第5話 学校




「沙良に彼氏できたんだって」


 教室で、そう騒いでるクラスメイトたち。


「え、だれだれ?」


 みんな興味津々で集まっている。


「ここだけの話、1年のあきって子らしいよ」


 大声で言っておきながら、ここだけの話とは、なんぞやと思うが、彼ら彼女らはそんなことは関係ないのだろう。


 ただ、騒いで、楽しめれれば十分なのだ。彼ら彼女らに深い意味はない。知ってる言葉を、適当に使って、それらしいことを言っているだけだ。


 けれど、その中に私の気になったことがあった。『沙良に彼氏ができた』と、彼女は言った。


 あの、沙良にである。私を散々いじめて、楽しんでいる彼女。彼女に、彼氏ができた。


 世は何と不幸なことか。幸福な人を支えるために、とてつもない量の不幸を、多くの人が背負わされている。


 この世に救いがないなんてことは、誰もが、口にしてきた。私は、それを再認識しただけなのだろう。


 けれど、言いたい。私の幸福は、どこにあるのか、と。私が報われる時は来るのか、と。


 仄暗い感情と、持て余すことしかできない悲しみを噛み締めて、私は席を立った。


 彼らの話によれば、沙良は彼氏と一緒らしい。今日、いじめに遭うことはなさそうだ。そう思いながら、図書館へと自然に足が向かう。


 あそこには、誰もこないから。



      ◇◆◇◆◇◆◇




 図書室は、静かで落ち着く。本の匂いが、私の心を安らがせる。


 私は小説を読むことが好きではない。昔は、物語の登場人物に、その世界観に魅了されたこともあった。


 けれど、何作か読むにつれ、小説は一気に面白くなくなり、私の想像の世界も色褪せていった。


 小説を読めば、私より幸せな人がいる。小説を読めば、つまらない陳腐ちんぷな言葉を吐く、つまらない登場人物たちがいる。


 どれもこれも、私のことを馬鹿にしているようにしか思えないようになった。


 全てが、うまくいく主人公。彼、もしくは彼女には、踏み越えることが約束された障壁が立ちはだかるが、それはただの小道具でしかない。そして、何より嫌いな主人公に恋したくらいで、盲目的に、順従的になる愚かな恋人役。


 彼はヒーローという役でしかないのだ。彼女は、ヒロインという役でしかないのだ。彼らは、役に縛られ、操られているだけの、そんな人物なのだ。


 まだ、愚かで、救いのない物語の方が心を癒してくれる。けれど、それと同時に、この世界には素晴らしいものなどないということを違う人生ものがたりで教えてくれるだけだ。


 結局、私が得たのは『本を読むなら、辞書や、図鑑などのほうが100倍役に立つ』という事実だけ。


 けど、本を借りることはしない。運悪く、母の機嫌を損ねるかもしれないのだ。


 前に、一度それで殴られた。『あなたは、こんな本を読んでる暇があったら勉強しなさい』と、言われた。


 私は本の背を撫でながら、歩く。


 読む時間を、今度いつ取れるのかわからないのだ。面白そうなものをすぐにとって、席に座った。


 『世界で一番美しい元素図鑑』とやらで、何冊も出ているらしい。


 私は、それをめくりながら、久しぶりに静かな昼休みを過ごした。


 


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