三章『境界のない海で』 その四
「せんせぇのえっちな自撮り見ちゃったから……ほんと、頭大変だったんだよ?」
いつもにこにこと穏やかな子が余裕をなくして、私に覆いかぶさってくるその熱に……満たされている。身体を求められていることに、喜びがある。
脳の真ん中がずっしり重くなるほどの満足があった。
「あれは、そういうのじゃ……」
それ以外のなんだと言うのだろう。
胸を触らせている時点でなに言ってんのという話ではあるけど、ここで留めないとお互いに求めるものに際限がなくなる予感がしていて、怖い。とっくに言い訳無用な触れ合いをしているのに、そんな心配をしているのが滑稽ではあった。
「……引いた?」
怖くなって尋ねる。戸川さんは指を動かすのを止めないまま、私の顔を覗く。
「いい歳したおばさんが、十も下の子に恥ずかしい自撮りを送って盛ってることに」
言葉にしてみると事実しかないので、余計に自己嫌悪してしまう。
「自虐しすぎ」
叱るような口調で私を嗜めて、戸川さんの息遣いが耳の側に来る。
「めっちゃくちゃ……興奮した」
耳を舐めるようにささやかれて、背筋に走るものがあった。
「あんなの見せられたら……おっぱい、我慢できなかったよ」
「戸川さん……」
「せんせぇは胸って言うよりおっぱいって言った方が恥ずかしがるよね……」
戸川さんが私の顔を覗きながらも、指の動きを止めないので気が変になりそうだった。
「おっぱいの方が……なんだか……生々しい、から?」
「恥ずかしがるせんせぇかわいいから……おっぱいだね」
結論の落とし方が適当だけど、言わんとすることは分かる。やめてほしい。
「息、荒い……」
首や頬をくすぐる度、身が震えそうになる。
「だって、せんせが……悪いよ……美人のせんせの匂いが、こんな近い……」
胸を揉む指先に、前のめりの力がこもる。時々痛みを覚えるくらいの必死さが、溺れるほどに心地いい。余裕がなくなり、合わせるように息が途切れては唇で噛むようにして堪える。
途中からお互いに喋る余裕もなくなって、言葉を発するまで、大分時間がかかった。
「戸川さん、そろそろ、交代」
このままずっと触られ続けているのも、それはそれでという感じで。
でも、制限をかけないとどちらかが偏りすぎて均衡が崩れてしまいそうだった。
「んー……はい」
最後に指を細かく動かして名残惜しむように揉んできて、思わず腰が跳ねる。
「やめなさいその手つき……」
「あ、えっちなんだやっぱり」
勉強になる、と冗談めかして言うものだから、ますます落ち込みそうになる。
こんなことを教える教師になりたかったのだろうか、私は。
荒れそうになる吐息を整えて、しゃがんだまま戸川さんの後ろへ回り込む。
「わたし、せんせぇのおっぱい触ってるとずっとこうしてたいって気持ちと、今なら死んでもいいかもって気持ちの両方が芽生えるんだよね」
「なにそれ……」
などと言いながら、分かる気持ちだった。だって、私も似たような心境に至るから。
でも今、戸川さんに死なれては困る。
今度は私が、戸川さんの胸を触る番だから。
触る前、決して慣れることなく初心の小心が尻込みする。頭の中が蒸発して煙になっていくのさえ見えている。戸川さんとの接触にもうタオルはいらなかった。
言い訳なしに、彼女の身体に触れてしまう。
たたえるように、戸川さんの胸をそっと掬う。その制服越しの感触に、いつも頭の中が白む。そこから少しずつ指を動かす中で正気に戻って、自分の手が今とんでもないことをしていることに驚愕と愉悦を渦巻かせて夢中になる。
経験から得たもので、戸川さんを満足させようとする指の動きが具体的になっていく。触り方、力加減、押し引き、自覚できるくらい、どんどん上手くなっていくのが分かる。
私の指先に応えて戸川さんの表情が移り変わるのを、間近で見られるから。
どんどん、変えていきたくなる。
戸川さんの吐息が乱れて、時折、抑えきれない声が漏れるようになると。
頭に、悪い物質が溢れて弾ける。
「戸川さん、声、がまんして」
自分で言っていて、なんて倫理に欠けた注意だろうと絶望する。私は、思っていなかった。学校の中で、仕事の時間に、女生徒の胸を自分の意思で、望んで揉みしだく人間だったなんて。
自分のことを買い被っていたらしい。
最底辺の教師であることを、幸せに触れながら噛みしめる。
だけど最高の教師でもきっとできないことを、当たり前に許されないことを、今、私はやっている。その矛盾めいた現状に認識と幸福が翻弄されている。キャバクラで酔いつぶれたあの夜から、私はずっと、酔いしれているのかもしれない。戸川凛に、酔わされている。
「わたし、せんせぇよりえっちなのかな……」
「なんでちょっとがっかりしたように言ってるの……?」
私をどれだけ色情に塗れていると思っているのだろう。人並み……より、ちょっと多いくらい、だと思っていたい、の、だけど。胸を張るどころかどんどん自信が消えていった。
「だってせんせぇは我慢できるのに、わたし、できない……」
「それは…………戸川さんが若いから……」
根拠はないけど若さのせいにしてしまえば、大体収まる気がした。
「せんせぇは……経験あるから……?」
曖昧にしようと暗黙に心がけている部分を突き刺してくる。戸川さんも普段はそこに踏み込んではこなかったのに、段々とまた、壁が薄くなっていく。
応えないで、戸川さんの胸を黙々と弄る。吐きそうなくらい、気持ちいい。
「せんへぇ……」
指の動きに合わせて漏れた声が溶ける様子に、こちらの脳も溶けてしまいそうだった。
戸川さんの裸を見て、触れてから、私たちの常識は瓦解していた。
求めるものが道の外れにあるのなら、躊躇なく踏み込んでいく。
今こうしているみたいに。
私はそれから、なんの遠慮もなく教え子の胸を触り続けた。
戸川さんは結局、声をあまり我慢できなかった。私の耳も壊れそうだった。
「戸川さん……」
最後に深く抱きしめる。戸川さんみたいに、なにかを続けそうになって。
でもそれを口にしてしまうことはできなくて、ただ、お互いの隙間を限りなく埋める。
「キャッチボールの時間、またなくなっちゃったね」
机の上に揃えて置いてあるグローブを一瞥して、戸川さんが頬を染めたまま苦笑する。
次こそキャッチボールをやろうと言いながら、毎回、こうなる。
キャッチボールより楽しいことを、見つけてしまったから。
戸川さんをめいっぱい吸い込んでから、名残惜しさしかないまま離れる。関係ない方向を回り続ける扇風機の音がやっと耳に入ってきて、自分が戸川凛にどれだけ没入していたか知る。
戸川さんがゆっくり立ち上がる間も、目を伏せる。残留するお互いの熱が、肌を撫で続けているみたいだった。私は、学校でなんてことを、とそれくらいは後悔する。
いつもするだけで、なにも変わらない。そんな後悔を。
「ほらせんせぇ、答え合わせ」
「え?」
呼ばれて振り向くと、戸川さんがスカートを軽く持ち上げて、下着を披露していた。
わ、と手で目の前を隠しそうになる。
「こら、こら……」
軽率を叱る言葉も弱弱しい。朝に見たのと同じ下着の戸川さんがすぐ側にいる。
頬の染め具合で私よりは余裕を持っているのが分かる戸川さんだった、けれど。
「あ」
戸川さんがなにかに気づいたように顔色を変えて。
「ということで、終わり」
大股で後方に距離を取ってから、慌てたようにスカートを下ろす。
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