第8話 文




 私は昼休み、あきに会いに行った。もちろん、いない可能性も十分あった。けれど、今しか、この機会はない。そう思って、行ったのだ。


 天が私に味方したのか、それとも単なる偶然か、どちらかはわからないが、彼は図書室の貸し出しスペースに座っていた。


 周りには誰もいない。私は、そっと彼に近づいて、恐る恐る声をかけた。


「文くん、だよね?」


 私の声にハッと、少し驚いたような表情をしたのち、彼は取りつくろったような笑みを浮かべて、私に応えた。


「はい。そうですが……」


 彼はこちらを窺うような視線を向けてくる。私の顔を眺めて、記憶の中から私が誰なのか、思い出そうとしているようだ。


「え〜、と。偶に、来てますよね。なにかようですか?」


 思い出してホッとしたのだろうか、彼は無垢な笑みで、私に問うてくる。


「ようって言うか、文くんは、沙良ちゃんと付き合ってるって聞いたんだけど、本当?」


 驚いたような表情をする文。その話題が出るとは思っていなかった、と言った顔だ。


「えぇ、本当ですが……」


 まるで不審人物を見るような瞳で言ってくる。


「それじゃあ、……沙良がイジメをしてたことも知ってるよね?」


 文くんの笑みは凍りつき、まるで何を言っているのかわからないと言うように、ポカンとしている。対照的に、私はとても笑顔で、話しているだろう。それが、自分自身、わかる。


「沙良はね、とある女子生徒を散々いじめてたんだ。まぁ、名前は伏せておくよ。で、彼女はクラスメイトや教員にはバレないようなイジメをしていた。その人を無視したり、わざと馬鹿にするような声をかけたり、教材をゴミ箱に投げ捨てたり、弁当を捨てたり、まぁ色々やっていたんだよね」


 文くんはとても驚いた表情で、私はとても満足だ。


 普段なら絶対にしない口調だけど、それをどこかで楽しんでいる私がいる。


「それを……それを、なんで僕に話したんですか?」


 私はジーっと彼を見つめる。


 彼は、私が続きを促すように見つめ返してくる。私は、それが面白くてニコニコと目を合わす。


「ふ〜。そんなに聞きたい?」


「……はい」


 迷うような逡巡も好奇心には敵わなかったのか、彼は肯定の言葉を口にした。


「私はね、彼女と友達だったんだけどね。イジメを止めるように言ったら、ハブられちゃったんだ。だから、私は彼女があのままずっと幸せな顔をしてるのは嫌だなんだよ」


 我ながら、随分と良く回る口だと思う。


「しょ、証拠はあるんですか?」


「もちろんあるよ」


 私が、自分で、私自身がイジメられてたシーンをとった動画。ブレザーに隠したスマホで録画した。


 父が中学になった時に買ってくれたものだ。


 『あった方がいいだろ』と、言って気まぐれにくれたのだろう。


 まぁ、撮った画像はそうとうブレてるし、判断できるのは音ぐらいだけど、彼が本当に彼女を好きなら、声で判断できるだろう。


「それを、見せてください」


 キツイ口調で、彼はそう言ってきた。


 驚きからは回復したようで、彼は、こちらを疑いの目で見ている。


「う〜ん。どうしようかな」


 これまで読んだ小説に出てきた、小悪魔っぽいキャラクターを思い出しながら、私はそれを真似して、彼をおちょくってみる。


 ムッ、とした顔をする文くん。


 私は、『予定通り』なんて思いながら周りを見渡す。


「放課後、どこか二人だけになれるところある? まぁ、あったら教えてあげるよ」


「……本当ですか?」


「嘘言ってどうするの?」


 笑顔で私は答える。これで、二人きりで、色々できるね、そう思いながら、彼を眺める。


「それじゃあ、放課後、ここに来てください」


「まさか、放課後の図書館で話すのかい? それじゃあ、二人だけにはなれないよ?」


 私は、揶揄からかう。


 今は、良い気分だ。


「そんなわけないじゃないですか。案内するんですよ」


 彼は私の方を真っ直ぐ見つめながら、そう言った。


 「ふ〜ん」と言いながら私は彼に背を向け、図書館から出て行く。


 あぁ、放課後が楽しみだよ。私は、私にそう言い聞かせた。




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