ロマンチックな喝采をあなたに

円菜七凪実

ロマンチックな喝采をあなたに



 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 脳味噌が沸々と燃える勢いは、ロマンチックな高鳴りに似ている。ひりひりびりびり、全身が熱く暑く、うねる。


 ——水面を弾くようにきらきらと音が光る。十本の指が鍵盤の上で踊る。テンポを保ったまま愉しく軽やかに。残りの演奏時間は三分を切った。泣いて笑うのはそのあとだ。


 何度目かの句点を置いたところで時間を確認する——と、床に日清カップヌードルが置いてあるのが見えた。冷めた円の上には、鳥のくちばしみたいになって割り箸が放置されている。飲みかけのペットボトルのお茶は、蓋をきっちり閉めたままなぜか倒れていた。あ、と思い出しては生まれた罪悪を振り払うように手元に向かう。

 ああ下手だと痛く感じながら、良くしたいと粘りに粘る。時間はもう迫りに迫っているのに、ああでもないこうでもないと、破茶滅茶な音色を刻むみたいに文章を打つ。ひたすら打ち続ける。


 ——わたしは今初めて燃えているんだ。だってこんな感覚は生まれて初めてだもの。揺れに揺れる音が、わたしを未知の世界に誘う。すいすい泳ぐ魚みたいにきらきら跳ねる。好きを表現できるこの手に、見に来て聴いてくれる人に、わたしのすべてを捧げたい。もっと広い世界が観たい、もっともっと上手になりたい。


 手が痛い。指先が震える。表現したいところまで描ける技術が僕にはないから、笑われるだけかもしれない。少し悔しい。だから次は今の自分よりも上手くなっていたい。

 初めて生まれた好きをがんばり続けたら、良い人になれるだろうか。いつか誰かの心に寄り添うものが書けたら——。


 熱量のままに書き上げる。〆切三秒前、というところでようやく応募ボタンを押す。安堵と不安に混じった達成感が、ひとつの吐息となって熱くこぼれた。頬に流れる滴は一種の感動だろうか。

 箸で掴んだ麺はスープを十分に吸っていたけど、僕は「おいしい」と言って冷めない胸の奥にずずっと注ぎ込んだ。


                  了

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ロマンチックな喝采をあなたに 円菜七凪実 @marunananami

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