第5話 黒の鳥、白の鳥

「ミナライくん、ルーペを持ってきてくれませんか?」


 ベテランオークショニアに言われ、見習いオークショニアは自分の机の上に置いたままの状態だったルーペを手渡す。


「わたしにもルーペを」


 オーナーが差し出した手のひらにもルーペを載せる。


 ベテランオークショニアとオーナーは絵に近寄ると、ルーペを使って飛ぶ鳥を観察しはじめた。

 

 自由に飛び回る……逃げ回る鳥に苦労させられたものの、しばらくするとふたりはなにやら納得したのか、絵から離れた。


「あの鳥は……朝告ぎ鳥と夜追い鳥のようですね」

「アサツギドリとヨルオイドリですか? ギリギリスでは、アサツギドリとヨルオイドリは生息していなかったはずですが?」


 ルーペを渡された中堅オークショニアと見習いオークショニアは、絵に近寄って鳥を見る。


「驚きました……。これは、オーナーたちがおっしゃるとおり、間違いなく、アサツギドリとヨルオイドリですねぇ」


 中堅オークショニアは絵から離れると、腕組みをして考え込んだ。


 絵の中を飛び回る二羽の鳥。


 ときたま悲しげな声で「チチッ!」「ピピィ!」と鳴いては、朝と夜を告げる。


 黒色の鳥が朝告ぎ鳥で、白色の鳥が夜追い鳥だ。

 二羽は羽根の色は違うが、シルエットは全く同じ。


 実物は見たことがないが、芸術家たちにはその鳥が視えるようで、絵画だけではなく、彫刻や塑像、調度品のモチーフにもよく登場する人気の鳥だ。


 モチーフを通して、オークショニアたちは異世界のことを知る。


 この二羽は『逢えない番鳥』とも云われている、時を告げる時渡りの鳥だった。


 朝告ぎ鳥は、夜が明けてから昼まで――朝の時刻――の空しか飛べない。

 逆に夜追い鳥は、日暮れから夜が明ける前まで――夜の時刻――の空しか飛べない。


 それ以外の時間は、空に溶けてしまっているとも、石になってしまっているとも云われている。


 朝しか知らない黒い朝告ぎ鳥。

 夜しか知らない白い夜追い鳥。


 二羽はお互いが出会うこともなければ、結ばれることもない。

 それぞれが自由に飛べる朝の空、夜の空とも馴染むことが許されず、ただ空を飛び続けるのだ。

 ただひたすらに……。


 目には見えないが、存在はしている朝告ぎ鳥と夜追い鳥。

 だが、朝告ぎ鳥と夜追い鳥はギリギリスには生息していない。

 いや、タルナーがいた世界には、絶対にいない異なる世界の鳥だ。


「それにしても……アサツギドリとヨルオイドリがいない世界に住む画家が、絵の中に『生きたアサツギドリとヨルオイドリを閉じ込める』なんて、聞いたことがありませんね」


 中堅オークショニアのコメントに、ベテランオークショニアとオーナーが同意する。


「では、これが世間に認知される、記念すべき最初の一作目となるわけですか……。定説が覆されるわけですね」

「特異例なのかもしれません」


 絵の中にいる小さな鳥を、ベテランオークショニアとオーナーは眺める。

 なぜかふたりの表情は曇っている。

 世界を驚かせる名作に出会えたと、素直に喜べない事情がふたりの気持ちを重くしていた。


「……困りました。生き物の取り扱いは難しいですからねぇ。生きているアサツギドリとヨルオイドリは『絶滅の恐れのある異世界限定動植物の種の異世界取引に関する条約』に抵触しますから、慎重に対処しないといけません」


 ザルダーズオーナーは眉間にシワを寄せる。

 たしかに『面白い絵』ではあった。

 ただ、組織を運営する者にとっては『面白くない絵』である。


(面倒なコトになりましたね……)


 異世界オークションでは、たまに発生するナマモノ事件だ。

 ナマモノ事件とは、静物だと思っていたものが、実は生き物だった……という事件のことをいう業界用語だ。


 気づかなかったとはいえ、無申請のまま、生きている朝告ぎ鳥と夜追い鳥を所有しているのが明るみになれば、罰則対象となる。

 だからといって、秘匿していたら、さらに罰則内容が重くなる。


 急いで契約している行政書士に連絡して、所有申請書類を作成してもらわないといけない。

 絵画の放置期間が長かったので、行政指導が入る可能性もある。

 念のため担当弁護士にも声をかけておいた方がよいだろう。


 さらには朝告ぎ鳥と夜追い鳥の血統証明証と所有許可証、譲渡許可証が必要となってくる。

 飼育許可証は取得済みだが、飼育員登録証は個体別に掲示が必要なのだ。


 困ったことに『異世界生物飼育及び取り扱いに関する超特級資格鳥類甲種第3類』保持者……は先月、定年退職してしまったので、次の該当資格保有者を急いで任命しないといけない。

 色々と事件が重なり、すっかり後回しになってしまっていた。

 確か、現スタッフの中に数名資格保持者がいたはずである。


 あれこれ考え始めたオーナーに、ベテランオークショニアが苦笑を浮かべる。


「いや、オーナー。我々だけで結論づけるのは早計でしょう。たしかに、この絵のアサツギドリとヨルオイドリは飛んで、鳴いています。ですが、まだ生き物であるかどうかは、鑑定士の鑑定結果を待った方がよいとおもいますよ」

「オーナー、チュウケンくんの言うとおりです。無名の画家ですので、念には念をということで、規定の倍の鑑定士に依頼しましょう。それに、仮にアレが生き物だったとしても、しばらく展示を続けて……絵の変化の観察も行った方がよいでしょうね」


 永続的なものなのか、絵に込められた魔力が途切れたら消失するものなのか、それについても鑑定が必要だ。


「これは……私見になりますが……この絵はまだ完成されていないような気配がしますね」

「ベテランくん、怖いことを言ってくれるね。なかなかにやっかいな……」

「ですね」


 ザルダーズオーナーはぶるりと震え上がった。

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