第3話 帰路。

 かくして、僕はアルバートの許嫁となった。

 許嫁となったからと言って、別に一緒に暮らすわけではない。

 馬車で何日もかけなければ、お互いの家に行けないような関係である。

 定期的な文通と、半年に一回程度の行き来というのが、現実な付き合い方ということになる。


 魔法を使った電話ならぬ念話というものはあるのだが、前世のように携帯電話的に使えるものではなく、使える者も相当に限られるという現実があった。


 さて、アルバートの努力を見ると、僕も何となくただぼっちをやっているだけでいいのか、という気になってくる。何せ、この世界、いくつかの主要な領地間は、あまり治安のいいものではない。

 モンスターに野盗といった危険要素がてんこもりである。

 一応、ゲームでもダンジョン攻略とかの戦闘要素はあるらしいし。


 と、いうことで剣術とか魔法を習いたいと思うようになる。

 まずは素養を見てもらおうということになったのだが、魔法の才能はちょっとあるらしい。

 魔法はもともと貴族としての証明のようなもので、貴族であれば、才能の大小はともかく、少しはあるものらしいけど。

 属性は風。

 ということで風魔法の家庭教師がついた。

 風は要するに空気を操ること、らしいのだがなかなかイメージが掴めない。

 学校でも魔法の授業があるので、いろいろと講義を受けるが全然追いつけない。

 ちなみに風魔法の最上級クラスになると、天候を操れるらしい。

 今の僕は指先で風を巻くので精一杯だけど。


 僕が少しだけできるようになった風魔法を披露すると、アルバートは笑いながら魔法を披露してくれた。

 アルバートの属性は火。

 炎の玉を飛ばす、ファイヤーボールという魔法を見せてくれた。

 うん。

 レベルが違う。


 そんなことを繰り返し、数年がたち、僕らはともに十四歳になっていた。


 僕らは定期的にお互いの家を訪れるようになっていた。訪れるのは毎年夏。

 数日間滞在して、そして帰る。

 アイアンハート領の夏は、王都に比べて少し涼しく過ごしやすい。

 辺境のため、他の貴族があまりやってこないというのが、また素晴らしい。

 正直、羽が伸ばせるというものだ。


 その頃、アルバートは魔法を交えた弓術、剣術で若手見習いの中でも一目置かれる実力を誇っていた。


「アルバートって凄いよね。何か」

「そう? 何が?」

「剣も魔法も。前世でもスポーツ万能だったの?」

「まさか。あたし、ゲーマーだよ。そんなわけないじゃん。でもねえ、この身体、思ったように動くんだよ。多分、チート能力」

 笑いながら言う。

「マジで誰にも負ける気はしないよ。ただ、もうちょい修行はいると思う。うちの騎士団長とか、親父相手にするには。あの辺は、存在自体がチートだわ」

 本人曰く、ゲームやるのと変わらない、と。

 前世の身体と違い、思い通りに動くらしい。


 アルバートと二人きりになるのは、主に図書室だ。

 ここなら執事やメイドたちが扉の外で待つ。

 応接などでは、そうはいかないし、お互いの私室に入るのはまだNGだ。


「王都の学校では剣術とかはやらないのか?」

「授業はあるよ。だけどアイアンハート領ほど実戦的ではないよ。」

「実戦的でない訓練なんて、意味ないと思うんだけどなあ」

 さすがアルバート。

「王都では礼儀作法ってやっぱり煩いの?」

「王都では、ではないよ。王都の学園では、というところかな。いるよ。同級生に」

「誰が?」

「アルバートが言ってたじゃないか。グランバニア王国第二王子スタンレー・グランバニア。攻略対象その一。そして二人目。デービッド・ロレンス。王国宰相ロレンス侯爵家の長男」

「えっ? デービッド様?」

「え? そっち?」

「ねえ。もう眼鏡かけてるの?」

「かけてるよ。端正な感じの美形。教養系の成績はトップ。魔法も常に上位をキープ。属性は氷」

「そうかあ……。会ってみたいなあ」

「あれ? どういうこと?」

「デービッド様はね、格好いいんだよ。眼鏡をくいってやる仕草とかね」

 え。ひょっとして。

「デービッド様が推しだったりする? 前世の」

「バレた?」

「バレるよ」

 露骨すぎる。

「あと、サザビー侯爵家の長女、オリビア・サザビー様。でも、僕はそんなに接点ないよ。取り巻きなんでしょ」

「そうよ。オリビアの手足となってヒロイン、シャーロット・ウェインライトをいじめる役」

「うわあ。嫌だなあ」

「向いてないわよね。どう見ても」

 うん。向いてない。

「この世界の運命ってどうなってるんだろう。少なくとも僕たちは学園卒業までは、死なないことが確定しているよね」

「そうね」

「そしてアルバート。君はシャーロットの夢中になるのかい?」

「難しい気がする。だって、ゲーム的視点で見れば自分だよ」

 正直すぎる。

「そういうことが変わるような、何か運命の強制力が働いたりするのかなあ」

「何とも言えないよねえ」

「そう言えば、帰るのっていつだっけ?」

「明日」

「そうか。もう帰っちゃうのか」

「また、来るよ。たまには王都にも来てくれると嬉しいな」

「うん。多分、今年の冬には一度行くことになると思う」

「待ってるね」


 そして翌朝、僕は王都に向けて出発した。

 アーチボルト家の護衛団十名とともに。

 モーナリ峠まではアルバートたちも同行して、ちょっとした大所帯。


 そして、モーナリ峠を越えて、本日の宿となるコンク村まで三時間ほどの場所でそれは起きた。

 前方に野盗の集団が現れたのだ。

 護衛団が迎撃態勢を取ったとき、街道沿いの森の中に隠れていた野盗たちも姿を現した。

 囲まれていた。

 金になる貴族、すなわち僕のことだ。

 それがここを通ることを知っていた。


 三十人を越える野盗たちは僕らを包囲し、襲ってきた。

「娘は殺すな! 伯爵からも子爵からも身代金は取り放題だ!」

「おお!」

「お嬢様に手は触れさせん!」

「死ねえ!」

 喧騒の中、馬車の扉が開いた。

 メイドのライラが僕を抱きしめる。

「お嬢様! お逃げください!」

 護衛団の団長だった。

 額から血を流している。

 ライラが僕の上着をはぎ取り、自分が着込む。

 代わりに侍女の、少々地味な上着を着せてくる。

「一目散に森の中へ」

 囮になる、という意思表示だ。

「さ、早く」


 馬車を出た僕は地獄絵図を見た。

 人が人を殺していた。

 護衛団騎士爵の魔法使いが野盗たちを燃やしながらも、弓矢の飽和攻撃を受けていた。

 地面には頭を割られた死体や、持ち主のない腕だけが転がっている。

「こちらへ!」

 護衛団の一人が僕の手を取った。

 そして森へと走り出す。


 野盗って、こんなに人数がいるものなのか。


 森の中は走りにくい。

 逃げるうちに少しだけ開けた場所に出た。

 だけど、そこには既に野盗たちがいた。

 それもやたらと強そうなヤツがまんなかにいる。

 親玉みたいな雰囲気。

 周囲を囲まれた。


 親玉っぽいヤツが走り出す。

 大きな斧を振りかぶる。

 唯一残ってくれていた護衛団の人がそれを受けるが、受けた剣ごと真っ二つにされた。

 真っ赤な血飛沫が飛び、護衛団の人が倒れた。


 僕は夢中になって、攻撃用風魔法の「かまいたち」を放つ。

 だが、それは大きな斧に、あっさりと阻まれる。


「残念だったな。娘。何、命は取らん。しばらくおとなしくしていればな」


 そして僕は野盗の捕囚となった。

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