ごみはお持ち帰りください

 重苦しい気分の私の頭上に、大量のお弁当箱のごみが降ってきた。

 女の子たちがその音に気づきこちらに視線を向けたが、ごみを持ってきた当人たちは、素知らぬ顔で私の中へごみを入れ立ち去った。女の子の一人が何か言いたげに口を開きかけた時、他の団体が話しながらやってきて、同じように無造作にごみを投げ入れた。


「看板に書いてあるのに……」


 小さく呟いた声は、私には聞こえたが彼らの耳には入らなかったようだ。

 カランと乾いた音がして、空き缶も一緒に放り込まれる。私の隣にある自動販売機の向こう側に、缶用のごみ箱があるというのに。

 それからも帰り支度をした花見客は、三々五々やってきてはごみを捨てていき、私はすぐにいっぱいになった。それなのに、その後も溢れてもう入らない私の上へ平気な顔で捨てていく人たちがいる。一度私の外に落ちてしまうと、次に来た人たちはそこもごみ箱と認識するのだろうか。私の周りは溢れたごみでいっぱいになった。

 楽しそうだった女の子たちは、誰かがごみ捨てにくる度にちらちらと私の方を見た。花見を目一杯楽しんでいた女の子たちのテンションは一気に下がっていった。


「SDGsだとか環境がとか、大人が言うくせに」

「行儀が悪いとか、ね」

「今どきの……とかもよく言うよね」


 女の子たちの口から愚痴が出始めた。お手本になるべき大人がこんなことをしていたら、愚痴も言いたくなるだろう。私は自分の周りを眺めて悲しくなった。そして腹立たしく思う。

 概して大人は自分のテリトリー外では、行儀が悪い。この女の子たちには、こんな大人にはなって欲しくないものだ。ごみを出さない手作りの弁当箱に水筒。ちょっと前なら当たり前のことだったのに。


「帰ろっか」


 ぽそりと一人が呟いて、しぼんだ気持ちのまま女の子たちが片づけをはじめた。せっかくの楽しいお花見を、嫌な気分で帰ってもらいたくないが私にはどうしようもない。

 なすすべもなく眺めている私のところへ、また一人ごみを捨てにきた人がいた。二十代半ばくらいのその青年は、私の前に立って看板に気がついたようだ。そして私の周りのごみを見渡すと、ごみを捨てずに戻っていった。

 帰り支度をしていた女の子たちはそれを見て、少し嬉しそうに微笑んだ。


「わぁ。これはひどいね。せめてちょっとまとめよう」


 さっきの青年が数人を連れて戻ってきて、散らかったごみを大きなごみ袋にまとめ始めた。分別されずに一緒に転がっていた缶も、拾ってきちんと缶用のごみ箱へ入れる。その様子を見て女の子たちは顔を見合わせた。文句だけ言って何もしなかった自分たちが恥ずかしくなったようで、ぼそぼそと打ち合わせをしたあと、近寄ってきてみんなでお礼を言った。


「ありがとうございます!」

「全部持って帰ることはできないけど、自分たちのは持って帰るね」


 青年たちの笑顔につられて、女の子たちの顔も明るくなる。

 私の周りのごみはきちんと袋に入れられて、すっきりとした。みんながみんな、お手本にしたくない大人だとは限らない。女の子たちにそう思わせてくれた青年たちに感謝したい。私はほっこりと心が温かくなった。

 

 女の子たちが公園を出ていくとき、また風がそよと吹いた。ふり返ってひらひらと舞い散る花びらを眺めた女の子たちの顔は、晴れやかに輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お花見 楠秋生 @yunikon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説