幸福な家

西しまこ

内覧

「どうぞ」

 わたしはにこやかに若い夫婦にスリッパを出した。

「いえ、スリッパはこちらで用意しておりますので。それから家具を傷つけないように手袋もいたしますので」

 ハウスメーカーの人間はにこやかに笑い、白いスリッパと白い手袋を鞄から出した。若夫婦とハウスメーカーの人間はスリッパをはいて手袋をはめて、うちに入る。


 今日は家の内覧だ。

 我が家は注文住宅である。こだわり抜いた、自慢の家。だから、ときどきこうして内覧の人がやってくる。この日のために、部屋のすみずみまで掃除をした。それにもともと、部屋の中は完璧だ。常にきれいな家。作り付けの家具、余分なものは一切置かない。インテリアは季節ごとに替えている。今は三月だから、春の雰囲気を出すために、春らしい飾りつけにしてある。


「わあ、素敵ですね!」

 若夫婦が感嘆する。

「ありがとうございます」

 わたしはにっこり微笑む。

「きれいにされていますね」

「作り付けの収納にしたんですよ。そうするときれいに見えるんです」

「お子さんは?」

「小学生の息子が一人おります」

「男の子がいても、これだけきれいに出来るなんて」

「収納場所があれば、片付けられるようになりますよ」

「えっ、そうなんですか?」

「リビングのここが、息子のスペースなんです」

 わたしは作り付けの棚の扉の一つを指さした。


「あ、でも開けないでくださいね。中は乱れていますから」

「これだけ片付いていると、中が汚いって、信じられません」

 若夫婦が感心したように言い、わたしは「子どもの自主性を尊重していますので、中は自分で整理させているんです」と笑顔で応えた。

「すばらしいですね」

 夫の方が言い、妻は「あたしたちも真似したい!」と言った。


 リビングから廊下に行き、壁一面の本棚を見せる。

「すごいですね!」

 若夫婦の賛美を満面の笑みで受け留める。

「子どもが小さいころから本に触れさせたくて」

 ずっと考えていた台詞で応える。

 本棚の向かいのコルクボードには、家族の写真が貼ってあり、若夫婦の妻の方が「あたし、こういうの憧れ! やりたい!」と言う。

 わたしは満足げに頷いた。

 家族写真は幸せの象徴だ。


 二階に上がる階段の途中には落書きスペースがあり、息子が小さいころの絵がそのまま残されていた。

「こういうのもいいですね」

「想い出になりますよ」

 光が溢れる子供部屋、寝室、書斎を見せる。

「壁紙がかわいいですね」

「それぞれのイメージで思い切って変えようと思いまして。二階はわざと個性的な壁紙にしたんですよ」

 わたしは壁紙のイメージの説明を加えた。


 一通り家の内覧を終えると、若夫婦は目を輝かせて言った。

「素敵!」

「子どものことを考えつつ、でもおしゃれな感じがして、すごくいいですね。僕たちも、そうしたいなあ」

「ほんと! すごく幸せなおうちって気がする」

「こんなうちに住みたいなあ。いや、こういううちを建てたい!」

 ハウスメーカーの人は「ありがとうございます」と、わたしに目で合図をし、若夫婦にも笑顔で語りかける。

 そして、「ありがとうございました!」と帰って行った。


 わたしは一人、家に入る。

 今、この家に住んでいるのはわたしだけだ。

 わたしが部屋をきれいにしようと心がけたら、「お前にはついていけない。病気だ!」と夫は言い、「ママがぼくのおもちゃ、みんな捨てちゃう! 学校で作った工作も」と息子は泣き、そして二人は家を出て行った。

 おかげで家はいつもきれいに保たれる。誰かが汚したところを片付けなくてもいい。完璧だ。


 完璧に、幸福な家。





     了

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幸福な家 西しまこ @nishi-shima

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