第10話 卒業旅行回。

 豪華客船「グランバニアの栄光」号はポラール共和国へと向かっていた。

 その船上では、どんちゃん騒ぎをする学生たちの姿が見られた。

 乗客たちからは、放蕩王子とその仲間たちというように見られていた。


 もちろん、僕たちはそれを意図して、いつもより大はしゃぎしていた。

 そして、放蕩王子らしさをアピールするため、オリビア、シャーロット、そして僕は夕食後にスタンレーの部屋に集合した。

 自分の婚約者だけではなく、教会の女性に婚約者のいる女性まで引き込んでいる、というかなりの悪名が轟くこととなる。


「セシリア。君までつき合うことはなかったんだがな」

「アイアンハートの家はご存知ですから大丈夫てすよ」

「いや、そうはいっても、婚約者がいてな」

「何を今さら外聞を気にしているんですか。アルバートも納得済みです。お気になさらずに」


 そんな会話をしながら、前世世界のトランプに似たカードゲーム、ランプをプレイする。

 ネーミングが安直なのは、開発陣のせいだ。


 ちなみに、ヴィシャールたちは乗員の女性を連れ込んで酒盛りをしている、ことになっている。

 リアルにするため、一応ちゃんと酒は呑んでいるはずだ。

 さて、アルバートはうまくやれているのか。



「セシリア」

 この船に乗る前の晩、僕はアルバートから声をかけられた。

 とても真剣な顔つきで。

「俺はセシリアと一緒になると思う。セシリアのことは正直、好きだし安心するし、信頼もしている」

「ありがとう」

 僕はそう答えた。

「だけど」

 逆接だ。

 僕ではダメということなのかな?

 正直、僕も、いまさら他の男なんて勘弁してほしい。


「高橋浩太郎へ、杉浦芙美子からのお願いだ。一度だけ、デービッドにアプローチさせてほしい」

「ぷっ」

 吹き出してしまった。

「な、何がおかしい」

 アルバートが、いや杉浦芙美子が顔を真っ赤にして言った。

「僕らは本当に前世に縛られているよね」

「悪いのか?」

「いや。相手が男なら浮気はノーカンってことにすればいい?」

「デービッド限定でいい」

「あと一つ条件が」

「何だ」

「このこと、シャーロットに話してもいい?」


 露骨に嫌そうな顔をした。


「ごめんごめん。冗談だよ。本当の条件は別にあるんだ」

「何だ?」

「アプローチがうまくいっても、いかなくてもこの旅行が終わったら、すべて終わり。私はデービッドと君を争うのはごめんだよ」

「わかった。ありがとう」

「前世からの想いに決着をつけよう」

「ああ。つけてくる」


 その時の顔を思い出す。

 がんばってるのかなあ。今頃。



 夜が明け、僕はデッキから海を見ていた。

 そこへやってきたのはシャーロット。

 すごく重たい顔をしていた。


「セシリア……。私、先ほどとんでもない事実を知ってしまって……、あなたに話そうかどうか迷っています」


 なぜか、背後にオリビアも一緒だった。

 彼女の顔も暗い。


「私たちの背徳的な喜びは、お友だちの不幸になると気づいてしまったのです」

「どうしたんですか? 二人して」

「アルバートのことなんですが」

 シャーロットが顔を真っ赤にしている。


 え? まさか。


「先ほど、昨夜アルバートたち男性陣とともに過ごした従者の方たちに話を伺ったのですが」

「何が起きたのです?」

「アルバートとデービッドがキスをしたのだと」


 やった!

 やりやがった!


「ど、どうして? 何でそんなことに?」

「ゲームをしてたそうなんです。罰ゲーム付の。そしてそのうちの罰ゲームがキスだったらしいと」


 そうか、そんな手を使ったのか!

 ベタだけど、ベタだけど!


 いかん。わくわくしてくる。


「それはいけませんね。もし従者の方たちも巻き込んでやっていたのなら、厳罰ものです。まあ、でも相手がデービッドでしたら。オリビアやシャーロットのご褒美みたいなものでよかったんじゃないですか」

「え?」

 シャーロットが聞き返す。


「もし、相手がオリビアやシャーロット、また、お付きの従者の方たちでしたら、私の魔法で心臓を撃ち抜きますわ」

 僕はにっこりと笑った。


 ちょっとシャーロットが引き気味。

 オリビアはちょっと興味ありげに笑っている。


「ですが、相手はデービッドですからね。気にする必要もないでしょう」

 約束したしね。

 デービッドはノーカンって。


「そうだ。そんな面白いこと、私たちの眼の前で、もう一度やってもらいましょうか」


 僕は提案する。

 オリビアが食いついた。


「私たちがそんな面白そうなもの見れないのは、不公平ですよね!」

「ええ!」


 すると男性陣がにこやかに会話しながらやってきた。

 僕は笑顔でスタンレーに報告した。

 昨夜の、とても面白い出来事を。

 スタンレーも大笑いした。


 嫌そうなデービッド。

 そして嫌そうだけど、ちょっと目が笑っているアルバート。


 そして、もう一度、昨夜のそれを再現してもらうように、集団で追いつめた。 先頭にたったのはシャーロットだ。

 二人が観念して、もう一度キスするまで、さほど時間はかからなかった。


 大はしゃぎしながらポラール共和国へ到着した僕たちは、外務大臣の歓迎を受けた。


 そして、ポラール共和国の迎賓館に足を踏み入れた。

 軍人、政治家。

 平民出身者の多い共和国の重鎮の中で、唯一と言ってもいい貴族出身、ファート男爵が僕らの相手をしてくれた。

「王族の方々の歓迎としては、行き届かない部分が多数あるかと思いますが、ご容赦いただければ」

「この国の価値は礼節や教養ではないのでしょう。民の情熱。それこそが価値だと考えます」

 スタンレーは笑う。

「第二王子という立場上、軍隊などの援助はできません。ですが、この地に平民向けの私学校を設立することは、父も周囲の貴族たちも何も言わないでしょう。そして、それがヴィシャールと私の共同の学校であるならば。そして、その学校があれば、あなた達はグランバニアとバースから人質を取ったも同様となる。決して悪い申し出ではないと思う」

「おっしゃる通りです。ですが、それをして、スタンレー様に何の利が?」

「利ですか」

 スタンレーは言葉を切る。

「利のために行うつもりはない。時代が変わりつつあるこの世界で、自分が何ができるか、だと私は考えている。ポラールが示したように、いずれ貴族も平民もない社会がやってくる。私はその時代が見たいのです。ただ、やはりそれは戦乱ではなく、平和に変化してほしいと考えています。そのための武器こそが教育だと考えています。違いますか」

 ファート男爵は感動の涙を流していた。

「その通りです。スタンレー様」

「ヨゼフ・レーナー氏も、高等教育の結果、今の結論に立ったと伺っています。私は、第二、第三のレーナー氏が誕生することを祈っております」

「素晴らしいお考えです。王族の中に、これほど開明的な方がいらっしゃるとは」

 一人の男が会話に割り込んだ。

 口ひげをたくわえたその男こそ、ヨゼフ・レーナー。

 社会共産党の委員長にして、ポラール共和国元首。

「スタンレー様、こちらがヨゼフ・レーナー首相です」

「お初にお目にかかります。スタンレー・グランバニアです。この度は私のような非才の者のお出迎え、まことにありがとうございます」

「いえ。我らが共和国発足後、最初のお客様であります。学生とはいえ、よくぞ我が国に」

「新しい時代の幕開けの国、見ておかないわけにはいきません。これから時代が変わるのです」

「そこまでご理解いただいていますか。素晴らしい」

「私は王族ではありますが、これから新しい時代が始まるということを理解しています。ぜひ、お手伝いさせてくれれば」


 そして、スタンレーとヨゼフ・レーナーは固い握手を交わした。

 その瞬間、レーナーの背後で魔力の炎が弾けた。


「魔王に天誅を与える! 妻と娘の仇め! 死ぬがいい!」


 それなりの身なりをした壮年の男が、指輪をはめた手をレーナーに向けていた。

「くっ! こんなところまで! アルバート! デービッド!」

 スタンレーの言葉にアルバートとデービッドが飛び出した。

「異国の裏切り者どもめ! お前たちも死ぬがいい!」


 全身が炎に包まれた。

 周囲を巻き込む爆炎魔法。


 僕は冷静に両腕に電磁加速砲を顕現させる。

 マスケット銃がなくとも、この距離程度なら放つことができる。

 その程度には特訓を積んだのだ。


 両腕を小さな雷撃で覆いながら、弾丸を発射する。

 ためらいはない。

 ためらえば、この場の全員が死ぬ。


 僕は炎に包まれたテロリストの頭を撃ち抜いた。

 脳髄が炎と一緒に四散する。

 魔法は発動前に術者が死ねば、そこで消える。


「シャーロット! 来てくれ!」

 スタンレーの言葉に駆け寄ったシャーロットが必死に回復をかけるものの、身体を半分失い、全身火傷の状況では、助かる術がなかった。


 レーナーが何かを呟いている。

「どなたか! 首相が何かをおっしゃっている!」

 スタンレーの言葉に共和国の重鎮たちが駆け寄ってきた。

「新しい世界を……、共産革命……三里塚の同志たちに恥ずかしくない戦いを……」


 三里塚?

 この男……、まさか!


 そして、貴族たちに魔王と呼ばれた男は息を引き取った。

 彼らが打倒すべき、貴族体制の象徴、グランバニアの王子の腕の中で。


 僕らはこうして、魔王打倒イベントをクリアした。


 皆で剣を取るのではなく、家族を殺された哀れな男の復讐に手を貸すという形で。


















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