第4話 空の色

(まだまだ、若いですねえ……)


 じゃれあっている若者たちから視線を外すと、ベテランオークショニアは机の上に置いておいた懐中時計に手をのばす。


 代々のベテランオークショニアに受け継がれている特注品の懐中時計だ。

 小さな傷がいくつもついている蓋を、ベテランオークショニアはそっとあける。

 クラシカルなデザインの文字盤に、シンプルなデザインの針が目に飛び込んでくる。

 拠点時刻以外にも、現地点の年月日と時間、座標点も教えてくれる優れものだ。


 ベテランオークショニアは、コチコチと規則正しく動く秒針の動きを追い始めた。


 5分が経過する。


「では、チュウケンくん、まずは、衝撃緩和装置を解除していきましょうか」

「わかりました」


 中堅オークショニアは見習いオークショニアをともなって、衝撃緩和装置のそばにしゃがみこむ。


 身振り手振りも交えながら、中堅オークショニアは衝撃緩和装置の解除方法を見習いオークショニアに説明していく。


 普段の勤務中の服装や態度をみると、いいかげんそうに見えるのだが、中堅オークショニアの説明は丁寧だし、細かな作業を彼は得意としている。

 長すぎるともいえる細かな説明にも、見習いオークショニアは嫌な顔をせずに、ひとつ、ひとつ頷きながら、真剣な表情で耳を傾けていた。


 見習いオークショニアは最初、メモをとろうとしたが、防護服の上からプロテクターを着用しているせいで、上手く字が書けなかったようである。

 メモはあきらめ、衝撃緩和装置をじっと見つめている。


 一気にオフにするのではなく、一定の時間を保ちつつ、レベルを一段ずつ下げていく。という徹底ぶりだ。


 衝撃緩和装置をオフにすると、また5分の間、様子をみる。次は防護壁装置、その次は結界装置という具合に、同じ要領で次々と解除していった。


 結界装置を解除して5分が過ぎた。


 タルナーの連作に変化はみられない。

 じりじりと時間だけが過ぎていく。


「順調ですね。それでは、一旦、防護服を脱いでみましょうか」


 ベテランオークショニアは焦った様子もなく、慣れた様子で次の行動を指示していく。


 着脱がひとりではできない防護服を、ふたりで協力しあいながら脱いでいく。

 示し合わせたわけではないのだが、中堅オークショニアと見習いオークショニア、オーナーとベテランオークショニアがペアとなって防護服を脱がせあった。


「いやあ……久々の防護服でしたが、もう少し……なんとか、動きやすさとかを改良できないのでしょうかねぇ。これでは、細かい仕事が難しいですね」


 作業の様子を眺めていただけのオーナーが感想をもらす。


「そうですね。年をとると、このゴワゴワは身体にこたえますね。暑さと内部に籠もった臭いはずいぶんとマシになりましたが、そのぶん、代償として体力の消耗が激しくなりましたね」

「ほう? 疲れましたか? わたしはまだ疲れてませんよ。全然、平気です」

「呼吸がものすごく乱れているというのに? その額に浮かんでいる塩分を含んだ水分は誤魔化せませんよ? それでもなお、平気だとおっしゃるのですか?」


 オーナーとベテランオークショニアの軽口を聞きながら、中堅オークショニアと見習いオークショニアは4人分の防護服を黙々と片付ける。


「さて、さて。ちょっと、これは長丁場になりそうですね」

「そうですね。防護服を着ていない状態で、もう少し……絵に近づいてみましょうか。ゆっくりと、ですよ」

 

 4人はそろそろと絵に近づいていく。


「あ……っ」

「どうかしましたか? ミナライくん?」


 全員の動きが止まった。

 見習いオークショニアは目を細め、絵をじっと見つめ直す。


「空が……空の色が……」


 それだけを言うと口を閉じて、再び絵を観察しはじめる。


「空?」


 そういえば『黄金に輝く麗しの女神』様は、空の絵と言っていた。


「おや?」


 ベテランオークショニアが首を傾げる。


「ふむ」


 オーナーが軽く頷く。


「おお……っ」


 中堅オークショニアも目を見開き、4枚続きの絵を見つめる。


「オーナー……この4点の絵は連作ですね」

「ええ、間違いなく、連作確定です」


 ベテランオークショニアとオーナーが、目を輝かせながら頷きあう。珍しくふたりの声が少年のように弾んでいた。


「すごい……」

「素晴らしい絵だな」


 見習いオークショニアと中堅オークショニアは、壁に飾られた4枚の絵を眺める。


 タルナーが描いた4枚の風景画は、ゆっくりと、とてもゆっくりとだが、時間差で空の色が順番に変わっていた。


 じんわりとした朝焼けから、朝日に染まっていく空の色。

 朝の爽やかな空から、徐々に変化していく昼間の鮮やかな空の色。

 明るい昼から、夕闇に溶けていく空の色。

 黄昏に沈む空が、完全に夜の闇色に沈んでいく。


 そして、再び朝がくる……。


 4枚の絵は同じ間隔で、同じ時間差で空色が変わっていく。

 一番左側に飾った5番目の時間経過を追いかけるように、3番目、11番目、8番目と絵の中の世界は、時間差で一日を繰りかえしていく。


 5番目の絵が朝を迎えたのなら、3番目の絵は夜間、11番目の絵は日没頃、8番目の絵は真昼の空という具合だ。


「チチッ!」


 中堅オークショニアが驚いたような表情で、キョロキョロと周囲を見回した。


「チュウケンくん、どうしましたか?」

「ミナライさん、それが……。今、鳥の鳴き声が聞こえたようなのですが……」

「鳥の鳴き声……ですか?」


 空耳だったかな、と中堅オークショニアが頭を捻る。


「あっ! 鳥が!」


 興奮に頬を赤く染めた見習いオークショニアが、絵の一点を指差した。


 小さな、小さな黒い鳥が「チチッ!」と囀りながら、朝焼けに輝く5番目の絵の中を飛んでいる。

 太陽が登り、時刻が朝から昼の空に変化する頃、隣の3番目の絵に朝が訪れる。


 と、5番目の絵の中を飛んでいた黒い鳥が、3番目の絵にすうっと現れ「チチッ!」と囀り、朝焼けに輝く空を舞い始めた。


(鳥が絵の中を移動している?)


 どういう仕組みなのか、いや、魔力が込められた絵ならではの現象だろう。


「こちらの絵にも鳥がいます!」


 中堅オークショニアが指さした8番目の絵は、現在、日没後から夜の風景と移っていくところであった。

 その薄暗くなりつつある空に、白い鳥が飛んでいる。

 夜が終わり、薄っすらと空の色が明るくなり始めた頃、白い鳥は「ピピィ!」と、悲しげな声で鳴きながら、5番目の夜の空へと飛び込んでいく。


「チチッ!」

「ピピィ!」


 絵の中の鳥たちは、自由に絵の中を飛び回る。


 だが……。


 黒い鳥は朝の空のみに姿を現す。

 そして、白い鳥は夜の空のみに姿を現す。

 決して、二羽の鳥は同じ空を飛ぶことはなかった。


「鳥は二羽ですか。他になにか……生物のようなものはいますかね?」

「いえ。見当たりませんね」

「この二羽の鳥だけのようです」


 目を凝らし、空や雲の合間、草むらの中や岩の影など、四人は絵の隅々まで調べてみたが、鳥以外には見当たらない。

 ベテラン鑑定士なら他にも見つけることができるかもしれない。


「それにしても……悲しい絵ですね……」


 オーナーがぽつりと呟く。


「そうですね。とても悲しい声で鳴いている」


 中堅オークショニアの声がそれに続いた。


 まるで……。

 まるで、絵の中の鳥たちは閉じ込められているようだった。


 互いを求めて呼び合うのに、決して触れ合うことができない、悲痛さがこの絵からは滲みでている。


 それはそのまま、愛する妻を失って嘆く画家の慟哭のようにも聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る