第8話 水着回。

 王都から西に半日ほど馬車を走らせると、そこはグランバニア有数のリゾート地であるサムモートンと呼ばれる地域がある。

 海、温泉、カジノ、そして歓楽街。


 平民には平民の。貴族には貴族の。

 それぞれが楽しめるよう、ゾーニングはされているものの、王都の人々にとって、馴染みのリゾート地だった。


 そして、僕らは二台の馬車に乗って、そのサムモートンに向かっていた。


「よし。泳ぎに行こう」


 スタンレーの言葉に全員が頷いた。

 アルバート曰く、ゲーム内で用意された水着イベントが、まさにこんな始まり方をするらしい。


 そして目的地は王家の別荘。当然、ビーチも専用である。

 誰もいない真っ白なビーチと青い海。

 まるで書き割りのような背景。


 そして、なぜか、この世界、女子の水着はビキニしかない。

 前世世界のように、店に買いに行くようなことはなく、仕立屋がやってきて作るのだが、ワンピースを指定したら、むちゃくちゃ驚かれた。

 というか、それは水着じゃないからやめなさい、と。


 結局、真っ赤なビキニになった。

 オリビアがオレンジ、そしてシャーロットはピンク。

 シャーロットの水着の仕立はうちに呼んで、一緒に仕立てた。

 オリビアが私も一緒に、とたいそう羨んだが、侯爵家の令嬢はさすがに呼べない。

 代わりに、シャーロットのドレスを仕立てるときは、オリビアが面倒を見るという約束をして、手打ちとなった。


 そして、更衣室でみんなで着替える。

 前世では男だったが、この世界で十何年も女として暮らしていると、さすがにこういう風景は気にならなくなる。

 ただ、眺める視線によこしまな気持ちがないと言えば嘘になる。

 下心というよりも。気になるのだ。

 他人の身体が。


 僕はあまり発育がよろしくない。

 背も低く、小柄で、あまり出るものも出ていない。


 だが。

 オリビアを一言で言えば、ずばばばばーん、という感じだ。

 そしてシャーロットも童顔なかわいらしい系の女の子だが、ずどどどとーん、という感じだ。


 少なくとも、胸囲という数字では、大きく差をつけられている。

 二人とも、西瓜とまではいかないが、たわわなふくらみをオレンジとピンクの布地で覆って、申し訳程度に隠している。

 僕は、慎まやかな膨らみの上に、大きなリボンを配置してごまかす感じだ。


 うん。

 世の中、不公平だね。


 そして、三人でビーチへ出ると、男たちが待ちぼうけている。

 そして、皆の視線はシャーロットとオリビアの胸元へと集中する。

 あ、アルバートまで見ている。

 後で、とっちめてやらないと。


 そして、私たちははしゃいで遊んだ。

 泳ぎ、ボートに乗り、ビーチバレーをして。

 お腹が減ると、別荘専属の料理人が、あえて野趣あふれるバーベキュースタイルの料理をふるまってくれる。

 そのタイミングで、僕は転生者の得意技、前世料理で無双しようと、ひそかに用意しておいた麺とソースを持ちだした。

 この世界の麺はパスタに近い。

 それをもう少し細目にして、フライパンで肉と野菜と一緒に炒めた。

 ポイントはソースだ。

 香辛料をちょっと効かせた焼きそばソース。


 我ながらうまくできて、アルバートは本気で涙を流しながら食べてくれた。

 たが、オリビアやシャーロットはもとより、他の男性陣も苦笑いしながら、少しだけ食べてくれた。

 結局、アルバートと僕でほとんど食べつくすことになったのだが……。

「よく再現できてると思うんだけどなあ」

「ああ、よくできてる。なあ、これ使ってラーメンとか無理?」

「ラーメンのスープかあ。作れるかなあ」

 そんなことを相談する僕たちを、みんなは割と哀れんだ視線で見ていた。


 うむ。食文化の違いは難しい。

 まあ、前世世界でも、日本の洋菓子は、味が繊細過ぎて、欧米人には受けない、というまことしやかな話を聞いたぐらいだ。

 文化がこうも違えば、というところか。

 結構、日本型文化だと思ったんだけとなあ。


 食事が終わると、また遊ぶ。

 イルカのような海棲動物の背に乗って競争したり、干潟で貝を拾ったり。


 日が暮れたら食事。

 今度は思いきり贅沢なコース料理。

 夜空を天井にした、バルコニーのテーブルでの食事だ。

 最後に花火をしながらお喋りをして。


 女子三人は、温泉につかっていた。

 石組みの露天風呂。

 どう見てもジャパニーズトレンドスタイル。

 まあ、違和感を覚えるのは、僕とアルバートのみなのだろう。

「シャーロットは、あの五人の中に、好ましい殿方はいるの?」

 オリビアがそう切り出した。

 女子会トークの決定版。恋話だ。

「えっ?」

「割と素敵な方たちだとは思うわよ。セシリアはアルバートが一番なのよね」

「はい」

 まあ、僕はあっさりと躱す。

 そのために婚約したようなものだし。

「で、シャーロットは?」

「えっと……あの」

「言いにくいかもね。私は多分、スタンレーよりもヴィシャールの方が好きよ。こう、服を脱いだときの引き締まった大胸筋と腹筋。スタンレーも悪くないのだけどちょっと野性味溢れる感じが好きよ」

「筋肉ならアルバートも負けてませんが」

まあ、三人だけの女子会だ。

こういう時は恋人を褒めるのも、悪い行為ではあるまい。

「そうね。アルバートの筋肉も捨てたものではないわよね。セシリア。こう、筋肉に抱きしめられる感じって、どうなの?」

「え?」

「何かですね、引き締まった筋肉に抱きしめられると、私の奥めいたところがキュンとなりそうで」

あの、オリビアさん?

「あの筋肉しか知りませんので」

「じゃあ」

そう言って、オリビアが抱きしめてきた。

「私が抱きしめるのと、どう違うの?」

豊満な胸が僕の身体に押しつけられる。

そして笑う。

あ、見せつけてるな。

「少なくとも、こんな大きな胸はありませんね」

そう言って、右手でその胸を揉んでみる。

「きゃん」

オリビアが慌てて離れる。

「やっぱり、男は胸が大きい方がいいんでしょうかね」

私は慎ましやかな胸を下から支えて、持ち上げてみる。

オリビアはそこに手を伸ばしてくる。

「まあ、殿方たちはねえ。でも、私は慎ましやかな胸も好きよ。上品というか」

「そこまで大きいものをお持ちだと、あまり説得力がありませんよ。オリビア」

抱きしめて、胸の上に頭を乗せる。

「男は結局、大きい方が好きなんですよ。まあ、でも、アルバートが好きでいてくれたら、それでいいんですけれど。私は」 

「うーん。家の事情と愛が両立しているセシリアさんが羨ましいわ」

「家の事情が先でしたけどね。そこから始まる好きもあると思いますよ」

「そうよね。ねえねえ、で、シャーロットは? スタンレーが好きだったらそう言ってもいいわよ」

「いえ、そんな。オリビアの婚約者じゃないですか」

「まあ、私たちの関係は決まりごと、ですからね。そのあたりは気にしなくていいわよ」 

 さらりと言う。

 シャーロットが目を向いている。

 まあ、私たち、貴族の関係性は決して個人の好悪で決まるものではない。

 家同士、また政治によって左右される。

 オリビアはそういう事情を認識したうえで、ここにいるということだ。

「で、どうなの?」

 シャーロットは顔を真っ赤にして俯いている。

「あの……、あたしは男の人は男同士で恋するべきだと思うんです」

 え?

「あら、シャーロットって腐っていらっしゃったの?」

 オリビアも当たり前のように答える。

 腐るってまさか。

 前世世界でも一部の者しか使わないキーワード。

「あの……オリビアさま?」

「あら、セシリアは文芸研究会のお友だちはいらっしゃらないの?」

「ど、どういうことでしょう?」

「男同士の禁断の愛に憧れる女生徒たちがいるのよ。シャーロットはそちらの方だったようね」

 うわあ。

 知らなかった。

 この世界、やおいという概念が存在するのか。

「そんな方たちがいらっしゃるんですか」

「そうね。貴族の娘ともなれば、婚姻に自分の意思が左右されることはないわ。どんなに憧れてもね。だから恋する想い、自由への渇望をその中で表現するの。ある世代の方たちが、自虐的に、私たちは人として腐っているとおっしゃられてね。それ以来、そういう隠れた趣味を持った方たちは、『貴腐人』と自称されるのよ。まあ、ファンタジーよ。ファンタジー。そう目くじら立てるものでもないと思うわよ」

 うわあ。ファンタジー世界の住人がファンタジーを主張している。

「で、シャーロットが推しているのはどなたなのかしら?」

「あたし……、デービッド様総受け派でして。セシリアには大変申し訳ないのだけど……」

「ん? 申し訳ないって?」

「察してあげて。アルバートとデービッドの禁断の愛を想像してしまったのよ」

 ああ、だから申し訳ない、なのか。

 まあ、でも。

「空想は止められないですからね」

 ふと、アルバートがデービッドのことを気にしていることを話したら、と考えたが、さすがにやめておく。

 燃料を投下しても仕方ない。

 しかし、シャーロットって腐女子だったのか。


 この乙女ゲーム、成立するのかなあ。





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