください」


 ベテランオークショニアはニッコリと微笑む。

 若手オークショニアはしばし考えた後、ポケットから白手袋をとりだして、絵の前へと移動したのであった。

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