第3話 ギビビン


 手をあげて歓声に応えた俺は、透明なボックスの中に入った。

 ボックスの中には、腰より少し高い位置に棚が設置され、台座に乗った卵が置かれていた。

 これがギビビンの卵なのであろう。

 薄緑色で、ダチョウの卵より一回りは大きい。

 が、これぐらいなら楽勝である。


 司会者が俺の背後で、ボックスのドアにカギを掛けた。

 閉じ込められたのだ。

 これには、ちょっと不安になる。


 「今、奮戦している選手の戦いが終わるまで、しばらくお待ちください」

 司会者が、俺にそう告げた。

 もうひとつの透明なボックスの中には、新たなカク星人がいた。

 俺が最初に見た、二人のカク星人とは違う男である。

 この男も見事な体格をしていた。

 腕が太い。

 拳が大きい。

 

 その太い腕を振り上げ、大きな拳を目の前の卵に叩きつけていた。

 ガキンという音が、こっちのボックスにまで響いてくるほどである。

 しかし、卵は割れていない。

 何度も拳を叩きつけ、ついには肘を打ち下ろしても卵は割れない。

 どれほど強靭な殻なのか。

 盛り上がる観客たちは、男に注目しながら「十、九、八、七……」とカウントダウンを始めた。


 「ゼロッ!」

 カウントダウンが終わると同時に、男の前の卵が割れた。

 殻が凹んで割れたのではない。

 盛り上がる形で割れたのだ。

 つまり、中からの圧力で割れたと言うことである。

 

 卵の中から、殻を割った何かが飛び出した。

 それは、黒い蛇に似ていた。

 男がのけ反り、両手で顔をかばおうとしたが、黒い蛇に似たギビビンは、男の顔面にへばりついた。

 そして、そのまま口の中へと潜り込んでいく。

 男はギビビンの長い胴体をつかみ、何とか口から引きずり出そうとするが、それが成功するとは思えなかった。


 俺は小刻みに震えていた。

 最初にステージにいた二人の男。

 あれはギビビンと食べていたのではなく、口から引っ張り出そうとしていたのだ。


 司会者が俺のボックスに近寄ってきた。

 「その卵台から出ている電波によって、ギビビンは冬眠状態にあります。

 電波が停止すると、きっちり三分でギビビンは孵化します。

 孵化前のギビビンは、柔らかくて口当たりがよく、旨味に満ちた肉は、とろけるほどですぞ。

 しかし、孵化後のギビビンは、凶暴な黒蛇となって目の前の獲物に襲い掛かり、口から食道、胃へと潜り込み、そこに卵を産みつけます」

 司会者の言葉に、俺の震えは大きくなった。

 救急車によって運ばれていった男の腹部は、産みつけられた卵によって膨らんでいたのだ。

 筋肉隆々の屈強な男ばかりが挑戦していたのは、素手で卵を割るためであったのだ。

 フードファイトの意味が違う……。


 「ま、待って……」

 俺は悲鳴のような声をあげたが、司会者は気づかずにボックスから離れて行く。

 観客が新たな歓声をあげ、もう俺の声は誰にも届かない。

 このボックスは、孵化したギビビンを外に逃がさないためのものだったのだ。

 そして、挑戦したフードファイターも外に逃がさないためのものだったのだ。


 「それでは、スタート!」

 司会者が叫ぶ。

 卵を乗せていた台座についていた、小さな緑色のランプが消えた。

 ギビビンを冬眠状態にしていた電波が停止したのだ。

 「うわわわわわわわ!」

 俺は悲鳴をあげて、卵を殴った。


 この卵を三分以内に割らねばならないのだ。

 しかし、硬い。

 とてつもなく硬い。

 ギビビンの卵の殻は、まるで石のようであった。

 

 残り2分57秒……。

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フードファイター・三分 七倉イルカ @nuts05

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