第2話 黄金に輝く

「そういえば、ミナライくんの専攻は、絵画だったかな?」

「はい。オーナー、異世界芸術絵画史を学びました」

「そうそう。そうだった。異世界芸術絵画史は学ぶことが多岐にわたって、大変だっただろう。『黄金に輝く麗しの女神』様によると、これは空の絵の連作だそうだよ。ベテランくん、あそこの壁スペースにこの連作を飾って試してみたいんだけど、いいかな?」

「二、三日の間なら、そこの壁を使っていただいてかまいませんよ。ミナライくん、2番の壁にタルナーの絵を飾ってくれるかな? あ、チュウケンくんは、ここから歪みのチェックをしてくださいね」


 一緒に絵を飾ろうとした中堅オークショニアの行動を、ベテランオークショニアがやんわりと制止する。


 ふたりで手分けして飾った方がもちろん早いのだが、オーナーも反対しないということは、なにか思うところがあるのだろう。中堅オークショニアは「わかりました」とだけ返事をする。


 どれも8号サイズの絵なので、見習いオークショニアがひとりで扱っても問題はない。


「そうだ!」


 なにかを思いついたのか、オーナーがいきなり甲高い声をあげる。


「念のため、ミナライくんは防護服を着てから飾ってもらった方がよいかな。チュウケンくんは、結界装置の準備をしてください。設定はレベルセブンにしておこうか」

「え…………?」

「は…………?」


 オーナーの過激発言に見習いオークショニアと中堅オークショニアが凍りつく。


(防護服?)

(結界装置をレベルセブンに設定? って、致死レベルトラップ有りの呪われた作品を取り扱う場合の設定だぞ!)


「お、オーナ? それはどういうことでしょうか?」


 反論できないオークショニアたちにかわって、微妙にぎこちない笑みをにじませながら、ベテランオークショニアが質問する。


「ああ。念のため、ですよ。念のため。ベテランくん、そんなに怖い顔をしないでくださいよ」


 笑顔を崩そうとしないオーナーに、ベテランオークショニアは厳しい眼差しを向ける。


「念のため? その根拠は?」

「根拠はですね『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様が、『正しい順番で、正しく絵を飾ってみなさい。面白い絵を見ることができる』とおっしゃっていたので、もしかしたら……わたしが抹殺されるという『面白い絵』なのかな……と思い至りまして」

「…………」


 にっこり微笑むオーナーを、ベテランオークショニアは呆れ顔で眺める。

 そこまでの恨みを『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様から買うとは、一体、どんな大失態をオーナーはやらかしたというのだろうか。


「…………チュウケンくん、結界装置の他に、防護壁装置と衝撃緩和装置もレベルセブンで設定してください。ミナライくんは、防護服にプロテクターを取り付けるのを忘れないでくださいね。ゴーグルもだよ。わたしたちも防護服を着用しましょう」

「ベテランさん……それって。抹殺抹消レベル以上の危険物取り扱いに……」

「念のためですよ。念のため」


 老練なふたりに敵うわけもなく、見習いオークショニアはロッカーに保管されている防護服をとりだす。


 中堅オークショニアは鍵棚から戸棚の鍵をとりだすと、二重仕掛けになっている戸棚の鍵を開け、棚をスライドさせる。

 そして、仕掛けの中に保管されている防護壁装置と衝撃緩和装置をとりだした。


「ああ、チュウケンくん、さきに結界装置の設定からはじめてください。防護壁装置と衝撃緩和装置はめったに使いませんから、ミナライくんに使い方を教えながら設定してください。時間が少々かかっても問題ありません。指導を優先してください」

「わかりました」


 ベテランオークショニアは手近にあった椅子に腰掛ける。長期戦の構えだ。


「しばらく準備に時間がかかりそうですし、わたしは会議室の方を確認してきますね。こちらの指示はベテランくんにおまかせします」

「わかりました。オーナー」

「ベテランくん、絵を飾る準備が整ったら、必ず、声をかけてくださいね。わたしも立ち会いますから。勝手に始めないでくださいよ」

「オーナー……わかっていますよ。これからはじめるのは職場内訓練です。抜け駆けはしませんから、安心して他の仕事をしてください」


 という会話を終えると、ザルダーズオーナーは賑やかな音が漏れ聞こえている会議室に向かった。


 あちらもあちらで、贋作指摘を受けた2点の絵の鑑定準備と、展示されていた絵の真贋判定準備を行わなければならない。

 『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様の指摘によると、待合室の中に贋作が3点あったという。

 だが、残りの1点は教えてくれなかったそうだ。

 なので、タルナーの絵を除く、待合室に飾っていた全部の絵の真贋判定が必要となったのである。


 オーナーは今回の真贋判定を、新人鑑定士の発掘作業にあてるつもりでいるらしい。

 確かに、鑑定士の腕を判定するにはもってこいの『お題』だろう。


 商機は勝機。


 ザルダーズオーナーの嗅覚は侮れない。


(まったく……。貪欲なヒトだ)


 ベテランオークショニアの口元が苦笑で歪む。

 毎回毎度、ぶっとんだ金銭感覚の『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様には散々な目にあっているのに、ザルダーズオーナーには萎縮した様子が全くみられない。


 鉄の心臓。

 鋼のメンタルな持ち主だ。


 異世界の美術品、骨董品を手広く扱うとなると、そうなってしまうのかもしれない。


 ベテランオークショニアは軽く肩をすくめると、防護服の背中のチャックに悪戦苦闘している見習いオークショニアと、それを手伝う中堅オークショニアに視線を向けた。

 準備にはしばらく時間がかかりそうだった。

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