第8話
昼まで、真一は無言で母親のそばに座って居た。
疲れと衝撃で少年の頭はまるで霧がかかったようにぼんやりとしている。
父親はまだ目を覚まさない。
戸口には朝持ってこられた粥がそのまま手つかずで置いてある。光が反射して表面に漂う埃が見えた。
「すみません、入りますよ」
ノックとともに閂をはずす音がして、盆を持った小柄なシルエットが戸口に現れた。
男だと戦意を高めると思ったのか、食事を持って来たのは真一より少し年上くらいの少女だった。長いさらりとした髪の少女は古い粥の横に新しい粥の乗った盆を置くと、すぐにドアを閉めようとした。
「ま、待って――」
少女はびくりとして、動きを止めた。
「君もエターナルなの?」
彼女は言葉は出さずに、こくりと顔を縦に振る。
「荒木、荒木さんの事を知らない?」
少女はおびえたように目を見開いて、大きくかぶりを振るとまるで何かを断ち切るかのようにドアを閉めてしまった。
ガチャリ、カギをしめる音が部屋の中にも響いてくる。
ほのかに温かい粥の椀を持ったまま、真一は傍らの父を振り返った。
この海の上から、昏倒したままの父を連れて逃げることはできない。
自分達を殺す気はない様だ、今は、大人しく従うしかないだろう。
自分が強くならなければ。
自らが家庭に招いた災厄の償いができるとは到底思えなかったが、真一は自分が現実から目を背けて絶望の淵に沈むのを許せなかった。
辛くても、この現実に立ち向かわなければ。
彼は貼りついた唇をゆっくりと開き、粥を口に運んだ。
こんなに重い気持ちなのに哀しいほど身体は正直で、粥を飲み込む喉は待ち受けていたようにごくっと大きな音を立てた。
彼は、獣の様に手を付けていなかった椀も取ると、埃をかぶった冷たい粥も喉に流し込んだ。
粥が胃の腑に落ちるとともに、彼の頭の中の霧がだんだんと形を取り始めた。
それはおぼろげな塊であったが、そのまま頭の中から消し去る事ができなかった。
何かがおかしい。
何か、重大な秘密が隠されている。
それは、他でもない自分の事であるような気がして、真一は粥を口に運ぶ手をはたと止めた。
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