新たな世界と新たな感情






「よし荷物持った?急いで船がきちゃう」



「待てよおいなんで俺がお前の荷物係なんだ?クソ重てぇ…」



「半分持ちましょうか?わたし荷物少ないですし持てますよ」



「え?や、あ…エマは非力だから無理だろ。別にこれくらい重くねーし」



「エマちゃんも急いで〜!!ほんとに間に合わなくなっちゃうよ」



彼女は船の入口でぶんぶんと手を振る。



行き先はセストーン共和国。



船はわたしたちを急かすように大きく汽笛を鳴らした。


耳に響いたその音は街で小さく聞こえた音より遥かに大きく、何故か身体を震わせた。



なんとか船に入り、目の前に広がる船内をぐるりと見渡して感嘆のため息をつく。


(広すぎる…これが豪華客船というものか…)


初めての船がこんなにも豪華だと感覚が狂ってしまいそうだ。



「部屋は──えっと私たちが243号室でソルンが244号室だね。階段上がって右側」



言われるがままについていき辿り着いた先は広々とした一等室だった。

レースカーテンから明るい日差しが差し込み、大きなシングルベッドがふたつ。

ふかふかであろうソファと化粧台、おまけにお菓子まで置いてある。



「うわぁ…凄い…こんなに広い部屋でいいのかな」



「名門校は太っ腹なのよ。税金総投入…」



よく分からない渋い顔をした彼女はすぐに荷物を置いた。いつのまにか荷物持ちソルンから回収したらしい。



「さて、暇だね〜…どうしよっかなぁ…丸一日かかるからね。ソルン呼んで船内でぶらぶら遊ぶ?それとも女の子二人で遊びに行く?」



「せっかくだしソルンも呼びましょう!こんなに大きい部屋で独りぼっちは可哀想です」



「…ふーん。優しさの塊なわけだ」




渋々ドアを開けソルンの部屋のドアをノックする。



「おーいソルン〜!エマちゃんが一緒に遊びたいってぇ」



「えっえええ?!いやそこまでは言ってないですよ!ソルン、わたし違いますからね!」



彼はゆっくりとドアを開け「分かってるよ」と言った。ソルンが「そんなことあるわけない」と小さく呟いたのは少女には聞こえなかった。



「うーん…プールでも行く?室内だから寒くないよ」



「今、初夏ですよね?別にそこまで寒くないんじゃ…」



「いや、海の上をなめるなよ。初夏だろうと普通に凍える。国の結界だとかなんとかで…」



「で、プール行きたい?ソルン」



「は?なんで俺に」



「安心して、私が渡し船になってあげるから」



「意味わかんねー…テキトーに買い物しよーぜ」



「素直じゃないなぁ…ダメダメ、そんなんじゃ伝わらないよ」



「何がだよ」






そこから時は数時間を過ぎ────






わたしたちは茜色に染まった空を船上のデッキで見つめていた。


離れていく故郷の街を、見つめていた。




「なんだよ、エマ。そんなに黄昏て」



「ううん…なんとなく」



そう、全てはなんとなく、なのだ。

何も思わないし、感じない。


ただあの国にいるより遥かに安心だと言うことだけだ。

辛いことも何もかも国を挟めば無くなってしまう。それだけのこと。





「じゃあもう遅いし部屋に戻ろっか。着くまであと十時間ってとこかな」





黄昏時には思いに耽ける




そんな格好つけたこと、わたしには分からない──────







────────……







「アリアちゃん…!起きてくださいもう朝の九時ですよ!」



どれほど叫ぼうとゆすろうと起きる気配がない。彼女は幸せそうにただすやすやと寝息をたてている。

いつも見慣れたことだが、今日に限ってはそれはいけない。到着の時間が近づいている。



(…そうだ)



こんな時のためにソルンから秘伝の魔法を教わったのだ。


“起きない人を無理矢理起こす魔法”


世界の大魔法使いが編み出した究極の魔法だそう。

今こそこれを使う時がきたのだ。



少し杖を振ると、突然彼女が目を覚ました。



「わっ!?!…うわぁ最悪だ…せっかく気持ちよく寝てたのに…ソルンがエマちゃんに教えたな…!…ってもう九時?!うわぁ到着しちゃう!」



慌ただしく支度を始めた彼女に、呆れ半分のため息をつく。

いつも寝坊をしている彼女に一番ひっそりと怒っているのはソルンらしい。

原理はよく分からないが、効果的面だった。


誰かがドアをノックした。

ドアを開けると呆れたソルンがため息をついた。



「やっぱ寝てたか…あいつ全然起きねーし触れたらキレて悪者扱いするしよー…効果的面だったろ、この魔法」



「うん…!原理はよく分かんないけど…」



「精神魔法…だな、多分。脳に直接働きかける魔法だ。魔力消費も中々激しいが戦力差が大きいときに役に立つ」



「へぇ…詳しいですね」



「まぁ兄貴がな…優秀だから」



「お兄さん…?初めて聞きました」



彼が口を開きかけたその時、船の汽笛は大きく鳴った。


それに遮られた彼の言葉はもう発せられなかった。

その代わりと言わないばかりににアリアが部屋から出てき「準備完了」と得意げに笑う。



「…よし、行くか。荷物持てよ。特にアリアはな」



「えぇ…貴重な荷物持ちが…」



「じゃあわたしが持ちましょうか?荷物は少ないので」



「いや、それじゃダメなのごめんね」



「おいおせーぞ早く降りろー」




船降りばにつくと、磯の香りが風に乗って流れてくる。

爽やかな香りが好きだな、と思った。


ぴかぴかも、きらきらも。


あの都会よりかは華やかでは無いけれど照明はあちこちで眩く光る。

近くには森があり、豊かな自然に囲まれて遥か遠くで魔物の鳴き声が響いていた。




「いいところだね〜ここ。でも魔物は多くてよく出るらしいから気をつけないと」



「そうだな。チェックポイントも森の中だ。

でもエマも吸収力がよくて多少の心配程度で済むようになった」



「確かに、吸収力は抜群にいいよね。一度覚えたことはしっかりやれる」



「え、えへへ…ありがとうございます。お二人の特訓のお陰です」



「さて、宿に行くか。船のように贅沢は出来ないけど割といい部屋だぜ」




ものの数分でついた宿の部屋は、船の部屋より少し小さいだけで内装も家具も十分立派で───贅沢だった。



(そうだった。ソルンは名家なんだった…)



きっと感覚がおかしいのだ。

お貴族様にはこんなのちっぽけに見えるのだろう。


でも、アリアちゃんならいつものようにソルンがおかしいとすぐに言ってくれるだろう。

彼女の背中に、わたしのすぐ後ろにいる彼の言葉の否定を願う希望を送る。



「たしかに狭いね…まぁエマちゃんと二人だしこれくらいこじんまりしてるほうがいいよね」



…前言撤回。彼女もおかしかった。


彼女の家柄について深く触れたことは無いが、確かに身につけているものは一級品だ。

わたしに買ってくれた服だってもしかするとアリアちゃんのお金なのかもしれない。

学校がこんなことにお金を出すはずないのだ。


突如裏切られた気分になって、悲しくなった。



「ふ、二人ともお金持ちだったなんて…!」



「え?ああ私はね…まぁ…オルカさんとリンネさんがお金持ちだったから──」



「…オルカさんとリンネさん?お父様とお母様のことですか?どうして──」



その言葉の続きは飲み込んだ。


彼女の視線は未だかつて無いほど鋭く、鋭利な刃物のようにわたしを───見つめていた。それ以上は許さない、とただ静かに訴えていた。



「……良かったら魔物を狩りに行かない?この街の為にもなるしお小遣い稼ぎしないと」



「…………あぁ、そうだな」



「は、はい。分かりました」



彼女の視線は先程と打って変わってころりと柔らかくなり、いつものにこやかな微笑みを浮かべていた。



貼り付けた、頬笑みを。




─────────…






「…ふぅ、ざっとこんなものか」



「今日だけで二百セチア稼いだよ。大漁大漁!」



「わたしは…もう魔力切れ、です……前衛はソルンでいいじゃない…ですか、どうしてわたしに…」



「これも特訓メニューのひとつだからね。だってエマちゃん前衛か後衛か分からないんだもん」



「見てくださいわたしは後衛です!!辞めてください前衛は!!」



「いやそんなに必死にならなくても…分かったよ。今度からは俺が前衛だ」



森の奥深くに住み着いていた魔物をまとめて退治し──おまけにわざわざわたしと相性の悪い水竜と戦わせられたのだ。


息は上がり足はふらついている。


しかしこの前のように眩暈は起こらないし、倒れることもない。


その理由は分かっている。



(ああ、ずっとこの国にいたい)



その願いは叶わない。


いずれわたしはあの国で死ぬのだ。


抗えない運命は、なんて残酷なのだろう。




「明日からは森を抜けながらチェックポイントを目指すよ!」



「森?どうして…」



「あれ?私言ってなかった?チェックポイントは森の中にあるの」



「ええ、そんなのもしも魔物に襲われたら死んじゃいますよ?」



「まぁ国の学校だし死んだらその程度──なんだろうね。一流魔法使いを生み出すための育成機関だもん」



「すごいですね、国って……でも他所の国をチェックポイントに出来るくらいだから繋がりが深いのでしょうか?」



「そうだね。国同士仲がいいから…ここらの近辺の国は全部仲良し国なんじゃない?」



彼女らよく知らないけど、と付け足したが恐らくその考えは正しいだろう。

そうでも無いとこんな大掛かりな育成など出来ないからだ。



「今日は帰ろーぜ…流石に疲れた」



「そう?貧弱だね〜今から戦う?」



「ボコボコにしたいだけじゃねぇか…無理無理。やるなら二人きりのときだ」



「えぇ…やめてくださいよ、怪我しちゃう」



二人は稀に仲が悪い。普段は楽しく掛け合っているのに、なにがきっかけか突然不穏な空気を漂わせてくるのだ。



(もしかしたら二人とも恋人だったり…?!)



恋人は喧嘩をすると距離が縮まると“あの子”も言っていた。

普段は仲が良く、お互いにお互いのことを思い合い、過去に起こったことも仲良く話し───



ちくり、と胸の奥が痛む。



(あれ?なんでわたし、今胸が痛かったの?)



二人の仲が良いことに、当然なにも違和感や苛立ちもない。それはむしろいい事。


ただ、心ははっきり痛んだのだ。


それが果たしてなにを示しているのか、少女にはまだ分からなかった────





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