秘密は秘密でなければならない






はっと目が覚めた。






(ここは何処?わたしはどうしてここに…)





「ぁう…」




「……起きたなら早くどけ」




「…?…ひぇあ?!?!ごっごごごめんなさい!」






まさか右肩に頭をのせていたなんて。



どうして起こしてくれなかったのだろう。



彼の優しさか気まぐれか。


無言の気まずい時が続く中で、心には不安が募っていくばかりだった。





(嫌われたかもしれない)





そんな内心を察したのか、アリアはわざとらしい大きな声で話しかけた。



「あーあはは……あっもうすぐ着くよ!ボルジエタウン〜!一流魔法使いが沢山いる有名な街!」



窓の外を指さす。

どこまで遠くへ来たのかは分からないが、先程いた街とはまた違った雰囲気の街。


真昼だというのにどこもかしこも眩い光がチカチカと明るく照らす。色とりどりの照明に目がくらむ。




「…うわぁ…クラクラする…」




起きて直ぐに眩しい光を見て当てられたのか、頭が痛く気分が悪い。


思わず顔を伏せる。


そんなわたしを見兼ねたのか、彼はぶっきらぼうに声をかけた。



「大丈夫か?光…いや路面電車で酔ったのか?とりあえず向かい側の窓見とけ。海だし」




「あ、りがとう…」






わたし、大丈夫かな。


こんなのことで気分が悪くなるなんてただの足でまといなのに。





「よかったねエマちゃん。珍しくソルンが優しいよ。普段はこんなのじゃない」




「うるせーな!!」




「うーん…私乗り物酔いを無くす魔法、多分使えると思う。一応天使属性なんだよね」




「天使?」




天使属性なんて一度も聞いたことがない。


おかしいな、属性は全て“あの子”に教えてもらったはずなのに。


世界にはわたしの知らないことがこんなにある。




「…あ、聖属性のことね。東のほうじゃ天使属性って呼んだりするの稀にだけど。聖属性だから回復魔法が得意なんだよね。酔いも治せるよ」




「へぇ…じゃあお願いしてもいい?…」




「んーと…ちょっと待ってね…私もソルンもあんまり酔わないから…」




顎に手を当て悩む彼女の横で「こいつすぐ忘れるから」と余計なことを言う。



「ん〜っ…ああ!あれだ!ちょいっとやってほいってするの」



「意味わかんねぇし…」



「分からなくて結構。エマちゃんこっち向いて。はい深呼吸。それから───」





彼女が杖を軽く振るとすっと気分の悪さが引き、頭の痛みも治まった。先程まで荒れていた海は、凪いだように静寂だ。




「はい、できた!しばらくは効くと思うからこれで大丈夫」




「凄い…治っちゃった。ありがとう…!ごめんね、私のせいで無駄な魔力が…」




「えぇ…そんなに気にしなくても大丈夫だよ〜街には魔物なんてほとんど出てこないし、私そこまで魔力は少なくないよ」





わたしの手を取り優しく微笑む。

静かに見上げた頭の上から半透明な魔力が立ち込めていた。



わたしとは比べ物にならないくらいの魔力。



貧弱なわたしにはこんなに器用な魔法を使えないだろうな。




「ほら着くぞ。荷物持て」




程なくして小さな駅に着き、路面電車は再出発する。

街は色とりどりの光に照らされ眩しく輝く。




「こういうところはね、都会って言うんだよ。光が苦しいかもだけど…大丈夫?」



「ううん。全然大丈夫だよ。凄いね…この前の街と全然違う」






わたしの全てだった世界と、全然違う。






すぐ隣にこんな輝く世界があるなんて、想像したことも無かった。





「よし、どこだっけーソルダンさんのお店」




「多分右だ。この前行った時右に曲がっただろう」




「ああそっか。なに占ってもらう?占いって言うか診断だけどね、あの人」




「それはそうだな。エマの年齢と、あとなんだ?得意魔法とか診断してもらうか」





ここの路地を右。それから左。



されるがままに振り回され、辿り着いたのは先程の眩い光と相反する暗く、古めかしいお店だった。

色とりどりのガラスから見える店頭に並ぶ怪しげな商品は、より雰囲気を漂わせている。




「ほんとに、ここ?どうして?」



「まぁね。ここ学校の密かな御用達でさ。診断がよく当たるってこの見た目な割に有名なんだよ」



「もはや占いじゃねぇけどな。でも診断ってのは世にほとんどないから役に立つんだよ」






そう話しながらドアを開き───







中にいた男は杖を構え、わたしたちに向け攻撃を放った。













鋭い氷の刃。








アリアちゃんだって防御が間に合う訳が無い。






この前の水竜に襲われたときからわたしは何も変わっていない───







時はゆっくりと流れ───────




















鈍く低い音とともにわたしはまた、生きていた。











「え?どうして…」




「何が目的がしらねーけどやめてもらっていいですか?」





鋭い目で杖を構えた彼は、まっすぐに男を見つめていた。目の前には攻撃を受け崩れた防御魔法。



男もまた、睨みつけた表情を全く崩さず杖を構え、こちらに問い掛けた。




「お前、何をしに来た」



「攻撃なんて、何を考えて──」



「何をしに来たと聞いているのだ。答えろ」



「ただ診断を受けに来ただけよ。お客にそんなことするなんて貴方…」



彼女も杖を構え、睨みつける。


わたしはそんな二人をただおろおろと見つめることしかできず、腰を抜かして座り込んだ。



「お前らのような小魚に聞いとらん。そこの金髪の髪を編んだお前だ」



「わ、たし…?」





どうしてわたし?





こんな足でまといの何を気にしているのだろうか?





おそらく同じ考えをしたであろう彼も男に対して言い返す。




「はぁ?いやこいつただの役立たずですよ?何を言って…」




「お前のようなやつがよく言えたものだな。こいつはおそらくお前の数倍強い」




「え、あ、いやあのわたし…全然強くないので…ほんとに」




「…どうして本性を隠す?それとも自覚していないのか?」




「だから!!あの!ソルダンさん…?ですよね。わたし、ほんとに違うんです!」



じっと睨みつけていた男は、呆れたように構えていた杖を下ろし「こい」と奥の部屋に手招きする。




(どうして…?どうしてそこまでわたしを警戒するの?)




通されたのは男の書斎兼占い場だろうところだった。小さなあかりが灯ったランプが、書斎に置かれた万年筆を鈍く光らせる。

椅子が三つと大きな書斎。小さな部屋はとても窮屈で立派な外観とちぐはぐだった。



「で?なんだよソルダン」



椅子に腰掛けた彼は少し苛立ったように足を組み、鋭い視線を向ける。



「金髪のお前、名と歳は幾つだ」



「エマ・ソワンスです。年齢は…わかりません」



「属性は」



「火属性だと…思います…」




そう答えるや否やソルダン、と呼ばれた男は細い目を静かに閉じた。書斎に積まれた本を取り、ゆっくりと眺める。


アリアはしびれを切らしたように立ち上がり男に問いかけた。



「貴方、どうして私たち──エマちゃんに攻撃したわけ?」



「ワシに危害が及ぶからじゃ」



「危害、って…わたし何もできません」



「そうだろうな。だから警戒を解いたのじゃ」




男は目を通していた本をぱたりと閉じ、こちらに向き直った。

髭を触り問いかける。



「で、なんじゃ?何が聞きたい」



「…チッなんだよジジイ。謝罪の言葉もねぇのかよ」



「口の利き方がなっておらんなクソガキ。ワシはお前の大先輩だぞ」



「全く見本にできねー大先輩だな」




彼は睨むのをやめず、負けじと言い返す。男は若者の戯言だ、とばかりに応えるのみでそれ以上は何も言わない。


男が造りだしたおかしな空気は、アリアの一言によって冷たく切り捨てられた。




「…貴方たちいつまでそんなこといってるの?本当に馬鹿ね。じゃあソルダンさん。まずエマちゃんの年齢を教えて」



「…すまなかった。ついこの若僧に手を焼いてしまった。金髪、こちらに来い」



「…あの、エマです」



男が狭い部屋の奥にある扉を開けると、この部屋とは天地ほどの差がある広い部屋が広がっていた。



「空間拡張魔法か。ここにもかけろよジジ…ソルダン」



「黙れ若僧。ここはこの狭さだからこそ成り立つのじゃ」



男は私の肩に手を置き、目を閉じる。

数秒の後男は「うむ」といい「大体理解できたぞ」とまた小さな書斎に手招きした。



「どうしてあの大部屋に連れて行ったんですか?」



「念の為の用心じゃ。そんなことより、こいつの年齢は身長と体重、全ての平均から見ておそらく十四、十五辺りじゃろう。お前たちの二つ下じゃな」



「そうなんですか…って体重?!えぇ…変態ですね。というか未成年を連れ回す私たち捕まらない?」



「まぁ大丈夫だろ。なんとか誤魔化そうぜ」




わたしは自分の知らない年齢について驚いた。





わたし、十四歳なんだ。








いつだろう。



雪が降っていた気がする。



生まれてすぐに、雪の中で捨てられたような──





ふつりと記憶は途切れ、現実に引き戻られる。捨てられたときの記憶なんて、必要ないのに。




「じゃあ次です。エマちゃんの得意魔法と、その他諸々の診断をお願いします」




「────こいつは火属性だろうな。極端に水に弱い。その代わり木属性にとても強く絶大な力を発揮するじゃろう。だが肝心の得意魔法が──全く見えん。霧が邪魔をしているようじゃ」




この言葉、昔言われた気がする。


いつだろう。



本当に?



わたしは捨て子なのに?




「そうなんですか…得意魔法は知りたかったけど…。普通の人ってそんなに見えないものなのでしょうか?」




「普通のやつなら簡単に見えるがこいつはイレギュラーじゃ。肝心な部分が何も見えん」




「…おいエマ、お前なんか隠してんのか?」





大袈裟でなく心臓が跳ねた。



かくしごと。



それは─────






「…わた、し…」






言えない。






言えるわけが無い。






捨て子。それともう一つのかくしごと。






それは────────





「……やっぱりやめよう。エマちゃん困ってるよ。今の時点で私たちに害はないんですよね、ソルダンさん」




「…まぁそうじゃろうな。こいつは魔法界の落ちぶれだ。自分の才も自覚できない愚か者だからな」




「………」




「…ごめんな、エマ。無理に言わせるような真似して悪かった」




「…今日はもう帰ります。お代はいくらですか?あ、ソルンとエマちゃんは先にお店出ておいて」




狭い書斎を抜けて、すぐに外に出る。


ソルンはバツが悪そうに視線を逸らせていた。

わたしのせいで、わたしの中の世界が壊れる。



それはしてはいけないことなのに。



この平和を崩してはいけないのに──




「…ねぇソルン」



「なんだよ」



「ソルダンさんからの攻撃から守ってくれたの、ソルンだよね。どうして…どうしてあんなに早く防御魔法を展開できたの?」



「……俺、防御魔法が一番得意なんだよ。反射神経って言うか動体視力が良いらしいぜ。馬鹿だよな。この世界は強さが全てだろうに。防御なんて強さとは言えない。お陰で家じゃ不良品扱いだ」



彼は寂しく笑う。何を、必要としているのか。彼が何を求めているか分からないけれど──




「お家でどんな問題があるのかわたしなんかには分からないけど守ってくれたソルンにはすごく感謝してるし、防御魔法あってこその強さ、だと思う。ほんとに、ありがとう」




優しく彼の手を包み込む。まめが潰れた手は、途方もない鍛錬の証なのだろう。

彼の努力を、彼自身が否定するのは許せなかった。



「な、なんだよ。べっ別にパーティ守るのなんか当たり前だろ?!大したことしてねーし!」



「そうなのかな…でも嬉しかった。もしかして水竜に襲われたとき、ソルンの防御魔法で守ってくれたの?わたしてっきりアリアちゃんが凍らせてくれたからだと思ってて──」



「まぁ…凍らせるだけじゃ攻撃は防げないからな。間に合わなかったから防御魔法をしただけであって───」



「ん?何話してるの?え、なんだかすっごく仲良くなっちゃってる感じ?」



お金を払い終えた彼女がこちらに来ると、彼はわたしに背を向けた。

硬直し、ピクリとも動かない。



もしかして、手を握ったのが良くなかったのだろうか。



人と親密に関わったことがなく距離感を上手く掴めなかった。




(こういうとき、手を握るのではなく抱きしめるべきだったのかな)




一人悶々と考えたがら結局答えには辿り着けなかった─────










──────────……







「おはよーエマちゃん!よく眠れた?」



「ううん…この生活が嬉しすぎて全然眠れなかった…」



「…それはよかったね!…?」



なんて快適な家なのこ。

ひろびろとしたリビングはふかふかの“ソファ”というものと木製のテーブルがあり、ココアを入れたマグカップが二つ並んでいる。


ここに二人と同居していると思うと今でも信じられない。



隣の部屋から彼が出てくる。支度は既に済んでいて、寝起きのわたしたちとは程遠い。



「はよー…朝飯どうする?俺が作るか?」



「え、作れるの…?」



「おう。それなりにな。実家でゴミ扱いされてたからそれなりに家事はできる」



目を伏せ黙々と卵を割っている彼は、やはりどこか寂しそうで───



「もし聞いてもいいなら、その家について教えてくれない…?なにか助けになりたくて」



「助けとか、エマには無理だろうな。あの家の人間は全員馬鹿だ。力に固執したモンスターだ」



「ソルンの家はね、魔法使いの名家なんだよ。家系のほぼ全ての人がフェノロイドを首席で卒業してるの」



「で、そんな中俺は落ちこぼれって訳だ。防御魔法しか使えないただの屑だってな。そういうの気持ち悪くて家出てきたんだよな」




(その気持ち、なんとなく分かる気がする)




自分の力が足りないという無力感。

遂に逃げ出してここまでいること。



それらの全ては自分に当てはまっていて、妙に彼に親近感を覚えた。




「そうなんだね…わたし、家柄とかよく分からなくて。力になれなくて、本当にごめん…」



「いや、仕方ないしいい。朝から空気重てぇな。ごめん。できたぞ目玉焼きトーストとエマ用フレンチトースト」



「フレンチトースト!ほぁ…お店のみたい…!」



「ソルン、エマちゃんのために練習してたんだよ〜私知ってる。あ、これ独り言ね」



「は?!ちげーし!俺がフレンチトースト食べたかったから…」



「えへへ、ありがとう…!頂きます」







ちぐはぐな三人がひとつにまとまる──


そんなおとぎ話のような出来事があっていいのだろうか。



わたしは、どこまでもわたしだから───




ふと、頭の奥で声が鳴り響く。






『あんたなんて、いらない』





『世界最強の名は私だけで充分よ───』





少し高い金切り声。

その声はただ不快でしかなく、苦しい思い出となって少女の脳内に焼きこまれている。




そう。



捨て子以外のもうひとつの秘密。







それは─────────……





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