[KAC20247]朝の色と夜の色〜異世界オークションは絵画の謎を解きあかす〜
のりのりの
第1話 愛の色
「これが……問題の連作ですか?」
「そうです。『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様よりご指摘いただきました」
中堅オークショニアの質問に、少しばかり疲れが見え隠れしているザルダーズオーナーはゆっくりとうなずき返す。
ザルダーズの中堅オークショニアは、見習いオークショニアと一緒に、3番テーブル横に置かれた絵の仮梱包をといていく。
「風景画ですか?」
4枚の絵を見て、中堅オークショニアは首を傾げた。眉をひそめ、姿を現した絵を順番に見比べる。
額装は……持ち主の趣味によって変更されたようで、デザインも年代もばらばらだ。
同じ画家による空をメインに描いた風景作品で、サイズが同じという共通事項しかみあたらない。
描かれている時間も場所もばらばらだ。
一応『空』の絵ではあるが、漠然としており、連作として決定づけるには「なにかが足りない」と中堅オークショニアは思った。
使用されている色にも統一性がなく、季節もいつのものなのかよくわからない。
綺麗な絵ではあるのだが、訴えてくるものが感じられず、説得力に欠ける作品だ。
買い手を探すには苦労しそうだ。だからこそ、今の今まで倉庫で眠っていたのだろう。
「タルナーですね。……ジーゼ・ロイド・ウィリアーム・タルナーの、晩年の作品です」
見習いオークショニアが絵を保護していた布を丁寧にたたみながら、誰に聞かせるわけでもなくぽつりと呟く。
「タルナーは風景画家としてよく知られていますが……」
(いや、ミナライくん! その認識は間違っているぞ! タルナーはけっこう、というか、めっちゃくっちゃドマイナーな画家だぞ! 一般的には全く知られていないから!)
と、中堅オークショニアは心の中だけで反論する。
口にださないのは、今はマイナーな画家であっても、ザルダーズに保管されていたということは『その時』がきたら、この作品も『化ける』ということだ。
その可能性を潰すコトバは、オークショニアであるならば、決して発してはならない。
「タルナーの晩年の作品は『見えたもの』ではなく『視たままのもの』を描くようになったそうです。これも、そうみたいですね」
「ほう。……そうだったのですか」
オーナーが相槌をうつ。
目録や台帳、人物名鑑を調べたらわかることだろうが、オーナーは真剣な表情で見習いオークショニアの呟きに耳を傾ける。
「若い頃は実際にその場に赴いて、作品を最後まで仕上げていたそうです。放浪の画家でした。ですが、夫人が体調を崩してからは放浪をやめ、静養地の風景しか描かなくなり……夫人が亡くなった以降は、アトリエに籠もって、ひたすら夫人が褒めていた風景画を描いていたそうです」
「だから風景画が多いのですね」
「そうだと思います。タルナーにとって風景画こそが夫人との愛の証。愛を表現する手段だったと思います」
タルナーの墓には『生涯をかけて愛の色を探し続けた画家』と刻まれている。
そのコトバを刻むように指示したタルナーの友人は「わたしの親友は、愛する夫人のためだけに、ひたすら風景の絵を描きつづけた画家だ」と、話していたらしい。
「これは、その……タルナーが伴侶を失った頃の作品かな?」
「それは……専門家の鑑定に委ねますが、モチーフのあいまいさ、複数の色がまじりあった独特の色使い、跳ね上がるような筆のタッチ、それに、絵の具に含まれている魔力量をみると、ほぼ晩年の作で間違いないと思います」
「ほう。確か、タルナーの出身地は……どこだったかな?」
「ギリギリスです。魔法はおとぎ話の中だけにしか存在せず、魔力も非常に少ない地域でした。夫人の死後、タルナーの絵には魔力が宿るようになったようです。タルナーは、夫人が亡くなったちょうど一年後に、後を追うようにして病で亡くなってしまったので、作品数自体が少ないのです。連作があるなど初耳です」
話を聞いていた全員の目が「キラン」と光ったが、未熟な見習いオークショニアは気づいていない。
「よく知っているね」
「いえ……たまたまです」
そう、たまたまだ。
気になることがあったから、見習いオークショニアは、業務後にタルナーについて必死に調べたのだ。
売れない画家だったタルナーについての資料が少なく、また、自由になる時間をなんとかやりくりして調べたので、記憶に強く残っていただけだ。
見習いオークショニアは、もう一度、タルナーの絵を自分の目で見て確かめたいと思った。
しかし、タルナーの絵は、見習いの身分では立ち入ることができない場所に展示されていたので、泣く泣く断念したのだ。
その絵を再び、しかも、こうして手にとって間近で見ることができた幸運に、見習いオークショニアはとても興奮していた。饒舌にもなるだろう。
****
異世界の品を取り扱っているザルダーズのオークションハウスには、よっつの出入り口がある。
スタッフたちが使用する『従業員専用出入り口』。
オークションの品を搬入搬出するための『搬入口』。
オークション参加者が利用する『正面玄関』。
そして、お忍びでオークションに参加したい貴人が、特別料金を支払って利用する賓客用の『特別玄関』。
いわゆる『賓客ルート』とスタッフが呼んでいる導線は、顔が判別しづらいと云われている黄昏時の色にあわせた照明で終始一貫されており、参加者の素性を巧みに隠す工夫がなされていた。
接客スタッフは、賓客に対して、『視線を送らず』、『身元を探らず』、『多くを語らず』の『サンラズ』を徹底的に教育しており、その指導力は高い評価を得ている。
また、ザルダーズが私的に所有している調度品、美術品を賓客ルートに展示することによって、待ち時間の無聊を慰め、他の賓客とバッティングしないよう、巧みに進路を調整していた。
その結果、賓客は己の素性をスタッフも含めた他人に知られることなく、安心してオークションに参加できるのだ。
古めかしい造りのオークションハウスには、賓客用の玄関ホールを入ったすぐ隣に、ギャラリーを兼用している待合室がいくつかある。
貴賓席の準備が整っていない場合や、移動時に他の賓客とバッティングする可能性がある場合は、まずはこの部屋に賓客を案内して、時間稼ぎの『足止め』をするのだ。
その賓客をもてなすための待合室に、タルナーの絵は飾られていた。
見習いオークショニアは、数日前にこの絵を倉庫から出して展示する作業を手伝ったのだが、そのときに感じた違和感はこれだったのか……と、ひとり納得したのである。
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