第6話 青

「オーナー……」


 今までルーペで鳥以外のものも丹念に調べていた見習いオークショニアが、絵から視線を外すと三人の方を向く。


「どうかしましたか、ミナライくん?」

「一度、8番目の絵を外してみてもよいでしょうか?」

「どうしてだい?」

「確認したいことがあるのですが」


 オーナーがベテランオークショニアの方に問いかけるような視線を送る。


「わかりました。試してみましょうか? では、また防護服を……」

「いえ。たぶん、防護服は不要だと思います」

「どうしてですか?」


 ベテランオークショニアの質問に、見習いオークショニアはとまどいながらも答える。


「そのう……この絵からにじみ出ている魔力ですが、微弱ですし、悲しみの波動は感じますが、悪意はありません」


 最初はおどおどと。

 だが、話しているうちにふっきれたのか、最後ははっきりと断言していた。


「ああ。そうでした。ミナライくんは、魔力波動識別ジュニア大会のワールドチャンピオンでしたよね」

「そういえば、そうだったな」


 オーナーの指摘に、中堅オークショニアは「うん、うん」と頷く。


「いや、ボクは……。ワカテさんがジュニア大会に出場されていたときは……全然、ダメでしたし……ほら、ワカテさんも『防護服は不要です』っておっしゃっていましたし……」


 見習いオークショニアの語尾がだんだん掠れてくる。


(おいおい。もうちょっと、自信を持ってくれてもいいんだがな……)


 視線をさまよわせながら俯いてしまった見習いオークショニアを、中堅オークショニアは残念そうな目でみつめる。


 若手オークショニアと見習いオークショニアがジュニア大会で年齢が重なっていたのは、1年だけだろうに……と思ったのだが、その1年が見習いオークショニアには大事なのだろう。

 来年からミナライくんは一般の部で、若手オークショニアと競い合うことになるから怯えているのかもしれない。


 見習いオークショニア……能力はあるのだが、気が弱い部分が中堅オークショニアには気になってしかたがない。

 欲望渦巻くオークション会場をリードするオークショニアには、度胸とハッタリも必要となってくるのだが、それが見習いオークショニアには備わっていなかった。


(青いよなあ……。まあ、ミナライくんは、飛び級で卒業しちゃったからな。まだ若いし、精神的に未熟な部分があるのは当たり前だがな)


 自分など、留年と休学制度をフルに活用して卒業した。学生期間中は、世界中を放浪して、色々なことを肌で実際に感じ、学んだ。学生生活を存分に満喫しまくった。

 そういう生き方をしてきた中堅オークショニアにしてみれば、未成年の特権を放棄して、早々に働き始めた見習いオークショニアが気の毒に思えてくる。


 もちろん、これは一方的なエゴであり、中堅オークショニアの偏見であることは承知している。


 とはいえ、見習いオークショニアの心身の自然成長をのんびり待っていたら、ずっと見習いのままとなってしまう。その期間の長さに耐え切れずに辞めてしまうのでは、もったいない。


 決定的に不足している見習いオークショニアの人生経験を、こちら側から刺激して、積極的に増やしてやろうと中堅オークショニアは思った。


 そこでふと気づく……。


(だから、ベテランさんは、ミナライくんひとりに、絵の展示をさせようとしたんだな)


 自分もまた未熟なオークショニアなんだと、中堅オークショニアは自嘲する。


「……でしたら、このままで作業をしましょうか。さっきの絵の反応をみると、防護服の魔力と反発しあっているようですし、逆に防護服を着ていたら、絵の変化を見逃してしまうかもしれませんね」


 メモをとりながらベテランオークショニアが頷く。


「オーナー、防護服の非着用での作業を行ってもよろしいでしょうか?」

「この絵に関する指揮はベテランくんに任せたからね。責任はわたしがとりますので、ベテランくんのやりたいようにしてください。わたしは安全な場所から見学させていただきます」


 オーナーは迷いもみせずに即答する。

 ベテランオークショニアの実力をそれだけ評価しているということだ。


「ベテランさん、防護服はそれでよいとして、絵の中の鳥が逃げ出す可能性があるから、結界装置は使用しておいた方がよいのではないでしょうか?」

「そうですね。チュウケンくんの懸念ももっともです。では、出力は最小値……0.5にしておきましょうか。0.5で絵の動きが止まってしまった場合は、結界装置なしでやるしかないですね」

「わかりました。ミナライくん、念には念をということで、人数分の鳥捕獲網を用意しておこう」

「チュウケンさん、わかりました!」


 見習いオークショニアが鳥捕獲網をとりに倉庫へと向かう。


 そして、鳥捕獲網を4つ持って帰り、受け取った中堅オークショニアは、鳥捕獲網をベテランオークショニアとオーナーにも渡す。


「え? わたしたちも鳥を捕まえるのですか?」


 オーナーが手にした鳥捕獲網を眺めながら、とても嫌そうな顔をする。


「チュウケンくんは、老体に鞭打って、逃げ回る鳥を捕まえろとおっしゃるのですか? 近頃の若者は容赦ないですね」

「都合のいいときだけ、老人の権利を主張しないでください。あくまでも『逃げたら』ですよ。逃げなかったら、網を持って立っているだけでいいです。ご老体にも優しい仕事です」

「……わかりました。逃がさないように注意して作業してくださいね。チュウケンくん、面白そうだからといって、わざと逃がすようなことは、くれぐれもしないでくださいよ。体力測定はやりたくありませんからね」

「いやいや。流石に、おふたりが監視している前ではやりませんよ」


 中堅オークショニアはニヤリと笑ってみせる。


(監視してなかったらやるつもりだったんですね……)

(チュウケンくんも相変わらずですねぇ。あれさえなければ、トリを任せてもいいかなと思うのですが)

(いやいや。わたしはまだ現役で頑張りますよ。オーナーよりも長く務めるつもりでいますからね)


 オーナーとベテランオークショニアは苦笑を浮かべて、コソコソと言葉を交わしあう。


 そうしている間に、見習いオークショニアが結界装置の設置を完了させ、絵の謎解きが始まった。

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