登る朝日にさよならを




買い物を終え腰を下ろしたソファはふかふかしていて硬いベッドとは天地の差がある。


こんなお店の中ですらわたしの生活より上だなんて。世界は残酷だ。







「────つまりね、私たち課題を出されてるんだよ」




「課題、ですか?」




「そうなの。フェノロイド魔法学園、って知ってるかな?」





フェノロイド魔法学園。


学校に行っていない無知なわたしでも分かるくらい有名な国が誇る学園だ。


数々の大物魔法使いを輩出する名門学校の生徒が、どうしてこんなところに。




「私たち入学したての一年生なんだけど、その一年生の課題が“決められたペアと冒険をすること”なんだよね。一年生の一年間学校が指定したチェックポイントを周りながら冒険するのが課題なの」



「なるほど…そんな課題…凄いですね、名門校って。なんて言うか、風変わりというか」



「そうなの。で、さらに指定があってね、最終的に四人以上のパーティにしなくちゃいけないんだよね。今私は学校が決めたソルンと二人だけなの」




そこで、エマちゃんなんだよ、と言った。




わたしはその話を聞いてもあまり腑に落ちなかった。


どうしてこんな役立たずなわたしをパーティに入れるのか。


その真意が全く理解出来なかったからだ。





「でも、どうしてこんなわたしを──」




「ちょっと言い方が悪いかもしれないんだけど、期限があってね…その、三人目のパーティメンバーを決める期限。それが明後日なんだよ…。普通の大人に頼むのも忍びないし…そんなところにエマちゃんが現れたの!」


「丁度私たちと歳も近そうだし、魔物に襲われてたから…」




「なるほど…」




「それに!エマちゃんから可能性を感じたの」




「お前それは絶対ウソだろ…」




「ソルンは黙って!!」




彼は釘を刺され、肩を竦めた。




…なんなんだこの人は。余計な一言が多すぎる。




「ダイヤの原石みたいな。磨けば光る気がした。私、直感鋭いんだよ。ほんとにそうかも」




心が聞けば傷つくと予防線を張っていたからに、この回答には大いに納得した。



やっぱりいい人なんだ。



いとも簡単に心は彼女に信頼を許した。それが善か悪かなんて区別はなくて、ただ信頼したいから、と言う曖昧な理由で。




「でも、釘を刺すようで悪いけど…こいつでほんとに大丈夫なのか?あんな水竜にやられるようなやつだぜ?」



「悪いと思ってるなら言うな。じゃあ明後日までに見つけてみなさいよ、メンバー。無理に決まってる」




「…それは、でもさぁ…」




「分かってるなら、早く学校行かなくちゃ」




「がっ、こう?」





学校。



それは未知の言葉で、未知との遭遇。

出来事は川より、星より早く流れていく。


昼に出会って奢られパーティを組み、彼女たちの学校に行くなんて。


世界は、目まぐるしく変化する。




「そう。手続きしなくちゃいけないんだよね」



「手続き…そうなんだ」




そもそもわたしに戸籍があるのだろうか?



手続きというからには戸籍を見せたりだとか、そんなことをしなければいけないはず。



それはまずい、と高鳴っていた胸が急激に冷たくなっていく。





捨て子だと気づかれたくない。




なんとしてでも、秘密は押し通したいのに…



バレてしまえば全ては崩れる。





「割と遠くないよ。電車で七駅!」




「…行くなら急ぐぞ、下手すりゃ終電まで間に合わない。お前、抱えて走るか?」




「え?!いや、大丈夫ですけど…?!」




「とにかく時間が無い。エマちゃん走るよ!」





腕を引かれ、風が頬を伝う。





(こんなに走るの久しぶりかもしれない)




時間に迫られているはずなのに、なぜか楽しく感じるのは性格がひねくれているのだろうか────









─────────……









「あっアリアちゃーん!!」




「…?ああ、エレスチアちゃん!」





手続き会場に着くなり、深いブラックの髪を纏めた女の子がこちらに手を振る。


エレスチア、と呼ばれた少女はわたしに気がつくと勢いよく振る手を引っ込めた。





「あ、三人目の子?私は今四人目のパーティメンバーの審査なんだ」



「そうなんだ〜!この子エマちゃんって言うの。可愛いでしょ?」



「確かに美形だ…でもちょっと髪…整えた方がいいかもね…?」



わたしの髪を見つめて苦笑いする。

それも仕方ない。長く伸びた髪は絡まり、ところどころはねている。


新品の服を身につけていると、なんともちぐはぐだ。



「あ、じゃあ私三つ編みにする魔法持ってるしやってあげるよ」



エレスチアは優しく微笑み髪を手櫛で梳かす。その後三束にわけ、理解のできない編み方をする。

短い杖をすいすいと振り、みるみるうちに謎の髪型は完成する。




「かーんせい!ほら見てみて」



手鏡を差し出しわたしに向ける。


きらきらと反射しながら映された自分を見つめしばし固まる。




すごい、まとまってる…!!



「どう?上手くない?私センスあるでしょ」



「はいとっても…!ありがとうございます!」



「このこ素直で可愛いね。いい子見つけたじゃんアリア」



「でしょ。私直感センスがあるから」




居心地悪そうに視線を背けるソルンを振り返る。見かねて「どうですか?」と問いかけた。





「え?あ、ああっまだマシじゃねーの!?」





妙に上擦った声に違和感を覚えるが、触れないでおいた。

傍で二人はクスクス笑い、別れ挨拶をして手続きに向かう。


先程まで高揚していた気分は海底に沈んだ。




捨て子だとバレる。そう、この気取った“エマ”もおしまいだ。





幻滅され、このパーティから弾かれる。

また独りに逆戻りだ。




(そんなの、嫌だ…!)





「はい、ではここに名前を書いてください。それと性別と属性」




「はい…他には?」




「いえ、結構です。では、気をつけてくださいね」




「ふー…これでひとまず安心だ〜良かった〜」





…名前と少ししか聞かれなかった。




奇跡である幸運にガッツポーズをしながら、

二人の後を追う。





すっかり日暮れになり空は茜色に染まっていた。

カラスの鳴き声が鳴り響き、なんて平和だろうかと感嘆のため息を漏らす。





「ところでエマちゃん、これから私たちの家に住むよね?」




「…え?」




「冒険しなくちゃいけないからほぼ留守だけども、学校側は家をくれます」




「わ、わたしが?一緒に住む…住んでいいのですか?」




「だって、パーティでしょ?あと敬語もやめようよ。エマちゃんって何歳?」




「わ、わわわたし?ですか?えっと、あの、えー…ごめんなさい忘れました。両親がいないものでー…」




捨て子だからなんて言えない。実際いくつか分からない。そんなわたしに深く質問はせず、静かに理解をしたであろう彼女に内心ほっとする。




「あ、じゃあ今独り身なんだね…保護者さんに挨拶しなきゃいけないと思ってた。じゃあ明日、手始めに占い師さんに頼もうか」




「占い師?」




「そうそう。フェノロイド卒の一流魔法使い。色々診断とかしてくれるんだよ〜!」




果たしてその占い師がわたしの秘密を暴くのであれば、当然避けたい道である。



一難去ってまた一難。





なんとか、言い訳できないだろうか…




しかし時は夕暮れ。


この魔法のような出会いはひと時の終わりを示す。




「それじゃあ、今日はありがとう!荷造りしてね〜また明日!」




「また、あした。」




その“またあした”にどれほどの期待と感動を詰め込んだだろう。


こんな日が訪れるなんて想像をしたこともない。






ねぇ“翡翠の瞳の男の子”。










わたし今、仲間ができたよ────











錆び付いていた歯車がまた動き出したよ──












───────………












小窓から朝日が差し込む。



いつもの通りのこれが、こんなに幸せなんて。




小さな鞄に詰めた荷物は少しも重いと感じなかった。古めかしくも懐かしいこの家にさよならを言わなくてはいけない。



「またね。さようなら」



またね、なんて臆病なことをいったのは、自分がこれから起こることに現実味を感じなかったからだ。





本当に、冒険が始まる────





期待と希望を胸に、平穏な日々に終わりを告げる。










さようなら、わたしの平穏な日々。










──────────────……








「おはよう〜エマちゃん。荷物少ないね。忘れ物無い?」




「大丈夫だと思います…」




「…だから、敬語は無しって言ったじゃん。ほら言ってみて!ア・リ・ア」




「あ、ああっ、アリア、さん…」




「ちがーう!“さん”いらないから。ほら呼び捨てしてみなよ」




「あっアリア、ちゃん…」






誰かと親しげに話したのなんて、初めてで。



不慣れなことをするとこんなに顔が熱くなるのか、とやけに冷静に感じた。




「ふふふ…よし。じゃ行くよエマちゃん!あと…ソルン。」




「なんだよ」




「あ、エマちゃん、ソルンは呼び捨てでいいよ!」




「ソルン。アリア…ちゃんが行くって言ってますよ」




「お前俺は躊躇いもなく呼び捨てるのかよ…」




「さーあ、じゃあ行くよ〜!偉大なる占い師、ソルダンの元へ!!」





ソルダン。




どこか懐かしい気持ちが頭をよぎり、すぐに消えた。





ソルダン?




そんな人知らないのに。

また不愉快な気持ちに襲われる。



どうして、どうして…





(切り替えなくちゃ…)




「路面電車で行った方が早いな、多分。最寄り駅は──」




「エマちゃんお金無いんだよね?路面電車代出してあげるよ」




「え、あ、いやそれくらいは流石に持ってます」




「いいの!申請したらちゃんとお金くれるんだ、学校」




「へぇ…」




「おい、着いた…ってかもう来たぞ。喋ってないで早く支度しろ」




彼の声と同時にガタガタと音を立ててやってきた路面電車に乗った。木製の長椅子に、ゆっくり腰掛ける。




揺られながら、生まれて初めての感覚に心踊った。しかしそれも一瞬で、電車とはまた違う揺られ方のせいで睡魔が襲う。


抗い難い生理現象だ。






(ねむ、い…なんでだ…ろ……──)





「…?!?」





睡魔に敗北し、もたれかかったその先は───








ソルンの右肩だった。








「おっおい起きろよ…?!」




「ふれんち…とーすと…」




「は?!」






しどろもどろに慌てる彼を横目にアリアは笑う。「自分でどうにかしてね」と吐き捨て瞳を閉じた。






ソルンは赤面しきり、エマの肩に触れかけ──




その手を顎に移し、頬杖をついた。








「…しらねーよ」







静かに吐き捨て、ただ路面電車に揺られる────








行き先は、ボルジエタウン。







まだ見ぬ先に、エマは進む─────


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