第9話 ダンジョン回。

 学園での授業の一つにダンジョン攻略がある。

 世のゲームのように、本物のダンジョンに潜るわけではない。

 と、いうかこの世界、ダンジョンというものは人間が作るものだ。

 歴史的に有名なのは沿海州ミノースの迷宮、バース王国のカムル砦の迷宮。

 いずれも人間が作った要塞や墓である。


 この学園に広がるダンジョンとは、戦闘技術向上のために作られた訓練用施設のことをいう。


 最下層は五階。

 様々なゴーレムを配置した迷宮の最下層に向かってタイムアタックをするのが、このダンジョンの使い方である。


「ツーマンセルで行くか」

 この時間は、生徒会で借り切っての、自主的な補習だ。

 スタンレーの言葉に皆が頷く。


 生徒会全員が完全武装。

 この世界、何かのRPGを参考にしているらしく、パーティーの役割分担が明確だ。


 まずはタンク。壁役だ。

 生徒会メンバーの中でタンクを務めるのはアルバートとオリビア。

 二人とも、金属の鎧を着込んでいる。兜こそしていないけど、フルプレートメイル。

 武器は近接武器と遠距離用の魔道具。

 ファイヤーボールなんかも単に手から出しているように見えるが、指輪やネックレスに貯められた魔力を放出する形で使う。

 そしてアルバートは長柄の斧槍、ハルバートと腰に一振りの剣、魔道具兼用の短刀。オリビアはメイスと魔道具の短刀と指輪。

 そして大盾。二人とも家の紋章が刻まれている。


 スタンレーとヴィシャール、デービッドと僕はアタッカー。攻撃職だ。革の鎧、動きやすさ重視の、どちらかというと近代戦の軍服の上着を革で仕立てたような代物だ。

 スタンレーは小振りの盾とロングソード。魔道具兼用の短刀を装備する。デービッドも同様の装備だ。

 ヴィシャールは二本のショートソードで、手数重視のスタイル。

 魔道具は指輪だ。

 僕はマスケット銃と短刀、魔道具は指輪。

 ちなみに貴族で銃を使うものはほとんどいない。

 魔法で事足りるからだ。

 だけど僕はこれを選んだ。もちろん、ただの銃ではなく、魔法でいろいろ調整してあるから、生徒会のみんなは僕をきちんと攻撃職として認めてくれている。


 ヒーラー、魔法職はシャーロットとダニエル。

 ヒーラーと呼んではいるが、魔法の攻撃力は高く、最後方から一発逆転を狙う立ち位置でもある。

 二人の防具は、布の服に両肩あたりに浮いた魔法盾という装備だ。

 これは自律して動くドローンの盾みたいなもので余りある魔力がないと維持することすらできないし、ついでに超高価なものだった。


 そして、シャーロットは魔道具としてウォンドを持つ。ダニエルはロッド。

 一度にこめられる魔力の違いがありシャーロットのウォンドは手数勝負、ダニエルが持つロッドのほうが一回の魔力が大きいという違いがある。


 メンバーはスタンレーとシャーロット。ヴィシャールとオリビア。ダニエルとデービッド。アルバートと僕という組み合わせ。


 そして、それぞれのペアでダンジョンへ乗り込む。


「ここでスタンレーということは、スタンレールートなんだけどなあ」

 アルバートが口に出す。

 ゲームでは、進行途中の好感度チェックのポイントらしい。


 ルートに乗っているとはいえ、シャーロットはあまり男性に興味を持っていない。

 そのあたりは、はたしてどうなのか。


 さすがに皆のいる場所で話せないので、二人きりの時の話だが、アルバートはシャーロットの嗜好を大変良く理解していた。

「シャーロットは素晴らしい。デービッド総受けとか、よくわかってるじゃないか。禁断の愛に溺れ、理性溢れる顔が快楽に歪むなんて最高だよ。その小説、俺も読めないかなあ。セシリア、借りてきてくれないか」

 自分が借りにいかないだけの理性が残っている状態でのアレな発言にドン引く……。

「わかったよ。今度、機会があれば」

「ああ。シャーロットと語り合ってみたいなあ」

「アルバートも組み合わせの一人なんだけど」

「そうなんだよねえ。ぜひ、押し倒すときの参考にしたい」

「許嫁にそれを言う?」

「相手は女じゃないけど」

 そんなこと、真顔で言うもんじゃない。

 と、思いつつ、まあ、ある程度は許容している自分がいた。

 何か、男はノーカンと考えるあたり、僕は前世世界にまだまだ縛られているということなのだろう。


「まあ、性的嗜好がどうあれ、ゲームは進行していくからなあ。結局、メインルートはスタンレーなんで、他の人間との好感度が上がらないと、必然的にスタンレーに行くのかな?」

「そういうアルゴリズム、ありそうだよねえ」


 そういう結論になりそうだ。

 そんな話をしつつ、ダンジョンを潜っていく。


 僕とアルバートの戦い方は、前衛のアルバートがエネミーを食い止めている間に、僕が攻撃する流れだ。

 僕の属性は風。

 正直、あのトラウマになってる襲撃の際、かまいたちをあっさりと防がれて以来、鍛錬と研究を重ねた。

 それで作ったのが、このマスケット銃だ。


 風属性魔法の上位に、雷魔法が存在する。

 風属性は、空気に干渉する魔法だ。

 空気に干渉し、帯電した空気を集めることで、雷を発生させるのだが、これをマスケット銃の周辺に発生させる。

 出来上がった電磁場の中に、鋼鉄の弾体をセットする。

 セットしたことにより、電気回路が形成、弾体は電流が流れていない方向に発射される。


 それが僕の魔法。

「電磁加速砲」だ。


 威力を制限しなければ、鎧なんて紙と同じだ。

 鋼鉄の板ですら撃ち抜く。


 マスケット銃自体は飾りもいいところだ。

 狙いをつけやすい形がこのスタイルだっただけで、理論的には素手でも可能だ。

 たけど、僕にはまだそこまでのイメージが組めない。

 だからこその、このマスケット銃だ。


 どんなエネミーもゴーレムも、これさえあれば撃退できる。

 唯一最大の天敵は、昆虫型エネミーだ。

 あいつら、数百の個体が集団でやってくるので、魔法の範囲攻撃でないとしとめられない。

 そこは、これからの課題だ。


 僕らは既に慣れた連携で最下層へと向かう。

 到着すると、そこには他の三組が既に到着していた。


「遅れてすまん」

「気にするな。遅れたと言っても数分の話だし、このダンジョン範囲攻撃の有無で攻略スピードが変わるからな」

 アルバートの言葉に、スタンレーが答える。


「さて、本番だ」

 僕たちはボス部屋の奥へと入った。


 そこは、真ん中にテーブルを置いた会議室になっていた。

 ダンジョンの奥は、生徒会創設以来の秘密の会議室だったのだ。


 間者やスパイの近づきにくい場所して選定された。

 会議前に訓練がつきものというのも、学生にとってはよいカモフラージュとなった。



「さて、本番をはじめよう」

 スタンレーの言葉に、僕たちは着席した。


「我々は魔王を討つ特別部隊となる。父上、チャールズ・グランバニアも承知の話となる」


 そう。

 ゲーム通り、僕らはパーティーを組織して、魔王を討つのだ。

 卒業と同時に魔王討伐のパーティーに旅立ち、ヒロインは攻略対象たちとともにその任務を達成し、ハッピーエンドとなる。


 そして、その告白によって、エンディングを迎えることとなる。

 どうも、現状のルートだと、スタンレールートなのだが、それは僕たちが無事に魔王を倒す必要がある。



 僕は魔王というものは、そのものズバリの悪魔的な姿をした存在と考えていた。乙女ゲームですし。

 だが、この世界に転生して以来、そんなわかりやすい魔王の存在は見つけられなかった。

 だからこそ、エンディングに向かう流れの中で、魔王討伐は何らかの別イベントで代替されると考えていた。

 だが、魔王は突如として誕生した。北の大国、ポラール帝国。

 その中に。


 ヨゼフ・レーナー。

 それが魔王の名前だった。


 レーナーは学校の教師だった。

 グランバニアに限らず、平民に至るまで教育の行き届いたこの世界には、都市部に限るものの、知識人階級とでも呼ぶべき存在があった。

 レーナーが発案したのが、資本を社会の共有財産に変えることによって、すべての人民の幸福追求のため、階級のない協同社会を目指すというものだった。


 僕は知っていた。

 それが、前世世界で「共産主義」と呼ばれるものだということを。


 ポラール帝国は、相次ぐ隣国ザスパ王国との戦争で国内が疲弊し、食料不足が頻繁に発生。結果、ザスパとの国境に近いグラーディア地方で、軍隊によるクーデターが発生。ポラール帝国からの独立宣言を発布。この世界で初めての「共和国」が設立された。その指導者がグラム・アクセル将軍と市民代表のヨゼフ・レーナーだった。

 ほどなく、ポラール帝国との間に戦端が開かれ、共和国軍はポラール帝国首都カスバへ侵攻していた。

 魔法を持つ貴族と魔法を持たない平民の間には、大きな戦力差があるものの、共和国に味方する下級貴族たちと、圧倒的な物量が戦力差をひっくり返していた。


 行く先々で貴族たちを処刑し、意気上がるだけなら、それは市民革命と呼んでいいだろう。たが、彼らは、まさに「魔王」だった。

 一人の貴族を屠るため、百人の兵士が何度も何度も突撃し、疲弊したタイミングを作り出し襲いかかる。数千、数万の生命を捨てて、貴族を倒す。

 守るべき民衆を捨て駒にして戦う姿を、魔王と呼ばずして何と呼ぶ?


「ドゥーマ・ポラール皇帝が処刑された」


 スタンレーの言葉は、革命の進行度合いを示すものだった。

 そして、それは最悪の結末の一つ。


 僕は知っていた。

 革命は過激であればあるほど、民衆にも牙を向き、血を求める。

 ロシア革命しかり、フランス革命しかり。

 先鋭的な指導者は、貴族社会のみならず、身内にまで粛清の嵐を吹かせるのだ。

 スターリンにロベスピエール。

 彼らには妥協はない。

 あるのは、ただただ殺戮と粛清のみ。


 国王チャールズ・グランバニアはこの状況を重く見て、共和国軍とその指導者ヨゼフ・レーナーを社会全体の敵「魔王」と認定し、彼を討つことを決めていた。



 そう。魔王討伐とは、共和国元首の暗殺だった。


「外交筋としては、ポラール帝国の没落に対して、何か手をうつようなことはしない。一部貴族による亡命政権樹立の請願が来ているが、これは無視することと決めた」


 スタンレーから共有されるのは、主に国王陛下のお考えと政府筋の動き。

 デービッドからはもう少し細かな、現場の情報も含んでいる。

 それと国内に潜入している共和国のシンパたちの情報。

 そこは、宰相閣下の長男というべきだろう。

 シャーロットからは教会からの情報。

 主に、ポラールからの難民たちから入ってくるものだ。

 共和国は宗教を堕落するものという認識をしているので、教会とは相性が悪い。


 ヴィシャールからはバースの状況。

 グランバニア同様に、難民たちとともに共和国のシンパが侵入し、国内で共産主義思想をばらまいているのが悩みだそうだ。


「こことここに至っては、グランバニアとバースは、共に手を携えて、共和国に立ち向かう必要がある。そのために我々はここで互いのかけ橋となるべきだということだ。オリビア」

「はい」

「すまないが、君との婚約を解消したい」

「わかっております。ヴィシャールとともに、バースへ行けということですね」

「父から侯爵には、すでにお話はされていると伺っている」

「聞いておりますわ。よろしくね、ヴィシャール」

「そのドライな感じ、お前らそれでいいのか?」

「あら、ヴィシャールは私が不満なんですか?」

「いや、そうではないが」

「セシリアはダメですよ。アルバートがいますので。それに、せめて侯爵家以上でないと、バースにとって人質の意味を持たないでしょう?」

「いや。そういう理屈はわかっているが……」

「大丈夫ですわ。スタンレーにはシャーロットがいますし」

 すると、ヴィシャールが立ち上がった。

 そして、オリビアの前に膝まづく。

「人質とか、そういうものではなく、俺の元に来てくれないか、オリビア」

「えっ?」

「俺は君にそばにいてほしい。今の状況とは関係なく。そして、俺が君を守ってみせる」

 オリビアが真っ直ぐな言葉に真っ赤になった。

「我々の関係は、国の思惑に縛られるものだが……、互いの幸せを求めあえるのは、やはりいいものだな」

 スタンレーの言葉に、ヴィシャールまでが真っ赤になった。


「さて、今後の対外的な言葉は言葉として、我々が二人の想いの見届け役ということだ」


 皆が立ち上がる。


「おめでとう」


 他に誰もいない地下の部屋で、皆が二人を祝福した。












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