第3話 徒花と成りて
「──……回りくどい話しは止めにしようか」
幾らかの間を挟み聞こえてきたのは──おおよそ感情と呼べるモノの見えない、艷やかで冷たい女の声だった。声がした方向へ振り返ると、そこには雪を思わせる白折の着物に身を包んだ女性が立っている。藤色の髪と、隈取を思わせる目元の紅。あの写真に写っていた女性と瓜二つの顔立ちをしていた。
「貴女が──……
リヴラの問いかけには応えず、彼女はまっすぐに私を見据えている。妖艶な視線の中に潜むのは、形容し難い昏き感情らしきモノ。
そんな彼女を前に腰が抜けてしまったのか、私が立つことすら出来ずにいると私の前で膝をつき、ゆっくりとこちらの顔を観察して「懐かしい匂いがする」と呟く。その言葉の意味を理解する間もなく、ひんやりとした手で顎を掴まれ半強制的に視線を合わせられた。
「
「親父なら、もう何年も前に行方不明になったきりだ」
「嘘は言ってないようだね……辰吉、もう下がっていいよ」
言葉と共に一瞥をくれてやると、私達をここまで連れてきた老人──辰吉は一度頭を下げてから退出してしまった。
「そこの女。アンタはいつかの時とは違うリヴラだね?」
彼女は体だけを私の方に向けたまま、視線のみリヴラへと向けて尋ねる。これに対し彼女が短く「そうです」と答えると、彼女の纏う雰囲気が一気に柔らかくなるのを感じた。
「──……二人共、試すような真似をして済まなかった」
先程迄のアレは何だったのか。そんな疑問が真っ先に浮かぶ程の豹変ぶりに、私達はどう反応したらいいのかわからなくなっていた。
「アンタら、アタシ達の事をある程度知った上でここまで来たんだろう?」
柔らかな温もりの感じられる声でそう言うと、彼女は私達から少し離れた場所に正座をする。そうして改めて私達に向けられた視線は、妖艶さと淑やかさを兼ね備えたものであった。
「アタシは
畏まった挨拶をした直後、彼女が見せた笑みは人当たりの柔らかい淑女が見せるそれである。並大抵の男なら、すっかりと心を奪われるに違いない。
「……なんだい二人共。黙りこくってないでさぁ、話題が思いつかないのなら名前の一つくらい教えてくれたって良いじゃないか」
理由はどうあれ、この豹変ぶりには中々慣れそうにない。そんな事を考えつつ私達は簡単に自己紹介を済ませ、いくらかの雑談を交わす流れとなった。
「そうそうリヴラ。アンタが口にした
それとなく打ち解けた辺りで、思い出したような素振りで彼女が口にしたのは呪いについての話である。これについてはリヴラも把握しきれていなかったらしく、素直に教えを請う姿勢を見せていた。
曰く、雪女の呪いと言うのはある種の符号──合言葉のようなものらしい。
「ついでに教えておくけど、
妙な前置きを挟んでから問われたのは「石榴と華。それから連想されるものを答えろ」という中々に珍妙なものだった。正直そんな事を問われても、柘榴の花くらいしか頭には浮かばない。しかしこれではきっと「つまらない答えだ」と鼻で笑われてしまう事だろう。
「石榴で作ったブーケ……とか?」
こんな答えを返すくらいなら、早急に白旗を上げたほうが傷は浅かったかもしれない。そう思える程、二人の視線には強い憐れみの色が見て取れた。
「ブーケならまだ貰い甲斐があるんだけどねぇ──
だから願いを叶える石と呼ぶ輩もいるんだよ、と付け加える彼女の声はどこか疲れ切った人のそれに似たモノを匂わせる。
「あれはアタシらの血で作ったモノでね──……見た目はガーネットやルビーに近しく透明度も高い」
つまらなそうな口ぶりで語りながら、彼女は自らの袖をゴソゴソと弄り始める。そうすること数十秒──取り出されたのは拳大の桐箱であった。彼女は中身を確認すると蓋を閉じ、突然それをこちらへと放ってくる。なんとかそれをキャッチした途端、開けてみな、と声がかかった。
「粒は小さいが、見てくれは良いだろう?」
明るい声でそう言うけれど彼女の目は笑っていない。口元と声だけが、確かに嗤っているのだ。その顔を見た途端、脳裏に浮かんだのは『彼女は腹にヤバいモノを抱えているのだろう』という漠然とした予感めいたナニカだった。
「……少しは反応しておくれよ」
何も言えずに居ると、彼女は拗ねた声で
「────人を殺した奴は、どうしたって解っちまうもんなのかね? ん?」
天華に視ゆ メイルストロム @siranui999
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