第7話
「
「ええ、私達エターナルは何かのきっかけで
真一は以前図書館の本で見た、薄気味の悪いエターナルの姿を思い出していた。
複数のエターナルが溶けだして融合してまるで巨大なアメーバ―のようになったもの。
全身から棘が出て、ウニのようになったもの。
まるで干からびて割れた大地のような皮膚から、触手が出てのた打ち回っているもの。
他にも、その本には鳥に似たものや動物に似たもの、など様々な形態を呈する異形の怪物が描かれていた。その注釈には、軍隊はエターナルの10倍の数が居たにも関わらず、一瞬のうちに壊滅したと書いてあった。
「化け物……」
「そう思っていただいても構いません、事実われわれの理性は増殖の本能に逆らえないのですから。でも、私達もまた人類であることに変わりは無いのです」
傍らで拘束されている父の唸り声がする。
「どうするんだ、僕らを。殺すのか?」
「まさか、そのようなことはしません」
「じゃあ、早く元の場所に返せ」
貴志は静かに顔を横に振った。
「もうあなた方はもとの社会には帰れません。帰ったとしても、私達に加担した裏切り者として殺されるか、収容所に送られるだけです。このまま私達と生活をともにしてください」
「お前達に関わらなければ……妻は死なずにすんだ、なぜ私達を巻き込んだ」
父親は長髪の青年に怒鳴る。
「仲間を匿かくまっていただき、感謝しています。奥様の事は、どれだけお詫びをしていいかわかりません。でも、あきらめてください。もとの生活にはもう返れないのです。」
「うるさい、この人殺しの化け物ども。妻を返せ」
真一の父は猛然と身体を震わせると、エターナル達の手を振りほどいて貴志に殴り掛かった。
「殺してやる、お前らなんか一人残らず」
唸りを上げた拳が空を裂く。
しかし、貴志は軽く拳をかわすと、その長い指で襲撃者の顎の下を掴んだ。
ぐえ、という短い叫びをあげて、父親は金縛りにあったように動きを止めた。
相手の動きを封じたにも関わらず、貴志はまるで時間が止まったかのように容赦なく首筋を締め続ける。
貴志の顔は先ほどまでとがらりと変わった能面のような感情の無い顔になっていた。
ついに父親は、大きく痙攣し始める。
その瞬間、はっというふうに慌てて手を引っ込める貴志。
崩れ落ちた身体が床にはねて、大きな音を立てる。
真一を押さえつけていた仲間のエターナルの力が緩み、彼は父親に駆け寄った。
白目を剥いた父親は、口から泡のような物を垂らしピクリとも動かない。
「父さんっ」
父親に取りすがり、真一はその筋肉質の身体を大きく揺さぶった。
貴志が慌てた様子で、床に横たわる男の胸に顔を当てる。
彼の細い眉が痙攣したかのようにピクリと動き、いきなり重ねた両手で男の胸を押さえ始めた。そして鼻をつまみ、大きく吸った息を無理やり開けた口に吹き込む。状況を察した傍らの男たちがすぐに胸の圧迫を始め、貴志は自らが昏倒させた男の顎を片手で支え、のけ反らすようにしながら一心不乱に息を送り続けた。
「心臓が止まったの?」
ただならぬ様子に真一の顔面も蒼白になる。
「お父さん、僕を、僕を置いて行かないでっ」
なす術も無く震えながら少年は父親の耳元で叫ぶ。
不意に彼の視界に映るものが、不透明なベールに包まれたかのようにぼやけ始めた。
視界ばかりではない、水中に潜ったかのように人の声まで遠くで聞こえる。
自分がどこか遠くに隔離されてしまったような、まるで時間がそのまま止まってしまったかのような感覚。
そこから真一を引き戻したのは、低い吐息だった。
「息をふきかえしたぞ」
エターナル達を突き飛ばすようにかき分けて、赤い顔をした真一が駆け寄った。
「お父さん、お父さん」
しかし、息子の呼びかけにも父親の身体は微動だにしない。
だが、意識は戻らないものの規則的な呼吸が戻ってきたのを見て、真一はぼろぼろと涙を流した。
「悪かった、理性を失っていたようだ。ちょっと絞め方が長すぎた。私はそのように訓練されているので……」
長いこと人工呼吸をしていたのか、頬を赤く染めて肩で息をしながら貴志が申し訳なさそうにつぶやく。
「貴志、クイーンが呼んでおられる」
この騒ぎを知らなかったらしい、別な仲間が辺りを怪訝そうに見回しながら戸口に顔を覗かせた。
「ええ、すぐ参ります」
申し合わせたように他のエターナル達も戸口からそそくさと出ていく。
最後に部屋から出て行きかけた貴志は、振り向くと真一に話しかけた。
「こんな事になってすまなかった。でも、君の勇気ある行動にはエターナル全員が感謝をしている。彼女は僕たちの希望なんだ。そして君もまた希望……」
そこまで言いかけて、青年ははっと口をつぐむ。
真一も思わず貴志を見つめる。
「僕も? 希望? なぜ」
答えを求めるように見返してくる真一を避けるように、貴志はくるりと身を翻しドアに身を滑り込ませた。
その背中からはらりと何かが落ちる。
何の気なしにそれを拾った真一は、息を飲んだ。
黒い巻き毛。
それは、真一が炎の中から救い損ねた少女のものと似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます