たからもの
「じゃ、気をつけながらね。背後から奇襲されるかもしれないからしっかり警戒して。こんなとこで死んじゃどうしようも無いよ」
「は、はい。できる限り頑張ります!!」
「防御は任せておけ。魔力は使うが常に防御魔法を張っておく」
「怪我したら言ってね。すぐに治すから。ソルンは防御に集中、私は回復と攻撃に、エマちゃんはサポートね」
アリアはてきぱきと指示し、慎重に森の奥を進む。
チェックポイントまではおよそ三キロ。
三キロの間に魔物に襲われなければ大丈夫。
みんなで、抜け切らなくちゃ──
「ここら辺は低級の魔物ばっかりだから大丈夫だと思うけど…いるらしいんだよね、フレアーン…」
「え、それが本当ならここは危険だぞ?!俺ごときの防御魔法じゃどうにも…」
「フレアーンってなんですか?」
「えっとー…強い魔物…かな。攻撃は通りにくいし…それにもっと厄介で…」
そんな呑気なこと、言っていられなかった。
氷の刃が目の前に現れて────
ソルンの防御魔法がギリギリで弾いた。
「……うっわ最悪。言ってる傍から出会っちゃった」
目の前に現れた敵は───
灰色の、石のような質感をしたアリア、だった。しかしそれは決して本物ではなく、造られた玩具のように質素で…色も光もなく、ただ冷たくこちらを見つめて杖を構える。
「えっ?!アリアちゃ────」
フレアーンは戸惑ったわたしを鋭く狙い、素早く氷の刃を放った。
ソルンは直ぐに防御魔法を展開し目の前に広げる。
「こいつはコピーするんだ!!能力もそのままな!チッ…よりにもよってアリアのコピーかよ。アリア!反対から攻めろ!」
「分かった!エマちゃんに攻撃がいかないよう気をつけて!」
二人は連携し、氷と水の攻撃を放つ。
即座にコピーは攻撃で素早く弾く。
弾かれた攻撃はソルンの防御を突き破り──アリアの右肩に直撃した。
ギリギリでソルンは交わしたが、遠くで木が倒れた音が聞こえた。
きっと攻撃は深く切り込まれている。
(わたし、わたし…)
なにも出来ない。
やっぱり足でまといだ。
このままじゃ、二人が。
わたしの恩人が、死んじゃう
アリアの肩からは赤黒い液体が流れて───
ああ、懐かしい。
許せない。
殺さなきゃ、殺される。
殺さなきゃ……
「“
考えるより前に──いや、考えられなかった。
かつてなく速く、鋭く放った矢はこちらに向けられた氷の攻撃を溶かし───
複製の心臓を撃ち抜いた。
───────────………
「おい、アリア大丈夫か?!」
「やめて触らないで。今、回復魔法で治してるけど…これは…ちょっと難しいかも。でもむしろこれで済んだのが奇跡だよ。弾かれて当たったのがソルンの攻撃だからこれで済んだけど…」
「…まぁ、俺は攻撃がてんでダメだしな。とにかく急いで教会へ───」
「そんなことどうでもいいから!!エマちゃんは?!どこに…」
「エマ?さっきまでそこに…ていうか、エマが倒したんだよな、フレアーン正直信じられねー…」
「あそこ、あそこで座り込んでるの、エマちゃんじゃない?!早く、はや…」
「アリアはそこで座ってろ、様子見てくるから止血だけでもしてくれ」
目の前がくらくらしてる。
いや、チカチカ?
そんな区別もつかないほど疲れてしまったのだろうか。
(やっ、た…?)
わたし、やったの?
頭が鈍器で殴られたみたいに痛い。
やっぱり、ここでも逃げられなかった。
思い、出せない。
どうしてわたしが殺されなくちゃいけないの?
どうして、どうして───────
「エマ、大丈夫か?あれ倒したの、エマだよな。魔力切れか…?」
「違う、違うの、違う……」
わたしなんて、生まれて来なければ───
誰も死ななかった。
殺さなかった。
死ななきゃ
わたし、が───
「はっ…はっ…」
呼吸が浅い。
体に空気が巡らなくて苦しい。
立てない。
助けて───────
「一旦、落ち着け。深呼吸しろ。アリアは生きてる。何も心配することないし、今から教会に連れて行くから。ほら吸って──」
彼はわたしの肩に手を置く。
ゆっくりと息を吸って───
「は、あ……はぁ…わたし、わたし…?」
「立てないならおぶる。一旦引き返して教会に戻ろう。チェックポイントはまた今度だ。クッソ瞬殺じゃねぇか……もう少し時間を稼ぐつもりだったのに…」
「ごめん、なさい……立て、ないです」
「分かった。おぶる。おーいアリア、立てるか?──って立てる訳ないな。抱えるから待ってろよ」
森に入って呆気なく、わたしたちのチェックポイント巡りは中断した。
今どれだけわたしたちが非力なのか、見せつけられているようだった。
ただひとつ心に残るのは
(どうして───)
どうして、アリアちゃんはあんなにも直ぐにやられてしまったのか。
彼女はとても強いはずなのだ。
こんなわたしでも倒せてしまう程に、あの敵は弱かった。隙だらけだった。
なのに、なのに…───
───────────……
「はい、あと一週間は安静にしてくださいね。いやぁですがフレアーン相手にこの傷で済んだのは信じられないですね。そもそも回復魔法で軽傷化されていたので治りが早い。貴方たちはとても強いパーティのようで…」
「いえ、そんなことねぇです。守り、きれなかった俺が───」
「教会で戦いにも行かない私のような男に言われても仕方ないでしょうが、貴方たちは素晴らしく強い。フレアーンの攻撃を防御で弾けること自体が珍しい」
牧師の男とソルンは静まり返った部屋の中で会話を重ねる。
そんな会話は耳に入らずただベッドで眠るアリアに目を向ける。
(生きていて、良かった)
ただそれだけが救いのように。
わたしの中にはもう何も残っていないから、この人たちだけは幸せになっていて欲しい。
「アリア連れて宿に戻るか。しばらく安静だとよ。仕方ねー運ぶか。寝てるしな」
「うん…ソルンはわたしとアリアちゃん両方運んでて重くなかったの…?」
「……俺は魔法使い向きじゃ無いからな。魔法が全てのこの世界じゃ役立たずだ」
「そう、なんだ?」
暗く重たい空気に押し潰される。
アリアちゃんの負傷と、己の無力さに悔しさを滲ませている。
静かに宿に辿り着き、ベッドに彼女を寝かせる。
ただ穏やかにすやすやと寝息を立てている彼女の肩はすっかり良くなっていた。
「…あーあ、暇だな。まだ夕方だってのに…」
「……じゃあ、この街を探検しませんか?」
「………え、あ、は?それってデ───!?いや、なんでもねぇ…そうだな、行くか」
何故行きたいのか分からなかった。
ただこの街を、景色を眺めたかった。
石畳の敷かれた綺麗な地面。
灯台の上から見える景色に、感嘆したかった。
「チェックポイント一発目ってのになんか…失敗したな。ごめん」
「…わたしこそ──………いや、やめましょう。こんなことを言ってもキリがないよ」
「そうだな」
静かな空白の中、彼はふと遠くを見つめ目を閉じた。
そして唐突に、大声をあげた。
「クッソなんだよ〜!失敗するしアリアは怪我するし!あーもうなんだこの空気気持ちわりー!あのクソ学校ー!!………よし、言いたいこと言った。さっさと切り替えるぞ。エマ、俺の奢りでどっか行かね?」
「…はい!明るく楽しく!誰かが死んでしまったわけでもないですし!じゃソルンの奢りでフレンチトース…いや、やめます。よければ髪留めが欲しくて」
「髪留め?やだよ俺そういうとこ行くの恥ずかしい。別に要らないだろ」
「最近は三つ編みも自分で出来るようになって…そうなったら今度は可愛い髪留めが欲しいなぁと…ダメなら遠慮しますごめんなさい」
「だーーっっ!!わかったての!!お前
「もってます!!だ、だから今日は頑張って“物欲”ってものを示したじゃないですか!」
すっかりいつも通りの空気になり、胸を撫で下ろす。
フレンチトースト、を呑み込んだのは何故だろう。そして何故か髪留めが欲しいと感じたのだ。
生まれて初めて、何かを欲しいと思った。
アンティークなお店に入り、無数に並んだ髪留めを見つめ唸る。
(しゅ、種類が多い…)
「こんなのどーだ?でもエマ髪長いからな…リボンとか?」
「リボンですか…うーん…あ、こっちの花の彫刻が入った髪留めはどうですか?凄く可愛いです」
「ああ、まぁいいんじゃ…って?!おまっ…それ俺が買わなきゃならねぇだろ?!」
「えっああ…はいごめんなさい何か問題でもありましたか?もしかしてこの髪留めが呪われてるとか──」
「………いや、せっかくだしな。買ってくる」
ソルンの顔は赤く、目を合わせずに髪留めを奪い代金を払った。
そっけなく「ほら」と手渡され「ありがとう」と答える。
すぐに付けようと髪に当てる。どれだけ結ぼうとしても上手く結べない。
「あれ、上手くつけらない…あれ…」
「…貸せよ付けるから。大人しくしてろよ」
彼は「どーやんだよ」とぶつぶつ文句をいいながら、髪留めをわたしの髪につけた。
生まれて三度目の、プレゼント。
一つ目は名前。二つ目は翡翠のペンダント、
そして三つ目は髪止め。
くるりとその場で周り夕日を背に微笑む。
「えへへ、似合ってますか?」
「……………」
「え、あ、似合ってなかったり…?」
「や、似合ってる。すげー似合ってる……ってちっちげーからな!!マシってだけだからな!それよりなんでそういうの全部俺に聞くんだよ」
「だって…ソルンなら素直な意見を言ってくれますし。ソルンのそういうところ、凄く好きなので」
「はっ…?!はっ?!は、あ、えぇ、は?!クソ、か、帰るぞもう!!」
…何故か怒ってしまった。
なにか失礼なことを言っただろうか。
(やっぱり人との距離感って難しい…)
“あの子”はそんなこと教えてくれなかったのに。
ソルン相手にはどうも調子が狂ってしまう。
「待ってくださいよ〜!!」
夕焼けの魔法は二人の仲を加速させる──?
─────────────………
宿の部屋の扉を開けるといつもの調子で、すっかり回復したアリアが待っていた。
「おかえりぃ〜あー暇だった。そんな中貴方たちおふたりでデ───」
「誰かこいつの口の拘束魔法もってないかー」
「ま、まぁまぁ!アリアちゃんの目が覚めてて良かったです!!ほんとに心配で…」
「へーきへーき!!私寝不足だったからさ〜
怪我したついでに寝ちゃってた!」
「は?無駄な心配だったな……こいつはどこまでもマイペースだな」
「でも無事で良かったじゃないですか!わたしたち二人で買い物に───」
「だぁーーっ!!!エマ、大人しく風呂入ってこい沸かしてあるから」
「じゃあエマちゃん一緒に入ろ♡」
腕を強く引かれバスルームへと引き込まれた。普段は一緒に入ることなんてないので、おそらく何か企んでいるのだろうか。
仕方なく服を脱ぎ、付けるのにあれほど苦労した髪留めを外す。外す時はすぐなんだな、とやけに感心した。
「ふーここの宿はバスタブが広くて助かるねぇ…エマちゃん先身体洗って」
「はい」
「それからエマちゃん〜〜!!あの髪留めなぁに?ソルンにでも買ってもらったのかなぁ」
「はい、買って頂きました!可愛いですよね」
「ええぇ!?ほんとに?!冗談半分のつもりだったんだけど…ってことはあれソルンが選んだの!?」
「いえ、それはわたしが…」
「なーんだ。ソルンじゃないのか〜…エマちゃんはあの花言葉、知ってる?」
「いえ、知らないですけど…」
「ふふふ…あれはね、“ブルースター”って言って、花言葉が『幸福な愛』なんだよね!最愛の人に送る花なんだよ…」
「さっ最愛の人?!そんなこときっとソルンは知らずに買ってくださってますよきっと!」
そんな、はずがあるわけない。
最愛の人。
わたしは誰だろう?
“翡翠の瞳の男の子”?
それとも─────
妙な気持ちになり!急いでシャワーで石鹸を流しバスタブに浸かる。
わたしの、最愛の人─────
“翡翠の瞳の男の子”?
それとも────
お母さん?
おかあ、さん──────────
お母様?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます