第6話
「食べ物と薬湯をお持ちしました」
射しこんでいた光の筋が闇に消された頃、籠を抱えた長身の青年が部屋に入ってきた。
真っ直ぐな長い髪に、切れ長の優しい目、そしてすっきりした形の良い鼻。日本人的な顔をしているが、その陶器の様に白い肌があきらかに現人類との違いを告げていた。
青年の目に飛び込んで来たのは壁にもたれる男とそして額から血を流し眼を腫らして母の手を握る少年。
二人の様子を見て、彼は小さく息を飲んだ。
「お亡くなりになられたのですね」
ごつごつの粗末な焼き物に盛られたお粥らしきものと匙、小さな魚の干物。そして濁った水。二人の前にそれを置くと、青年は遺体に向かって手を合わせた。
「お前らのせいだ」
いきなり黒い塊が、青年に飛び掛かる。
「お前らが私達を巻き込まなければ、こんなことにならなかった」
青年は平然として身体をかわす。虫も殺さぬような優しい顔とは裏腹に武芸に秀でているらしい。後ろに束ねた長い黒髪がかすかに揺れたのみだった。
父親は勢いよく頭から前方に突っ込む。床に薄い粥が飛び散った。
身体が当たった衝撃で、鍵が掛けられてなかった戸がバタンと大きく開いた。
部屋の外には大海が広がっていた。
慌てて駆け寄る真一。
「お前はどけ」
駆け寄る真一をうるさそうに突き飛ばすと、再び父親は青年に掴みかかる。
青年は素早く背後に回ると、右腕を捻じりあげた。
一瞬のうちに最大限の苦痛を与え、相手の動きを封じる。
冷酷までに躊躇のない動き。
父親は声も出せずに目を剥いて固まった。
「お父さんを放せ、お前は誰だ」
真一が叫ぶ。
「あのまま公安の手に渡していたら殺されるだけでした。クイーンの指示であなた方を奪還しここにお連れしたのです」
青年は、息ひとつ切らしていない。
「ば、化け物。エターナルの化け物め」
青年は、真一の目を見据えて口を開いた。
「私はあなた方の言う化け物、エターナルですが、あなた方の敵ではありません。お母様をこのようにしたのは公安の連中です」
「違う、お前らが悪い。お前らは癌だ、社会の癌だ。瑞恵を、瑞恵を返せっ」
腕が折れても構わないとばかり鬼の形相で身体を揺らし、真一の父が叫ぶ。
「お前らさえいなければこんなことにはならなかったんだ」
体格の良い男の動きにさすがの青年も持て余したのか、長い腕を父親の首に回しぎりぎりと締め上げた。
「止めろ」
真一は青年に噛みついた。
青年は身体を振って噛みついたままの真一を壁に叩き付ける。
物音を聞きつけたのか、数人の男たちが部屋に入ってきた。
「大丈夫ですか、
一様に肌の白い彼らは、たちまち貴志と呼ばれた男から真一を引きはがし、床に押さえつける。
「殺せ、殺すがいい。その獰猛で残虐な本能に従ってな」
父親の叫びに、貴志が静かに首を振った。
「いいえ、殺しません」
彼は目を閉じた。
「我々は、基本的に人を殺せないのです」
「嘘をつけ。悪夢の一世紀の間、お前達にどれだけ沢山の人類が殺されたか」
押さえられながら、真一が叫ぶ。
「それよりももっと多くのエターナルが無抵抗なまま死にました。通常の我々は人を殺そうとすると、本能的に抑制がかかるのです」
青年は一呼吸置くと静かに口を開いた。
「相変異しない限りは……」
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