第2話 婚約。

 次に僕がアルバートに会ったのはそれから半年ほどたった後だった。

 今度は、父がアイアンハート領へ赴くことになったのだ。

 僕はそれに同行することとなった。


 何日もかけて馬車で揺られ、隣国との国境近いアイアンハート領に到着した。

 辺境とは言いつつも貿易の拠点として、それなりに賑わっている街、という印象だった。

 王都ではあまり見かけない、冒険者たち、荒くれ者たちが多い印象だ。


「セシリア嬢!」


 ひさしぶりに会ったアルバートは僕を心良く出迎えてくれた。

 父の用事が数日間に渡るということで、僕はアイアンハート家に預けられ、そこでアルバートと過ごすことになった。


 アルバートの仲間たちとも会った。

 学友らしいのだが、このあたりの学校はいわゆる軍人学校を兼ねているらしく、将来の騎士団見習いという感じだ。

 僕はお客様ということで、彼らの剣や魔法の訓練を見学させてもらいつつ、戦盤のような座学では彼らに混じって遊ばせてもらった。


 練習の甲斐あって、アルバートだけでなく、年嵩の少年をも打ち負かし、少なくとも戦盤に限っては僕が一番だった。

 まあ、僕は他のことしているわけではないからね。

 剣やら魔法やら、は。

 僕も中等部に上がると、教養の一貫として学ぶことになるのだけど、この辺境だと、そんな時まで待たずに、どんどん学んでいくらしい。

 そして、いち早く大人に、戦える人間となること

 を求めるのだろう。


 皆が帰って、二人きりで屋敷の東屋でお茶をしているとき、アルバートが聞いてきた。

「アイアンハート領はいかがですか? セシリア嬢」

「辺境、という言葉に騙されました。とても豊かで素晴らしいところですね」

「いえいえ。王都に比べれば、まだまだです。でも、私はこの街が好きです。だからセシリア嬢にも好きと言ってもらえて嬉しい」

 うーん。この八歳児。本当に八歳なのだろうか。

 めちゃくちゃ口説かれている気がする。


 いや、二人きりだけど、実際にはメイドさんとかが見ているんだよ。

 僕らを。


「この数日で、改めてアイアンハートは武門の家なのだと実感しました。私など、多少戦盤を嗜むだけでしかないのに、アルバート様たちは、既に戦うための術を学んでいらっしゃる。」

「いえ。あなたのように王都にいながらにして戦盤をあれだけ学んでいるのは、すごいと思いました。この辺境なら、男も女も子どものうちから戦うための力を学びます。おかげで我々は不作法者とはよく言われます。ですがセシリア嬢は作法もしっかりされています。それなのに。そもそもなぜ戦盤をやろうと思われたのですか?」


 あー、あ。

 ぼっちだから……、は言っちゃマズいか。

 人間関係が全ての貴族がぼっちはいかん。うん。ダメだ。


「学校で先生が指しているのを見まして。将棋に似ているな、と思って眺めていたら、いろいろ手ほどきをいただきまして」

「将棋?」

「え? あ、ああ」

 ヤバい。

 口が滑った。

 この世界に将棋は存在しない。

 しないのに。

「あ、いえ。アーチボルトに昔から伝わるゲームがありまして……」

「それが戦盤に似ていると?」

「はい」

「今度見せていただくことはできますでしょうか?」

 うわ。何か喰いつくな。

 どうしよう。

「セシリア嬢は、ディズニーランドへ行ったことがおありで?」

「いえ、ありませ……、え?」

「ネズミの国ですよ。ご存知ありませんか?」

 まさか。

 まさか。

 この人は。

 アルバートは立ち上がって、周囲のメイドに目配せをした。

 皆、一礼して距離を取る。

 会話が聞こえない程度に距離を取ったということだ。

「セシリア嬢。あなたは異世界転生者ではないですか?」

 僕は腹をくくった。

「あなたもそうなんですね」

「はい。あたしは……」

 アルバートの口調が変わった。

「あたしの前世は杉浦芙美子。ニートだったけど。病気で意識を失ったら、この身体だった。『どきどきハートビートロマンス』のアルバート・アイアンハートに生まれ変わっていたわ」

「え? アルバートって……、女の人なの?」

「そうよ。おかげでいろいろ面倒というか。でも、まあ美少年だしいっか、とは思う。でも、何でこんな熱血武闘派キャラだったんだろ。あたし、別に熱血系じゃないんだけどな」

 キャラ?

 どういうこと?

「キャラって?」

「あ、あなた知らないんだ。この世界、乙女ゲー厶『どきどきハートビートロマンス』っていうゲームの世界よ。あなたは悪役令嬢オリビアの取り巻き、セシリア・アーチボルト」

 は?

 え?

 ゲームの世界?


「あ、あの……、僕、この世界のことが全然わかってなくて、教えてもらえませんか……?」

「いいわよ。で、あなたは誰なの?」

 あ、名乗ってないな。

「僕の前世は……、高橋浩太郎。一応、コンビニアルバイト」

「え? 男……?」

「うん」

「大変だったでしょう」

 あ、同情された。

「え? あなた男なのにハトロマやってたの?」

「ハトロマって……、この世界のもとになったゲーム?」

 の略称か。

「そう。ハトロマ。じゃあ、あなたはゲームやってたわけではないのに、この世界に転生したのね。何となく、プレイヤーだから呼ばれたんだと思ってたわ」

 そっか。ゲームか。

 すると、この世界の妙な技術ツリーにも納得がいく。

 ゲームの設定だからなのか。


「うん。一度もやったことはない。まあ、悪役令嬢の意味くらいはわかるけどね」

「そうか。じゃ、攻略対象もわかるわよね。あたし、アルバート・アイアンハートは攻略キャラの一人。中でも熱血武闘派系ね。攻略対象は全部で五人。王子さまを筆頭にね。そして悪役令嬢は王子様の婚約者で侯爵令嬢。まだ会ったことないけどね。あなたはその取り巻きの一人で、あたし、アルバートの婚約者という設定よ」

「婚約者?」

「そう。許嫁。でも、何となくわかるでしょ。お互いの親同士の、この露骨なくっつけようムーブ」

 まあ、そうだね。

 何となくはわかってました。はい。

「あたしも、別にこの年齢で婚約者とか言ってもアレなんだけどね。でも、十六歳になるまでには、ちゃんと婚約しておかないといけないんだろうなあ、と思ってた」

「ゲーム開始が十六歳なんだ」

「そそ。あたしは辺境から三年間学園に通うために王都へ行くの。その時には、あなたが許嫁になっていることは確定」

 ふむふむ。

「ね。あたし、今日あなたと婚約したいって、お父様に話すわ。将来が確定しているとかよりも、ちゃんと前世のことが話せるあなたと、一緒にいたいと思う。ごめん、恋愛感情とかじゃない打算的な感じたけど。あなたも、どこかの知らない男の嫁になるよりマシでしょ。少なくともあたしなら、中身は女よ」

 う。なかなかにクリティカルヒット。

「それとも、実は男が好きとか」

「まだ、そんな感情は持てていないんで勘弁してほしい。正直、男に抱かれている自分とか、全然想像できない。例え、君であっても。でも、君とはもっと話したいと思うし、そうだね。打算的という考え方なら、充分にアリだと思う」

 その言葉に、アルバートは立ち上がって、そして膝立ちで僕の前で一礼する。

 そして、僕の手を取って口づけをした。


「セシリア嬢。私と将来をともに生きてもらえますか?」

 うわ。プロポーズだ。何て答えればいいんだろう?

「よ、よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

 アルバートの笑顔がちょっとキュンとした。

 言う側に回りたかった……。


 いつの間にか、執事やメイドたちが近づいて拍手していた。

 そして、父とアイアンハート伯爵がやってきた。

 父は僕の頭を撫でて、とても嬉しそうにしていた。


 この瞬間、セシリア・アーチボルトは、アルバート・アイアンハートの許嫁になったのだ。

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