未来への
ひとりの少女には“叶えたいこと”があった。
けして夢、なんて甘い言葉で片付けられない、そんな願い。
トルマリンの髪を靡かせて。エメラルドの瞳を輝かせて。ルビーが光るピアスを揺らして。
明るく口角をあげて、明るい言葉を口にして。
そんな少女は今日も、この世で憎むものを葬るために静かに殺意を温める────…
───────────…
「…エマちゃんは、どうしてるのかな」
「さぁな。エマが望まない以上無理には連れて来れない。魔力の痕跡が少しも残ってないんだよ」
「………寒くないかな、お腹空いてないかな…寂しくないかな、悲しくないかな、わたしのせいで──」
「…違う。俺たちのせいなんだよ。いつかはわかる、ただそれだけのことなんだ。俺らはタイミングを間違えただけなんだよ」
「……そういうあなたも元気がないけどね。一番気にしてるの、あなたじゃない」
「……」
彼は俯き、天を仰いで溜息を着く。
当然彼だって冷静じゃない。それでも私を庇ってくれる。
でも私は彼を庇いたくなかった。
エマちゃんという渡し橋がない以上、私たちには気遣いなんてないのだから。
「…初めて会った時からエマ、おかしかったよな」
「…急になに?どういう意図で言ってるか分からないんだけど」
私が怪訝な顔を向けるが彼は気にせずただ一点を見つめて言葉を続ける。
何故か圧倒してしまうような空気を、彼は纏っていた。
「水竜を、倒せるのに倒さなかった。あれくらい多分エマなら倒せる」
「そう?エマちゃんはあのときそこまでの力がなくて──…いや、あれはきっと腰が抜けてたからで──」
「腰なんて抜けてなかった。俺たちが助けてからの立ち上がりが早すぎる」
「っ…だから、なにが言いたいのよ!!」
「近くに、警察と軍人が居たんだよ」
「…っ!!…だからおおごとになって警察たちが来るのを防ぐために、倒さなかったって言いたいの?」
「エマは炎属性だから水竜と相性が悪いんだよ。もちろん倒せるけど、爆発とかの警察を呼び寄せることを避けたかったんだろうな。おそらく俺らにも気づいてた。利用された」
私たちが気づいていたのは、彼女の“表面的な秘密”に過ぎなかったということ。
それを理解した気になってそれ以上のことに頭が回らなくなる。それ以上の秘密は無いと思い込む。
…ひとの扱いに慣れている…?
「エマは多分、俺らよりやり手だ。無意識かもしれないし意識的に、かもしれない。あいつはひとりで俺らを手玉に取るかもしれない」
「え、エマちゃんが危険って言いたいの?」
「危険なんてわかりやすい言葉より“分からない”なんだよ。この世で一番“分からない”より怖いことなんてない」
彼は不敵に微笑み立ち上がる。
「エマを捜すぞ」
それは先程とは違う、澄み渡った笑顔だった─────
────────…✩.*˚
「…シェリーちゃん、ですか?」
少女は緊張した面持ちで固く微笑む。
遥かに小さな少女と目線を合わせるために、小さく膝を抱える。
目の前の少女の青みがかった丸い瞳を見つめて返答を待つ。
「……なんなのあんた」
「え、えっと、異国からきたエマ・ソワンスといいます。あなたと少しお話してみたくて」
「…そういうの、おせっかい。なんなの?子供だからってなめてるつもり?」
「ちっ違います!何歳だろうと関係ないです」
「…あたし、あんたみたいなの嫌いだから。自分に自信もなく周りを見てばっかりなひと。どうせあたしみたいな人生送ってない幸せなひとなんでしょ」
身を翻し去っていこうとするシェリーの手を握る。
自分より遥かに小さくて柔らかい、儚い手。
その手のひらにはいくつもの絶望と孤独が積み重なっていて────
わたしと同じ、経験だった。
「……わたしも、そうでした。ずっと寂しかった。幸せな人を憎んで、幸せを奪った人を恨んで」
「……っなに?何が言いたいわけ?」
「でも気がついたんです。わたしはただ目の前にある“事実”に理由をつけてなにかのせいして正当化したかったんだなと」
少女の小さな手を、小さな希望を握って。
「泣きたいときは、泣いてもいいんですよ」
どうか、少女のこころに届きますように。
諦めたように瞳を伏せて力なくうなだれた腕を引き、抱きしめる。
精一杯の愛だった。
わたしが今までされてきたことは間違ってないと思いたかった。
“翡翠の瞳の男の子”が後悔しないように。
腕の中にいる小さな少女から零れた液体を、わたしは知らないふりをする─────
────────────………
「すっごいねー!!初めて見たよ、シェリーちゃんが心を開いたひと!あーんなに短時間なのに!!」
「えっ…?あっありがとう、ございます…?えっと、どなたでしょうか…」
「ああ、あたしミュルア・レイリュス!18歳!ここで働いてもう3年くらいかな!あなたは?」
「エマ・ソワンスです。いろいろあって、お世話になります」
「いろいろ…ふーん…まぁ訳ありよね、ここにいる子達も。それよりさ、どうやったらあのシェリーちゃんの心を開かせたの?ここの職員には全く話なんてしてくれなかったのにさ〜」
「…さ、さあ?全く自覚がなくて…。なにが彼女を動かしたかは分かりませんが、人間って甘さを捨てない限り変わらないですからね…」
「…あはは、深いねぇ!エマちゃんって過去に大変なことがあったんだろうね…」
空いた指を絡ませ手頃なテーブルに肘をつき「よいしょっ」と腰掛け窓から覗く眩い光に目を細める。
光は、直視できないくらい眩しい。
まるで目の前に飄々と佇む彼女のように、直視できない。彼女は、ミュルアはどこまでも眩しかった。
たとえ目を背けようと視界に入ってくる光。不可抗力でしかない明るさ。
「…ミュルアちゃ…さんは、今いる状況を楽しんでる気がしてならないんです」
「ん?ちゃんでいいよ〜大して歳も変わらないだろうし。 …まあ、楽しんでないと言うと嘘になるね。でも楽しいことばっかりじゃないよ。ここの子たちひねくれてるし!!」
でもね、と続ける。
そよ風は彼女のサマーオレンジの髪はさらりと流れ彼女のショート丈のスカートを翻した。
「それ以上の幸せなの。ここにいる子達が笑顔で“現実”に戻って行ったとき、わたしは弾けちゃうくらいの幸せを感じてる。ここは色々あった子供が現実逃避するためのところ。もちろん、わたしたちもね」
わたしには分からなかった。
その気持ちが、その感情がなにひとつ。
他人が成長する喜びなんて生涯感じたことなんてない。
わたし、わたしが生きることで精一杯。
冷えきった心が徐々に体を侵食していたことに、少女はまだ気がついていない────
────────……
空が茜色に染まり、鴉が声を揃え始めるころ。
外の木製のベンチに腰かけ「はい」と彼は缶コーヒーを手渡す。
「いーやぁ、疲れたねぇエマちゃん」
「…無茶を言って働かせてもらって、宿まで…なにからなにまで本当にありがとうございます、レンさん」
「いやぁ、人手が増えて楽になったよー…シェリーちゃん、ほんとに手を焼いてたから助かるねー」
栗色の髪が柔らかく揺れ、琥珀色の瞳が僅かに閉じる。
ほんの一瞬の行為すら大人びていておかしな言葉さえ話さなければきっと彼は今頃人気者だろう。
「エマちゃんさ、何歳?働いてもらうのはいいんだけど、この国の法律とかで働ける年齢って決まっててさ。今日は手伝いで済んだけど働くようになるなら僕捕まっちゃう」
「えっ…と…14歳は超えてます、きっと」
「ん〜っ…厳しいねそれだけじゃ。君、捨て子?」
「っえ…」
乾いた声が口の端から漏れ慌てて噤む。
少女の鼓動は早くなり、同時に恐怖も覚える。
(こんなにも、すぐにわかっちゃうものなの…?)
もしかして、アリアちゃんもずっと前から気がついていたのだろうか。
もしかしたら、最初から────?
「…あーごめん、答えたくなかったかな?無理に答えなくていいよ。慣れてるし」
また、気を遣わせてしまう。
だから二人も“捨て子”ということを知っていたけどわたしに言わなかったのかな。
「…わたし、は……捨て子、です。わたしは産まれてすぐから捨て子です」
「…そっか。まぁ14歳を過ぎてればなんとか誤魔化せるかな…あー怖い怖い、捕まりたくないよ〜」
「…レンさんはいくつなんですか?」
「今年十八歳…かな?そうだそうだ十八歳だ」
「…っえ?」
「あ〜僕ヴァンパイアと人間とノームのクォーターでさ、数え方が難しくて」
クォーター…種族?
わたしは?
お母さんは分かっている、人間だ。
お父さんは?わたしのお父さんは誰?
「エマちゃんは…ってそっか、ごめん今の質問はなかったことにして」
「……ください」
「え?」
「わたしに、“魔法”を教えてください!!」
少女は知りたくなった。
幸せを、奪わない方法を。
未来を守る方法を。
それを教えてくれるのは、きっとこの人しかいない────
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