第6話 彼
久しぶりに、イジメのない日を過ごした放課後、私は、なんともなしに、廃屋に入った。
別に、そこで何かすることがあったわけではない。ただ、なんとなく、行こうと思ったのだ。
いつものように、裏庭から室内に入る。
空を見上げれば、曇ってきている。雨が降るかもしれない。
鞄の中を探り、仕舞ってある折り畳み傘を確認する。手に取れば、いつも持ち歩いている紺色の傘だ。
私は、それを確認して安堵すると、再びソファに座って、庭を眺める。
いつもと変わらない光景が、そこにはある。
ポツ
ポツ
と、雨粒が、屋根に当たる音がする。
サァァァァァァァァァァァ…………
と、耳に自然と入ってくる雨音。目を閉じて、耳をそばだてるとよくわかるのだ。それは、心を浄化してくれるような、あまりに綺麗で、自然を感じさせる音だった。
「どうしてここにいるの?」
ハッ、と目を見開けば、目の前に20代後半であろう男性が立っていた。
「……すみません」
何と言えばわからなくて、思わず謝罪の言葉が出た。
「……君は、どうしてここにいるのかな?」
再び、彼は私に問うてきた。怒っているというより、不思議がっている様子だ。
「静かで、誰もこないから……」
ぶっきらぼうな答え。私でも愛想が良くないと思う。
「そう、ここは僕のひいお爺さんの家なんだ」
「……そうなんですか」
そう答えてから、考える。そう言った、ということはこの家は彼か、もしくは彼の父親が所有しているのだろうか、と。
「俺は、この家の様子を見てくるように言われたんだ。けど、意外と汚れてなくてね。君が掃除をしていたのかい?」
「は、はい」
「……そう怯えなくて良いよ。とって食うわけじゃないんだから」
さわやかな笑みで、彼はそう言った。改めて見ても、不思議な人だ。
ボサボサの黒髪に、いかにも服装に興味がないというような単色の服とズボン。
ただ、彼が美青年だからか、その服装も無駄にきまっていた。
「まぁ、この建物も、あと数ヶ月もしたら取り壊しになると思うから、それまでに次の場所でも探した方がいいと思うよ。けどまぁ、取り壊されるまでは来てもいいよ」
彼は残念そうに、壁を撫でながら、そう言った。
「そ、それって」
そこまで言って、何を言えばいいのかわからなくなった。何を言うつもりだったのかもわからない。ただ、無性に、何かを言いたかったのだ。
その様子を見た彼は
「あと数日はここにくるつもりだから、何か聞きたいなら、その時に聞いたらいいよ」
彼は、そう笑顔で言って、掃き出し窓から去っていった。
私は、その様子を、『そこから出ていくんだ』なんて思いながら見ていた。
その時、さっきまで降っていた雨がもうあがっていたことに気づいた。
空は暗くなりかけている。
私は、母に怒られるかな、と思いながら、急いで帰った。
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