お花見

楠秋生

桜の下のお弁当

 桜の蕾がふっくらと丸みをおび始めた。寒風に吹かれて凍えていた枝々は、穏やかな陽射しを浴びて気持ちよさそうに春風にゆられている。

 もうすぐ花を咲かせるだろう。夢見るように美しく満開に咲き誇るさまは、長い冬の間待ち焦がれている風景だ。だがその美しい花の開花は、私には苦痛でもあった。それは魔の期間だからだ。


 週末に見頃をひかえた水曜の午後。近所の主婦が看板を持ってきて、公園にいくつかあるベンチの一つと自動販売機との間にそれを立てた。私の定位置のすぐ隣だ。私は彼女がそれを設置し、曲がっていないか少し離れて見て確認して帰っていくのをただじっと見ていた。


『お花見のごみはお持ち帰りください』


 毎年設置されるその看板は、白地に黒文字のシンプルなものだ。見やすい高さになっていると思うが、残念なことにそれを守る人は少ない。


 週末になると、朝から場所取りの連中がやってきた。毎年、大体若い連中がくる。それぞれの団体ごとに一人が来て、シートを広げるとスマホをいじって時間をやりすごしている。昔は本を読んだり、二人で来ておしゃべりを始めたりして過ごし、時折桜を見上げて一足先に花を楽しんでいたが、この頃はみんなスマホばっかりだ。

 そのうちお弁当やら飲み物をもった人たちが合流して、本格的に花見会が始まる。うららかに咲き誇る桜の下で彼らは、桜を愛でるよりも、ただただ賑やかしく騒ぎまくる。桜を見るのは、スマホで写真を撮るときだけだ。

 そして広げられた料理は買ってきたものばかり。仕出し屋の少し高級なのもあれば、スーパーやコンビニで買ってきたものなど違いはあれど、みなやたらにごみが出る購入品ばかり。もちろん飲み物もペットボトルか缶のものだ。なんとも味気ないものだ。

 私は時代の流れの中で変わりゆく人々の様子を嘆きつつ、ぼんやりと眺めていた。

 そこへ午後も遅くなった頃に中学生らしき女の子のグループがやってきた。


「うわ~。きれいだね~」

「満開まではまだちょっと早いかな」

「十分だよ」


 桜を見上げて鑑賞し、しばらくして場所を探し始めた。


「空いてるところないね」

「うん。いっぱいだね」


 きょろきょろ辺りを見回していた一人が、私のすぐ前が空いているのに気づく。


「あそこ、空いてるよ」

「えー。あそこかぁ」

「あそこしかないのかな」


 いつの時代も私の前は嫌がられる。ことにこの子たちは近所の子たちだ。この後どうなるかが分かっているのだろう。


「でもあそこしかないならしかたないね」


 本当に他にはないのかなと目のはしで探しながら、私の前にシートを広げた。できるだけ私から距離をとっているのは仕方のないことだろう。

 とはいえ、座りこんでしまえばもう場所のことなんて気にならないようで、輪になって座るとすぐにそれぞれ持っていたバッグを膝の前に置いた。


「ね、持ってきた?」

「うん!」

「ちゃんと作ってきた?」


 お互いににやにや笑いながら探るように問う。


「じゃあ、せいの、で一緒に開けようか」


 いそいそとバッグからお弁当箱を取り出す。色とりどりの小さなお弁当箱だ。


「わぁ! そぼろ弁当、美味しそう」

「カラフルだね!」

「唐揚げも作ったの?」


 どうやら自分たちでお弁当を作ったようだ。


「私、卵焼き失敗しちゃったから、ゆで卵なの。卵焼きは食べちゃった」

「えぇ〜。私はそのゆで卵すら失敗しちゃったよー」

「ゆで卵の失敗って?」

「まだ半熟……よりもっと固まってなかったの〜」


 きゃらきゃら笑いながら、作ったお弁当の中身の話で盛り上がる。私のところからは見えないが、会話から想像するだけで楽しい気分になる。

 一通りお弁当の話題が終わると、女の子たちの話題はめまぐるしく変わっていく。いろんな話をしながらも、花びらがひらりと舞い降りる度に頭上を見上げると、ひとしきり見惚れ、シートやお弁当に降った花びらを集めてはまた桜の話題に戻る。

 私は幸せな気持ちで、女の子たちの様子を眺めていた。


 やがて、立ち歩く人たちが増えてきたことに、ふと気づいた。

 そろそろ花見を終えて帰り支度をするグループが出る時間帯になったようだ。私は急に気が重くなった。

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