第2話

 真一が帰宅するとすぐ、母親から納屋に干しているたまねぎを2つほど取って来いというお達しが出た。

 高村の家は小さな畑を持っている。昼間、父親は近くの工場に働きに行き、母は仕立屋の下働きをしている。しかし、もらえる賃金だけでは家族三人、充分な食にありつけないため、その合間を縫って彼らは自分たちが食べるための野菜を作っていた。


「今夜は肉じゃがよ」


 荒木の事で真一が少なからずショックを受けていることを母も気がついているのか、夕食の献立は彼の好物の肉じゃがに決まったようだった。


 国土のほとんどが荒廃した悪夢の1世紀以来、肉はぜいたく品で自給自足をしている庶民の口にはほとんど入ることが無い。にっこりと母が見せてくれた竹の皮で包まれた豚肉の量がいつもより多かった。母なりに真一を元気づけようと、何かを売ってお金を用立てたのだろう。

 

 



 晩秋ともなると、夕方になれば寒気が肌を刺す。


 真一はかろうじて風雨を避けるだけの役割しか果たさないぼろぼろの納屋を開け、戸口から差し込む夕暮れの淡い光を頼りに奥に進んだ。

 

 そして手探りで梁に吊り下げられたたまねぎをふた束ほどつかむ。


 そのとき。


 ごそっ、と何かが動く音がした。


「ねずみ?」


 納屋の下は父が地面を掘って木切れを貼り合わせて簡易貯蔵庫にしている。その上はこれも手作りの大きな木の蓋で覆っていた。


「それとも、子猫でも入ったのかな?」


 真一が呟きながら床にしゃがみこむと、下からか細い声がした。


「たかむらくん――」


 真一の目が大きく見開かれる。

 それは、まさに今日いちにち思い続けた彼女の声だった。


「あ、荒木さん」


 木の蓋をずらそうとした真一を彼女がさえぎった。


「だめ、開けないで」


 大雑把な彼の父の作った蓋は隙間だらけで、真一は床に額をくっつけるようにしてそこから貯蔵庫を覗き込んだ。


 窓からのわずかな光を頼りに眼を凝らすと、しばらくしてうずくまる人影が見えてきた。


 彼女だ。


 真一は肩で大きく息を繰り返した。


 心臓がどうしようもないくらい暴れている。


 憧れの少女が人知れず自分の家の納屋の中に潜んでいたのだ。興奮しないでおけという方が無理というものだろう。


 でも。


 真一はすぐさま二人が置かれている現実に気がついた。


 彼女はエターナル、悪夢の一世紀の原因となった生物の末裔だ。


 ここに居ることを人に見つかればすぐ通報されて、彼女ばかりか、真一の父母も罰されるに違いない。しかし若干10歳の彼には、まだ彼女を助けてどこか安全な地に連れて行く力は無かった。


「荒木さん、お母さん、お父さんは?」


 暫くの沈黙の後、すすり泣く声が聞こえてきた。


「これから、行くところはあるの?」


 返事が無い。


「しんいちーっ、たまねぎは?」


 畑の向こうで母親が呼ぶ声がする。


「また、来るね。何か要るものはある?」


「喉が渇いた……」


 蓋の隙間にかろうじて指が入るところがある。


 そこから小指を入れると彼女の小指がそっと絡まってきた。


 ほんの一瞬。


 だけど、真一にはまるで時間が止まったかのように思えた。

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