第6話 入学。

 入学式。

 今日から僕は学園の高等部となる。

 桜満開なのが、この世界の不思議なところだけど、あえてそれは見ないふりをする。


 制服も、前世日本の制服準拠、というかゲーム用に設定されたものなので、ブレザーにあれこれ飾りをつけた派手な代物になっている。

 中等部はゲームに出てこないらしいので、もっと地味な制服だ。


 僕はアルバートとともに馬車で通学。

 基本、高等部は上流階級しかいないので、それが当たり前のことになっている。

 僕がアルバートと一緒なのは、単にコスト削減のためだ。

 ちょっといろいろやっておかないといけないことができたので、そのあたりは節約節約。


 そして、アルバートが気づく。

 同じ制服なのに、徒歩で通学している姿に。

「本当にこういうスタートなの?」

 僕はアルバートに尋ねる。

「ああ。もっともゲームでは俺の馬車にセシリアは乗っていないけどな」

「まあ、アルバートルートじゃないから大丈夫でしょ」


 僕とアルバートは、ゲーム本編のスタート前に、ある程度の方針を決めていた。

 ゲームのエンディングはいくつかある。

 逆ハーレムエンドなんていうのもあったりするけど、できるだけ今の世界に影響の薄いエンディングを目指そう、という合意をしていた。


 まず、アルバートエンディングはまっ先に消えた。

 僕が言い出す前に、アルバートが「自分との恋愛とか、ぞっとする」と言って。

 何せ、前世でアルバートはシャーロットとしてこの世界を見ていたのだ。

 だから嫌だと。


 では、どうするのか。

 スタンレー王子以下の誰かとくっつける、となるとエンディングの内容に関わってくる。


 スタンレーエンドは、王妃さまになってめでたしめでたし、というもの。

 これ、簡単にエンディングを迎えているけど、スタンレーが王様になるということは、長男であるアレクサンダー王子に何かが起きるということ。

 なかなかな政変である。

 病死なのか、事故なのか。

 それと、このエンディング、悪役令嬢の断罪イベントがついてくる。オリビア様を断罪して、追放する。すると、間違いなく、サザビー侯爵家との確執が始まる。

 ちょっと選びにくい選択肢である。


 デービッドエンドは、と言えば王国の役人として働くデービッドにお弁当を用意している場面となる。

 誰が王様とかは出てこないので、割と落ち着いてる雰囲気はある。

 ついでに、若くして宰相とかの不相応な身分というわけでもないので、比較的落ち着いた世界と予想される。

 ちなみにアルバートの最推しエンディング……。


 ダニエルエンドは、二人で冒険に出ている場面。

 普通に笑顔なので、これも割と安定した社会なのかと。


 ヴィシャール・バース。バース王国第三王子のエンディングは、ヴィシャールが王様になっている。

 これもまた、何らかの政変を感じさせるエンディングだ。


 ちなみに誰とも恋愛関係にならないバッドエンド。

 これが少々どころでなく厄介なエンディングで。


 何と、グランバニア王国に魔王が攻めてくるという展開なのだ。

 そして、シャーロットの目の前に、スタンレーをはじめとする攻略対象たちの墓があって、そこで涙ぐむという……。


 開発者の趣味が悪い。


 と、いうことで僕とアルバートとしては、デービッドとダニエルのどちらかをくっつけるというエンディングを目指すことになる。


 それともう一つ。

 この世界には魔王が存在するという事実。

 いくらなんでも、シャーロットのバッドエンドのタイミングで湧いて出てくるわけでもないだろう。

 これに備えておく必要もある。


 うん。

 意外とやること多いよ。

 マジで。


 では、その第一歩。

 あえて、ストーリーをなぞるように、いろいろ仕込みを入れる。

 まず、スタンレーには入学式なので、オリビア様を迎えに行かせた。

 式典だから、という理屈は若干アレだが、婚約者を迎えに行くという行為自体には反論もなく同意してくれた。


 そして、さっきアルバートがシャーロットを見つけた。


「止めろ」

 御者に声をかけると、馬車が止まる。

 シャーロットを追い越し、少し行ったところで止まる。

 そして、アルバートが降りて、走るシャーロットに声をかける。

「君は学園の新入生かな?」

「え?」

 走っていたシャーロットは足を止めて、アルバートを見る。

「はい。あなたはどなたでしょう?」

「アルバート・アイアンハート。俺も学園の生徒だ。君は馬車ではなく走っていくのか」

「ええ。私、馬車とか持ってませんし」

「そうなのか」

 そんな会話をしていると、また一台の馬車が止まった。

 デービッドの馬車だ。

「アルバート、どうした?」

「いや、この子が馬車無しで走っていたからな。遅刻してはマズい。デービッド、乗せてやってくれないか」

「それはかまわないが……、お前が乗せていけばいいだろう」

「いや、そうなんだが」

 そそくさと近づく。

 そして、ごにょごにょ。

 打ち合わせでは、今日はセシリアが乗っているので、女の子を乗せるとセシリアが嫌がる、と言っているはずだ。

 デービッドが怪訝そうな顔を一瞬するが、それも束の間、こころよく迎え入れた。


 この初顔合わせの「登校時、馬車に誘う」イベントは、初期好感度を稼ぐのに、かなり大きなウェイトを占める。

 これがあるので、逆ハーレムエンドが難しいということになるのだけど。


 とは言え、最初の目的。

 デービッドとダニエルをどちらかを出会わせる、という目的は達せられた。


 学園は上流階級の子弟のみ。

 その中で、シャーロット・ウェインライトは特待生という肩書きを持つ。

 身分的には平民だ。

 ただし、後ろ盾も何もない平民が、いくら才能があると言っても学園に入学するのはありえない。

 才能があれば、騎士団なり何なりで、準男爵の一代爵位をもらって社会の一員として励むのが普通だ。

 モラトリアムな学園で遊ばせてもらえることなどありえない。


 では、誰が後ろ盾なのか。

 教会だ。

 聖光教会という、周辺諸国に広がる宗教団体である。

 シャーロットは聖女認定されていた。

 彼女の使う光属性魔法、シャインヒールは通常のヒールの数十倍の力を持ち、全開で発揮すれば、百人単位の治療が一度に可能という。

 そらおそろしくなる魔法だった。


 昨年、グロウストーン伯爵領で発生した野盗集団がいた。以前、僕が襲われたのと似たような連中だ。

 この世界、ファンタジー世界風ゲームなので、冒険者という職がある。だが、ゲームでよく見る冒険者のイメージとは違い、少し治安の悪い辺境に来ると、あっという間に集団化して山賊や海賊となる。

 その連中が北の大国ロジーナ王国との国境近くの村、ドンレミーを襲ったとき、彼女が歴史に登場した。

 数少ない自警団とともに村の教会に立て籠もった村人たちに回復魔法をかけ続け、三日三晩襲撃を退け続けたのである。

 自警団の男たちは、皆、口を揃えて五回は死んだと言う。

 そして、野盗集団は駆けつけたグロウストーンの騎士団に駆逐された。


 この時、シャーロットは、教会の孤児院にて育てられていた少女に過ぎなかった。

 だが、貴族以外にはなかなか発現しない魔法に目覚め、戦い抜いたのだ。

 教会はいち早く彼女を保護し、王都に呼び寄せた。

 そして、今では王国に対する切り札として育成されていた。今でこそ、王国の国教は聖光教会だが、歴史上、教会と王の争いは日常茶飯事だ。

 だから、互いに力を持って牽制し合う。


 考えてみるといい。

 百人単位の「死なない軍隊」が彼女がいれば成立するのである。

 回復魔法が平和的なものとか思ってはいけない。

 桁外れな力だと、それはそのまま兵器となるのである。


 国も彼女を欲していた。

 王の意図としては、グランバニアに縛りつけられるなら、第二王子の妻の座くらいは平気で差し出すだろう。


 それが学園に通うことになったどす黒い意図だ。


 いやはや、乙女ゲームって……。

 このゲームの開発者、本当に趣味が悪い。


 そして、入学式が始まった。



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