二人の闇





「さー!!再出発だよ!今度こそ成功させるからね!フレアーンはここ最近見ないらしいし、あれ一体だけらしいよ!これで安泰だ〜」



「安泰って…もと怪我人がよく言うぜ。呑気だな」



「ま、まぁまぁ!今度こそ成功させましょうね!」




なんとか二人の間を取り持ち、薄く笑う。


内心はどうして仲良くしてくれないのか、とひやひやしていた。


あれから一週間、ソルンと共に特訓し、それとなく技術は高めたつもりだ。

フレアーンももういないようだし、恐らく安全にチェックポイントに辿り着けるだろう…はずだったが二人はずっとこの調子で、安全にはいかないのかもしれない。




「はー…三キロか。一時間くらいでつくかな」



「…いや、そのペースじゃ早いだろ。エマがついてこれない」



「……別に普通でしょ。ソルンはエマちゃんを下に見すぎ。それに最近ずーっとエマエマばっかりだね」



「は?お前は思いやりってのが足りねーんだよ分かってんのか?いっつも置いていきやがって…エマの身にもなれよ」



「何言ってるの?エマちゃんのこと一筋で考えてるし。何様のつもり?」



「二人とも落ち着い──」



「自己中心的すぎるんだよお前。エマの為って言いながら自分を押し通してるじゃねぇか。会ってすぐのときからこの前の風呂までいつもいつも…」



アリアは目を見開き、顔を赤くして黙る。

それ以上言い返せないとでも言うように拳を握り杖を構えた。


口論になって、成否を決めるのは決闘だけ。


それは暗黙の了解の、世界の掟である。


そして「じゃあ戦おうよ。勝った方が今後従うってのはどう?」と交戦を持ちかけて──




(なんで?)



なんで、仲良くしてくれないの?




わたしのことで喧嘩してるの?




なら、わたしがいっそ消えた方が───




「いいぜ受けて立つぞ。持久戦になって終わりだな」



「じゃあそこに立ってほらはやく───」






“ころしあい”なんて。





馬鹿げてるでしょう?







「…いい加減にしてよ!!!」



精一杯の声で、叫ぶ。


どうして仲良くしてくれないの。


なんでお互いを大切に出来ないの?


そんなの、戦争と同じじゃない。


そんなことにも気づけやしないのか。


ああ、醜い。なんて子供らしい──?




「二人ともずーっと揉めて!!挟まれる身にもなってよ!!そんなにわたしのことで揉めるなら──もうパーティを抜ける。ごめんなさい」



「えっやっごめんね!ごめん謝るからお願い抜けないで……!私の思いやりが足りなかった」



……ああ、最悪だ。


どんどん空気が悪くなっていく。

わたしが、余計なことを言ったから。



「ごめんなさい。つい…」



「ううん。エマちゃんは悪くないよ…悪いのは私たちだから───」



「…ごめん、エマ」




ひたすらに静かな空気が、曖昧な空気が囲い込み胸が苦しくなる。重たい空気が服に染み込んだように身体が苦しい。


初めて人に怒ってしまった。


その衝撃もまたわたしの胸を詰まらせている。そしてただ静かに森を進む。



「………二人は、もしどちらかしか助けられないとしたら、どうしますか」



「え?どういうこと?」



「西と東に、別行動で‎城の魔物を倒すことになってしまい、ソルンとわたしが死にかけています。どちらに行きますか?」



「えーそれはエマちゃんでしょ。圧倒的」



「……だろーな。そりゃ今の流れじゃそうなる」



わかっている。わたしは、そんなこともわかった上で質問したのだ。

しかし、現実は助けるなんてできない。本当の窮地に立たされた人間は、どちらかしか選べない。


選べる選択肢すらない。


無力な人間は、到底できないことなのだ。



「そういうエマちゃんは?私とソルン、どっち?」



どっち。



その言葉が頭を流れては消える。


それだけを繰り返して、答えは導き出せない。





わたしに何が出来る?


何を成せるのか?



非力なわたしが、助けられるのは───?




「…………ふ、二人とも、助けます」



「どうやって?私はそんなこと出来ないと思うよ」



「多分、出来る。わたし、は────」



「……やめよーぜ。こんな話題。そりゃエマもアリアを助けたいだろーよ。今俺がここにいるからだろ?」



「ち、違いますよ!!ソルンのこともちゃんと大切に思ってるので!!」



「分かったって。ほらアリアごめんごめん俺が悪かった。てことで、先進もーぜ」




普段は和気藹々とし、突如喧嘩腰になる。

なんて歪な関係なのだろう。


人間関係に疎いわたしには分からない、未知の謎である。



そしてもしどちらかを助けなくてはいけなくなったとき。





わたしは、両方を助ける。





それはきっと不可能ではないだろう。




そう、わたしには。






─────────────……





「…着いた。さて後は名前を書いて〜」



森の中の小さな山小屋に入ると、彼女は一冊のノートに何かを書き出す。


横目に覗くと、それはどうやら名前らしい。

三人分の名前を書きすぐにくるりと小屋に背を向ける。



「よしチェック完了〜!戻ろ」



「え、そんなあっさり──?」



「うん。だってそれ以上要らないし。他の所もこんなものだよ。そこまで大袈裟じゃないからね」



苦労してここまで来たというのにチェックというものはやけにあっさり終わってしまった。


なんとなく、拍子抜けした終わり方。


この冒険の終わりもこんな風だと思うとどこか虚しくなった。



「ま、行きの険悪な空気はナシとしてもあっさりだな。あとは帰るだけだ」



一つ目のチェックポイントは何かの闇が垣間見え、何かを成長させた────?



二人の学校は何がしたいのか分からない。

ついていけないものをふるい落とす為の課題なのか、それとも戦闘を交えつつ成長させたいのか、果たして別の────



「エマちゃん、時間あるよね。低級の魔物倒して帰る?」



「はい、いいですよ!街の人の為にもなるし」



「じゃ、魔物百体ノック〜!!」



「お前エマを殺す気か?」




また和気藹々とした平和な空気。


これはいつまで続くのだろう。



そしていつかこの空気は砕け壊れてしまいそうな、そんな予感がした───







─────────────……






「おはようございます」



「おーおはようアリアは…ってそりゃ寝てるよな。強制起床魔法使って───」



「……あの魔法強制起床魔法って言うの?」



「あぁ。正式名称?ってやつか。こんなの使える人なかなかいねぇけどな。でも俺等のパーティじゃ信じられねーくらい役に立つ、言わば神だ。大魔法使いティアナルに感謝だな」



大魔法使いティアナル。



それはこの天地を創造した数千年前に実在した人間の天才魔法使い。

そしてその子孫は今も天才的魔法使いとされ、宮廷の専属魔法使いとして雇われている。その絆はとても強固で数千年前から一度も絶えず続いているという。



「そういえばさ、十年前くらいにティアナルの子孫…シルシェだったか。行方不明になったよな」



「そう、なんですか?そんなことどこにも…」



「そうだ。世に出てない情報だよ。俺の家が裕福だしまぁ王族との繋がりもあるんだろ。おそらくその流れで聞いた話だ」



「ふうん……じゃあ今は誰が王族を守ってるのですか?そのご兄弟とかご子息が───?」



「それが、分からないんだよな」



小さな胸騒ぎがした。

その始まりは小さなものだったが、やがて確証を得た胸騒ぎへと成っていく。

あの国への不安と、それから────



「……え、それじゃ王族が危ないんじゃ……」



「まぁなんとかなってるんだろ。一般市民にはそんな噂広がってねぇし、そもそも王族だって決して弱くはないからな。強いんだぜ王族の血を継いだやつ」



(ああ───……)



(お母さん、貴方は地獄に生きてきたのですね)



(あんな、あんな縛られた地獄に閉じ込められていたのですね)




わたしはある程度の予測がついてしまった。


それは当然《悪い》予測である。




わたしは狙われている。




そして、じわじわと追い詰められている。





わたしを抹殺するために。








国は、わたしを追いかける。




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