第4話 母



 学校では、いつものように振る舞う。


 いつも通り、いつも通り、そう言い聞かせながら、授業を聞き、イジメを受ける。昨日みたいなことがあると、いつもこんなことをしてる気がする。そんなことをつらつらと考えながら、家に帰った。


 廃屋には行かなかった。今日は食べ物を捨てられたから。


 鍵を学校の鞄から出して、扉を開ける。


「遅かったわね」


 目の前には母が立っていた。


 家の窓から、私が帰って来るのが見えたのだろう。


 いつもの、高飛車と言いたくなるような声を出して、彼女はこちらを向いている。


「……ただいま」


 なんとも言えない、沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのは彼女の方だった。


「あなたのどこを仁さんは気に入ったのやら。このアバズレ」


 おおよそ、母親の言う言葉ではないような言葉で私を責める。


 私はうつむき、玄関の床の木目を数える。


 母に逆らってはいけないのだ。少しでも機嫌を損ねれば、暴力は当たり前。ただ、聞いてるだけでも怒らせることがある。


「下を見てないで、こっちを向きなさい!」


 肩がビクリ、と震える。恐る恐る、視線を上げて、前を向く。


「こちらにきなさい」


 そう言って、彼女はダイニングの隣にあるリビングへと入っていく。


 また、しつけが始まるのだろう。そう思うと、気がだるい。


「返事は!」


「……はい」


 機械のように言われたことを淡々とこなす。そこに、一切の感情もともなうことはない。ただの作業だ。


 リビングルームにつくと、彼女は、ろくに吸いもしないタバコを取り出す。


「上を脱ぎなさい」


 言われた通りに、上半身裸になる。


 彼女は、私の前でライターでタバコに火をつけ、「スゥー」とタバコを吸う。そして、そのまま私の顔に「ふぅ〜」煙を吐く。


 白い煙が私の目にみる。息を吸えば、いつもの慣れ親しんだ匂いと、けむたさを覚える。


「速く後ろを向きなさい。いつものように、黙ったまま、動かないで」


 高圧的な、彼女の声が、嫌に耳に残る。


 後ろを向けば、裏庭が目に入る。ただの手入れのされていない人工芝と垣根が見えるだけ。


 けれど、それらに浸っている余裕はない。


「ッッッ……!?」


 何度やっても慣れない痛みが背中に走る。


「あの人もあの人よね。どうして、あなたを愛すのかしら」


 彼女は、父にわかるように、背中に跡をつけていく。


 痛みで泣き喚いていたのは随分前だ。もう、悲鳴をあげても意味がないことぐらいわかっている。昨夜、「またやられたのか」と笑いながら父が言っていたのを思い出した。彼も、助けてはくれないのだ。


 ただただ、耐える。いつか、この痛みから、この地獄から解放される日を想像して。


 ただ、待ち望んでいるだけでは意味がないのかもしれない。けど、大人になれば、私は解放される。あと数年で、私は解放されるのだ。


 そう信じながら、私は、母が満足するまで、待つ。


 タバコを押しつけられても、水を浴びせられても、ベルトで叩かれても。


 彼女はわかっている。そして、慣れている、どれだけやれば気絶しないか。どれだけやれば、倒れないか。


 30分の長い、躾が終わって、彼女は満足したのか、「風呂に入ってきなさい」と言って、タバコを吸った。


 私は言いつけ通り、風呂に入ることにした。


 時計を見れば、5時だった。



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