恐怖! ささくれ女vsパンダババア 橋の下の決闘

杉林重工

ささくれ女vsパンダババア

「ささくれ女なんて、健太郎君がやっつけてくれるよね!」


 この女はどこまで本気なんだろう。おれは妻の発言を疑った。彼女は大きくなったお腹をさすりながら、にこにこと笑っている。冗談を言っている顔ではないと直感した。こいつは、本気でおれがささくれ女を殺してくれると思っている。おれの額に脂汗が浮かんだ。


 事の発端は、おれの母の『実家においで』という一言から始まった。妻の出産予定日が近づく中、母は孫の顔見たさか、本当に心配しているのか、どっちかはわからないが、実家に来るように連絡を寄越してきた。とはいえ、こっちはちょっと訳アリだ。だから、おれは断るつもりだった。


 だが、妻はその言葉に乗り気にだった。彼女は出産後は仕事に戻ることを希望している。母を頼れるならそれこそ頼り切りたい、というのが彼女の考えだ。


「ねえ、なんで反対なの?」

「わたし別にお義母さんのこと嫌いじゃないよ」

「別に、育児をお義母さんやお義父さんに押し付けるつもりはないの」

「わたし達だって、子育ては初めてだし、いると安心だと思うし」

「わたしのとこは遠いから、健太郎君のご実家頼れるならそうしたい」


 ある晩、やんわりとこの問題を避けているおれへ、妻はついにはっきりと切り込んだ。普段はにこにこして、家事も仕事もこなす彼女が急にまくしたてるものだから面食らった。おれは、しばし言葉を口の中で揉んだ末、深くため息をついた。


「あそこはな、出るんだよ」おれは、妻を動揺させないように、あくまで落ち着いて言葉を発す。


「何が? 虫?」それに対して、妻はあくまで常識的な反応をする。


「違う」はっきりと告げる。


「じゃあタヌキ。あ、キツネ!……クマ?」


 クイズと勘違いしているのだろうか。おれは深く深呼吸すると、真実を話すことにした。


「あそこは、妖怪が出るんだよ」


「妖怪?」


 おれの言葉に、妻は目を丸くし、しばし硬直した。笑うなら笑えよ、そう思ったし、言おうとしたところ、妻は真面目な顔をして、


「そっか。なら仕方ないね」と言った。そのまま神妙な面持ちで顎に手を当てて思案し始めるものだから、おれの方が笑いそうになってしまった。


「信じるのか?」


「健太郎君が言うならそうなんでしょ。困ったなあ。ねえ、どんなのが出るの? 鬼太郎?」


 鬼太郎は妖怪じゃないだろ、という言葉を飲み込み、


「ささくれ女だ」とおれは正直に答えた。


「ささくれ女」


 妻は眉間にしわを寄せて言葉を返した。


「え? なにそれ。聞いたことない。どんなやつ?」


 そして、間をおいて質問をする。

 

「身長の高い女で、全身包帯だらけなんだよ」


「ミイラってこと?」


「違う。小さい声でずっと、イガイガ、イガイガって呟いているんだ。そんな人がいたらさ、一応、近付いて、どうしたのって訊くだろ」


「うん。訊く」


 訊かねえだろ、とは突っ込まない。こいつはそういう奴だった。好奇心が強いというべきか、それとも単に馬鹿なのか。ただ一つ言えるのは、おれはこいつのこういう変に真っすぐなところが好きなのだ。


「そうしたら、急に掴み掛ってきて、『ささくれ!』って叫んで、見せつけるように指の包帯をほどくんだよ」


「え?」


 身を乗り出しておれの話を聞いていた妻が、びくりと震えて椅子ごと後退した。心配になって手を伸ばすが、妻は首を振った。大丈夫であるし、それより、続きを、ということなのだろう。


「それで、包帯をほどくと、その下には、びっしりとささくれだった指があってな、その指で触られると、触られた奴もささくれ女になっちまうんだと!」


「男でも?」


「突っ込むところ本当にそこか?」


 小さく震え、真面目な顔をしていうものだから、おれは今度こそ笑ってしまった。妻は首を傾げた。


「そっか、今は多様性が大事だし、そいうのは野暮かな。男なのに女とか言っちゃだめだよね」これまた難しい顔をして考え込み始める。


「二十年前のバケモンだからな。そんなの気にしてるもんか」


「それもそっか。小学生ぐらい? 健太郎君は見たことあるの?」


「……ない」


「そっか。見たことあったら今頃、健太郎君もささくれ女だもんね」


 そんなわけあるか。


「一応、ささくれ女にあっても、助かる方法はある。ささくれ女から『ささくれ!』って言われたら『メンソレータム!』って返すといいらしい。そうすると、逃げ出すってよ」


「そっか。ささくれ女だから、しっとりに弱いのか。あの、わたしのハンドクリームは違うの使ってるんだけど……」


「そんなもん知るか」


 思わず真面目に答えてしまった。


「でも、よかった。じゃあ、もう大丈夫だね」


「なにがだ」急に安心した顔になった妻へ、おれは眉を顰める。


「ささくれ女なんて、健太郎君がやっつけてくれるよね!」


 というわけである。


 かくして、おれは実家に先行して貴重な休みを、その『ささくれ女』狩りに費やすことになった。といっても、見ず知らずの妖怪の耳元で、メンソレータム! と唱えてやることが目的でもないし、金属バットでも片手に、地の果てまで追い回すことが目的でもない。おれは、大学で民俗学を研究しているのだ。


 ささくれ女とは、おれが小学生のころ、地元を震撼させた、口裂け女の亜種、とでもいうべき都市伝説だ。まあ、こんなマイナーな妖怪のこと、論文どころかSNSの賑やかしにもならないだろうが、フィールドワークのイメージで、ちょっとその実情に迫ってやろう、と思ったのだ。


 おれは、地元の駅の改札を久しぶりにくぐり、あたりを見回した。


「すっと来たらバー、ぐっとしてブー、すっと来たらバー、ぐっとしてブー」

 

 駅を出てすぐ、剥げ散らかしたジジイがわけのわからないことを口走っている。まだ昼だというのに顔を真っ赤にしてストロングゼロをしゃぶるおっさんが、花壇の上で涎を垂らし、傍のゲロをカラスが突く。


 これが、我が地元である。ささくれ女よりやばい妖怪がわんさかいる。これが、我が地元なのだ。おれは、相も変らぬその光景と人々に対し、思わずため息を吐いた。こんな町故、ささくれ女の正体が妖怪変化の類でないことは、わかっている。


「でさ、何か覚えてない?」


「覚えてないない」


 実家について早々、おれは母に聞き込みをした。だが、母の反応は淡白だった。


「それより千恵子ちゃん連れてきてよ」


 実家に帰って来たのは半年、否、ほとんど一年ぶりだというのに、息子よりも妻が気になるようだった。幸か不幸か、我が家族に嫁姑問題は発生していない。


「あいつは今日病院だ。ささくれ女の話をしたら、退治してくれないとここには来れないってさ」


 おれは適当な嘘をついた。すると、母の顔が青ざめた。


「あんた、なんとかしなさいよ」


「だから、それで一筆論文を書く。ささくれ女がどんな由来で生まれた噂話なのかを突き止めれば、『退治』したってことになるだろう」


「そうなの?」


「そうだよ。覚えてない? 一時期、集団下校とかにもなったじゃん」


「あー、あったかもね」


 母は浅く頷いた。


「じゃあ、小寺君の家に行っておいでよ」


「小寺君?」


「定食屋の」


「ああ!」


 そういわれて思い出した。小中学生の頃一緒だった友達である。


「あいつは今……」


「定食屋継いでるよ。たまにお父さんはお酒飲みに行ってるから、よく知ってるの」


 酒癖の悪い父が、母に引っ張られて家に戻されている姿をおれは想像した。


「そっか。小寺ならおれより覚えてるかもな」


「そうでしょう。行ってきなさいよ」


 母に促されるまま、おれは外に出て、久々の地元を歩いた。そうして、懐かしい定食屋を見つけたのである。昼と夕方の間ぐらいの時間、準備中と札が掛かっていたため、入ろうかどうかためらっていると、背中に声がかかった。


「けんちゃんか?」その声に、うっすらと覚えがあった。


「おう、こてっちゃん、か?」


 振り返ると、割烹着の、同世代の男が立っていた。


「そうだよ! なんで疑問形なんだ」


「いやあ、なんかしっかりしてるなあって思ってさ」


 素直に感想を述べた。長年の料理修行の果てだろうか、最後に見た成人式の時の姿よりも大分しっかりした体つきでいる。


「そうか? だとしたらけんちゃんは、なんか丸くなったな」


「うるせえよ」


 躊躇いなく人の腹を突こうとする指先から逃げる。


「どうした、仕事クビになったか?」


 地元に帰ってくる理由はほかにもいろいろあるだろう。


「ちょっと事情があってさ。こてっちゃんは、ささくれ女、覚えてないか?」


「ささくれ女?」


 こちらの正気を疑うような、大きく唸るような声に、びっくりするとともに、逆に安心感を覚える。そうだ、これこそが正しい反応だと思った。


「あっただろ、おれ達が小学生の頃。集団下校までやってさ。なにか覚えてないか」


「ああ。それか。なんで知りたい」


 急に声を落としてこてっちゃんは言った。なにかある、とおれの勘がそう告げた。


「実は大学で民俗学の研究をしていてさ。こういう、都市伝説みたいなものを集めてるんだ。仕事なんだよ」


 やや早口で言う。妻のことはなんとなく伏せた。そんなことよりも、仕事であると言った方が通りがいいだろう。


「そんなんで金になるのか」


「そうだ。何か知ってるなら教えてほしい」


 すると、こてっちゃんは、しばし唸った後、


「じゃあ、今日、うちで一杯飲んでけよ」と言った。なるほど、情報提供料なら仕方ない。


「いいぜ。ついでに土産話もしてやろう」


「そりゃいい。酒もツマミもたくさん喰ってけ。開店までちょっと待ってな」


 彼の言葉に、じゃあ後で、といい、おれは早々に妻へ、今日は帰りが遅くなる、と連絡する。


 その日の夕方、そして晩はとても楽しい時間が過ごせた。なにせ、成人式以来、約十年ぶり再会だ。おれが結婚した話にこてっちゃんは大いに驚き、逆に店の奥から彼の子供が三人も出てきたときは開いた口が塞がらなかった。


「駅まで送ってくよ。おれは飲んでないからな」彼の言葉に甘えて、車に乗り込む。


「なあ、ところで。ささくれ女なんだけどさ」


 こてっちゃんは車の中でそう切り出した。


「ああ。知ってることを教えてくれないか」


 若干酔いが回っていたが、それでも頭ははっきりしている。おれは耳を傾けた。


「あいつは、もういない。だけど、会ったことがあるんだ」


 やはりか。あの時の雰囲気、そして口調。知っている人間の口ぶりだった。だが、いないとはどういうことだろうか。


「でもまあ、連れてってやるよ」


 車は駅の方から逸れて、地元を流れる大きな川沿いにやってきた。そこで、こてっちゃんは車を止める。


「こっちだ。多分まだ……」


 こてっちゃんは慎重に辺りを見回す。ぽつぽつと立つ街灯だけが頼りだ。そんな中、こってっちゃんは遠く、橋の下を指した。


「あれだよ」


「あれ?」


 おれは思わず聞き返した。


「あそこに、ホームレスの段ボールハウスがあるだろう」


 何かをおれは察し、黙り込んだ。


「もう死んじまったが、あそこに婆さんが一人住んでてな。ちょっとボケも入っててさ。自分のことを喋るパンダだと思ってたんだよ」


「はあ? 喋るパンダ?」


 おれは思わず彼を振り見た。


「子供の頃はアレだったが、大人になったら有名人だってわかったよ。うちの商店街にもよく来てさ、いろんな人にねだるんだよ。なんていうか、わかるか?」


 まさか! 予想はつく。だが、それを口に出すのはあまりにも馬鹿らしかった。こてっちゃんはしかし、真顔でそっと続きを口にした。


「笹くれー、笹くれー、ってな」


「嘘だろ」


「ほんとだよ」


 街灯の明かりの下、こてっちゃんは真顔でそう言った。


「集団下校の話もしたよな? ここから学校は離れてるけど、何を思ったか、そのささくれ女、否、パンダババアが一時的に縄張りを広げたからなんだよ。すぐに警察とか先生が警戒したから、すぐに元通りだったけどさ」


 こてっちゃんは肩を竦めた。


「わかったか? これがささくれ女の正体だ。これで金になるんだからいい商売だな、大学の先生ってのは」


 子供が三人いる奴の言うことは重い。


「ああ、いい商売だろ。お前もやってみろ」


 すると、こてっちゃんは口を真一文字に結んで静かになった。こいつは昔から勉強が大っ嫌いだ。親に泣かれて入学した高校も中退して、結局料理学校に入ったとこいつの奥さんから聞いた。


「勘弁してくれ」そして、絞り出すようにそう言った。


「そういうことにしてやる。じゃあ、今日はありがとう。駅まで近いし、歩いて帰るよ。酔いも醒めてた方が妻が喜ぶ」


「お互いに家では肩身が狭いな。なあ、次は二人で、否、三人でうちの店来いよ」


 こてっちゃんの提案に、おれはしばし黙り込んだ。


「ささくれついでだけどさ、お前、地元、嫌いだろ」


 勉強は嫌いな癖に、勘だけはいい奴だ。


「ああ。そうだな」それに免じて、おれも正直に答えてやった。


「だけどさ、うちの子供達だって、まあ俺に似て馬鹿かもしれないが、よく育っていると思う。だからさ、気にしないでほしい」


 彼の言葉に、おれは色んなことを思い出した。そうだ、おれはこの町が嫌いだ。だけど、こてっちゃんはそうじゃなかった。そうじゃないのだ。おれはしばし考えこんでから、


「そうだな。また来るよ」と言った。


「ああ。絶対だぞ。みんな歓迎する」


 最後、適当に手を振って彼と別れ、おれは一人、駅前の小さな公園のベンチに座った。


「ささくれついで、か」


 この町のことは確かに嫌いだが、忘れたことは一度もなかった。ずっと、不快感として残り続けていた。住民の支離滅裂な様態と、それを許容する風紀。確かに、この町はおれにとっての、指先にふとできた、ささくれなのかもしれない。ささくれは、抜かなくてはならないだろう。


 今更だが、おれはこの町の支離滅裂な住人の一人、パンダババアに思いを馳せた。


 ――こてっちゃんのいうことは、半分正しい。だが、おれは本物を知っている。


 あの日も、こんな夜風の冷たい日のことだった。そうだ、こてっちゃんは、一つ、大事なことを見落としている。


『イガイガ、イガイガ』


 この公園の街灯は、ベンチの真下しか照らさない。ほんの少し離れた滑り台すら、ここからではほとんど見えない。


『イガイガ、イガイガ』


 そうだ、この声だ。ささくれ女は、自分から人に関わったりしない。逆に、妙な鳴き声で人を引き付けるのだ。


『イガイガ、イガイガ』


 おれはゆっくりと立ち上がり、過去と対峙していた。あの日、おれが小学生の頃。この公園で出会ったのだ。全身包帯だらけで、よたよたと歩く、あの妖怪と。


 おれはすたすたと歩いて近寄った。滑り台の下に、それは蹲っていた。


『どうしたんですか』


 あの時のおれはそう訊ねた。


「どうしたんですか」


 あの時と同じ。唯一違うのは、おれはもう声変わりしてすっかりおっさんの声になったこと。彼女の傍にしゃがみ込み、顔を覗き込もうとする。すると、それはおれの腕を掴み、言った。


「……さ、さくれ……」


 掠れきった女、否、老婆の声。おれはじっと、彼女の様子を伺う。何もしないおれに気をよくしたのか、相手はぎっとおれを見上げた。


「さ、さくれ!」


 そして、急に声を上げて、前歯の抜けた口をかっと開き、糞の様な口臭をまき散らしながらのしかかる。でも、昔と違って、今のおれに魔法の言葉『メンソレータム』はいらない。腕力で押し返し、ささくれ女を、否、ただの老婆を地面に転がした。


「何がささくれだ」


 あの時は確かに、メンソレータムと叫べば妖怪は消えた。でも、本当に妖怪を追い払う呪文は、メンソレータムでなくてもよかったのだろう。でも、当時それがささくれ女に対抗できた理由はただ一つ、大きな声だったからに違いない。地面を転げまわる老女を、おれは冷たく見下ろした。


「さ、さくれ!」


 必死で地面を這いずり、ぼろぼろの手で地面をひっかく。おれの言葉には耳も傾けない。否、聞こえていないのかもしれない。おれは、彼女のような人を放置し続ける、この町の行政も嫌いだった。彼女がここにいるということは、この町は昔と何も変わっていないということ。やっぱり、妻をここに呼ぶべきではない。そう思った。


「さ、さくれ!」


 とはいえ、ずっと地面を転がっているのには疑問があった。一体、何があったというのだろう。その時、ふと、彼女の視線の先に、何かが転がっているのが見えた。そういえば、彼女を払いのけた時、なにかが彼女の体から飛んで行ったのを見た。ポケットか何かにしまわれていた小さな何か。彼女はそれを求めているのだ。おれは、彼女に先んじて、それを拾い上げた。泥まみれで汚れていたが、その『容器』の側面に、文字が見えた。おれは、絶句した。そんなことあるもんか。


「これ、SACLEじゃん」


 カットされたレモンのイラストまで薄っすら見える。傾けてみると、その容器の中は当然空っぽに思えたが、泥でも詰めていたような跡があり、しかも街灯に照らすと、唾液の様な泡までついている。


「さ、さくれ、さ、さくれ……」老婆は、おれの手の中にある容器に手を伸ばす。


「汚ねえ……」


 おれは思わず顔を歪め、それを手放す。ころころと転がって、老婆のもとにたどり着く。すると、老婆は泥だらけのそれを舐め、急にガタガタ震え始めた。


「イガイガ、イガ……」


 老女は急にそう繰り返した。よく見ると、腹を抱えている。まさか、この老婆はこの容器に泥でも詰めて食っていたのではあるまいな。イガイガではない、胃が、胃が、ということだろうか。ぞっとした。やっぱりこの町の住人はヤバい。全身の毛が逆立つのを感じる。


「あーもう、馬鹿馬鹿しい。だからこの町は嫌いなんだ」


 遠くで、すっと来たらバー、ぐっとしてブー、すっと来たらバー、ぐっとしてブー、という、駅前のジジイの呪文が聞こえる。ついで、歩き煙草の蛍が近づいてくるのが見えた。


「ベントラベントラスペースピープル」

「びゅんびゅんびゅんびゅんびゅんびゅんびゅんびゅん」

「アーメンソーメンヒヤソーメン」


 さらに、公園の隅からUFOを呼ぶ男の声が。おれは静かに、一一九に電話をし、その場を後にした。ホームレスのババアが腹痛で苦しんでいる。助けてやってほしいとおれは電話の向こうに言ってやった。


「お土産は嬉しいけど、なにこのアイス」


 妻は珍しそうに、おれの買ってきたアイスを見ている。


「レモン、駄目だっけ?」


「別に」


「ちょっと買いたくなったんだよ」帰りにコンビニで買ったものだ。あるかどうか不安だったが、黄色いパッケージのそれは、堂々とアイス用の冷凍庫の真ん中にあった。


「ふーん、変なの。わたしはシロクマさんが好きだな」


「知ってる」


「いじわる」


 他愛のない会話。


「おれの実家に住む話だけど」


 アイスにスプーンを刺す妻を伺いながら、おれは言う。


「おれが傍にいるようにするから、まあいっかなって」


「そっか。よかった。やっぱり健太郎君は優しいね」


「そりゃどうも」


「ねえ、ささくれ女なんだけど」


「ん?」


 妻の口から、あの老婆の通称を聞くと不思議な気持ちになる。


「メンソレータムって言われた後、どうなるのかな」


「そりゃ、別にどうもしないだろ」


 なにせ、今日も見てきたのだ。相手はちょっとアレな老婆だった。今頃病院にいるだろう。


「あのね、わたし、知ってるよ」


 妻は、アイスからレモンを引っぺがして、それをもぐもぐと咀嚼する。


「ささくれ女だって、もとはと言えば人間なんだよ。健太郎君が言ったとおりね。でも、ちゃーんと、元に戻る方法があるんだ」


「なんだよそれ」おれは鼻で笑う。本当に、急に何を言い出すのかわからない。


「ささくれ女を元に戻すには、優しい誰かに、メンソレータム、って言ってもらうの」


 ――。


「……」


「ずっと言えてなかったよね。ありがとう、健太郎君。これからも、よろしくね」



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