第3話 赤と青

「あのう……これは、一体、どういった騒ぎなのでしょうか?」


 若手オークショニアが大量の資料を載せた台車を押して事務室に戻ってきたら……部屋では結界装置、防護壁装置、衝撃緩和装置が同時発動していた。 

 しかも、全部がレベルセブンという厳戒態勢だ。部屋の空気がキンキンと音をたてて軋んでいる。


 しかも、見習いオークショニアは、プロテクトつきの防護服を着て、ギクシャクと機械仕掛けの人形のように動き回っている。

 未熟な新人には大変な作業だろう。


 結界装置、防護壁装置、衝撃緩和装置の外側にいるザルダーズオーナー、ベテランオークショニア、中堅オークショニアも防護服を着て、見習いオークショニアの行動を見守っていた。


 怨念と化した王の遺物をチェックしたり、持ち主どころか触れた者を次々と死に追いやる宝飾品を扱うレベルの厳戒態勢だ。


 次回のオークション出品物に、そのような品はなかったのだが……。

 若手オークショニアは首をひねる。


「あ! ワカテくんも、この部屋で作業をするのなら、防護服を着ておいた方がよいかもしれないね」


 オーナーが穏やかな声で不穏なことを告げる。


「はい? メエティオ爆弾の解体でもはじめるのですか?」

「いいえ。タルナーの絵を正しい順番で、正しく飾ってみようとしているのですよ。ワカテくんも見学していいですよ」

「…………?」


 ベテランオークショニアの返答に、若手オークショニアは再び首を傾げる。

 よくわからない。

 理解不能だ。

 連作の絵を飾るだけなのに、この物々しい体勢は一体、どういうことなのだろうか。


 そういえば、あれだけ忙しく事務所内を出入りしていた補助スタッフたちの姿が、ひとりも見あたらない。


「どのようなことが起こるのか予測できませんからね。念には念をというわけです」

「……そういうことですか」

「絵を飾り終えた瞬間を観たいのなら、防護服を着てください」

「いえ、まだ運び出さないといけない資料が大量に残っていますので。……防護服は不要です」


 若手オークショニアは台車を決められたスペースに止め、動かないようにロックをかける。


「ベテランさん、こちらがタルナーの絵の目録と台帳になります」

「ああ。ありがとう。もう見つけてくれたんだね。早速、読ませてもらうよ」

「では、こちらの机の上に置いておきます」


 若手オークショニアは分厚い資料を数冊台車から抜きだし、机の上にドサドサと積み上げる。

 そして、そのまま事務室をでていってしまった。


「…………」

「ユーモアのセンスはありませんが、効率重視の仕事熱心で真面目な子ですよ……。それもそれでよいでしょう……」


 落胆しているベテランオークショニアの肩をオーナーが軽く叩く。


 オーナーに励まされ、ベテランオークショニアは古びた台帳を手に取った。


 該当作品のページには、赤い栞が挟まれている。

 赤い栞は4枚あったが、それ以外にも色違いの青い栞が挟まれているページがある。


 ベテランオークショニアは、青い栞が挟まったページをめくってみた。


「ふむ……」


 小さな声で唸る。

 そのページには、ザルダーズが現在保有しているタルナーの絵についての情報が記載されていた。


 ベテランオークショニアは、栞の色を目印にページをめくっていく。


 タルナーの絵の最大の特徴といえば、風景画だ。

 愛する夫人に見せるためということらしいので、風光明媚な場所が多い。

 そして、タイトルがほとんど「無題」か「不明」となっている点だろう。


 現在、問題となっている絵も『タイトル不明』だ。


 習作には「愛する妻に捧げる習作」とつけられている。

 それだけでも、この画家が愛妻家であることが読み取れた。


 大作は少ない。最も大きいもので12号だった。

 これは連作だが、もし、1つの続き絵を分割したものだったら、これが最大の作品になるだろう。


 問題となっている連作の入手経路、収蔵年月日は「不明」となっており、初代オーナーの私物となっていた。


 この情報だけでは、これが連作だとは誰も気づけないだろう。


 鑑定道具も進化してきたので、今回、専門の鑑定士に鑑定してもらえば、またなにか新しいことがわかるかもしれない。


「ところで……オーナーは、『正しい絵の飾り方』をミナライくんに教えましたか?」


 ベテランオークショニアは台帳から目を離すと、見習いオークショニアの仕事を眺めていたオーナーに語りかける。


「いいえ。ベテランくんにしか教えていませんよ? わたしは口が堅いですからね。ベテランくんこそ、ミナライくんにレクチャーしましたか?」

「そのようなことをしたら面白くないじゃないですか。チュウケンくんにも話していません」


 ふたりは顔を見合わせ、意地の悪い笑みを浮かべる。


 そうしている間にも、事務室の壁に絵が飾られていく。


 プロテクターつきの防護服は動きづらいので、見習いオークショニアにはよい訓練になるだろう。

 中堅オークショニアが容赦なく、絵の角度調整の指示をだしている。微妙なズレも許されず、見習いオークショニアは何度も何度も絵の角度を変更している。



「並べる順番は、5番目、3番目、11番目、8番目ですわ。そして、8番目の絵は、水面に映る空の絵ですので、上下が逆ですわ」



 昨日聞いた『黄金に輝く麗しの女神』様のさえずるような美しいコトバをオーナーは思い出す。


 5番、3番、11番の順番で絵が飾られていく。


 そして、最後の1枚になり、見習いオークショニアの動きが止まった。


「順番通りですね」

「ええ。順番通りに展示できていますね」


 老練なふたりは見習いオークショニアの行動を静かに見守る。


 見習いオークショニアは絵を近づけたり遠くにやったりしながら、何度も絵を眺めていた。

 そして、軽く頷くと、くるりと絵を180度回転させ、『水面に映る空の絵』を壁にかける。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 事務室内に緊張が走った。


 特になにも起こらない。

 オーナーもピンピンしている。


「ご苦労さまです。一旦、ミナライくんは作業エリアから退避してください」


 見習いオークショニアはぎこちない動きで、中堅オークショニアの隣にたった。

 中堅オークショニアがなにやら囁きながら、見習いオークショニアの肩をポンポンと叩き、その後は頭部をぐりぐりと撫でまくっている。


 乱暴な扱われ方をされた見習いオークショニアは、真っ直ぐにたつことができず、よたよたと左右に揺れているが、それもまた微笑ましい光景だった。

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