第2話 チャレンジ

 

 興味を持って近づいていくと、どちらの透明ボックスの中にも、プロレスラーのような筋肉隆々の男がいて、黒く長い円柱状の食べ物を口いっぱいに頬張っているところであった。

 節分の日、その年の恵方(福徳神の在する方位)に向かって食べる恵方巻きにちょっと似ている。

 その恵方巻きモドキの直径は、そこまで太くは無いが、とにかく長い。

 すでにカク星フードファイターが口の中に入れている部分を足すと、40センチ以上、50センチ近くはありそうであった。

 相手より、一秒でも早く食べ終わろうとしているのか、どちらも必死の形相で、恵方巻きモドキを両手でつかみ、口の中に押し込むようにして食べていた。


 と、どこからかやってきた大型車が、ステージの横に停車した。

 赤と青でペイントされた車体。

 地球でいうところの救急車である。

 ステージの裏手から、タンカに乗せられた男が現れ、救急車に乗せられた。

 苦しそうな表情で仰向けになった男の腹部は、ぽっこりと膨らんでいた。

 食べ過ぎであろう。

 

 どうやらフードファイトは、地球の方が進んでいるようであった。

 体の大きな人間の方が、一見よく食べるように思われるが、実はそうでもない。

 大食いに必要なのは柔軟な胃袋。そして、その胃袋が拡張できるスペースである。

 太っている人間は、脂肪が胃袋の拡張を妨げ、大食いと言うほどには食べられないことも多い。

 そして、早食いに必要なのは嚥下する力である。

 数噛みで、ゴクンゴクンと飲み込んでいかなければ、早食いは出来ない。

 喉の力が弱く、嚥下に時間が掛かると、恵方巻きモドキをくわえたまま、いつまでも噛み続けることになるのだ。

 俺は痩せ型であり、7キロていどの食べ物なら、問題なく胃に収めることができる。

 餃子ていどの食べ物なら、噛まずに飲み込み続けることもできる。


 ……これは、もしかして、地球人の凄さをカク星人に見せつけることができるチャンスなのでは無いのだろうか。

 俺は、そう考えた。

 地球人フードファイターの実力を知らしめる絶好の機会である。

 「なあ、ヨム。

 今、あの二人が口に入れている、黒くて長い食べ物は、どんな食べ物なんだ?」

 俺は、ステージを指さしながらヨムに質問をした。

 「あれですか。

 あれはギビビンです。

 孵化直前のものを食べると、とても美味しいのです」

 ヨムは、そう答えた。


 孵化直前に食べると言うことは、パロット系の食べ物であろう。

 パロットとは、フィリピン、中国、ベトナムなどで食される珍味で、孵化直前のアヒルの卵を茹でた料理である。

 割った卵からは、あるていど形のできあがったアヒルの雛が、茹で上がった姿で現れるため、食べなれていない人には厳しい、インパクトの強い料理でもある。


 「あれは、食べ終わるまでの時間が決められているのか?」

 「時間ですか?

 いや、食べ終わるまでの時間は関係ないです。

 食べることが出来れば、勝ちですね」

 ヨムが答える。

 と言うことは、早食いではなく、大食い対決なのであろう。

 ギビビンとかいう恵方巻きモドキが長いと言っても、一本2キロもあるまい。

 三本ほど一気に食べて、集まったカク星人たちの度肝を抜くのも、おもしろそうである。


 「ヨム。

 俺もギビビン食べに挑戦したい」

 「挑戦したいのですか?」

 ヨムは驚いた顔になる。

 「地球とカク星の友好のため、地球人代表としてフードファイトに参加したいんだよ」

 「……分かりました」

 頷いたヨムは、ステージに近づくと、そこにいた大会関係者と話を始めた。


 そして、俺は参加許可をもらい、ステージへとあがった。

 「みなさま、素敵なお知らせです!

 なんと地球人の飛び入り参加が決定ました!」

 ヨムから翻訳機を借りた司会者がそう俺を紹介すると、集まっていたカク星人たちは、ひときわ大きな歓声をあげた。


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