第4話 捕囚。そして救出。

 僕が拘束用のズタ袋から解放されたのは、野盗たちの砦に到着してからだった。

 思ったよりも、大規模な集団だった。

 山間の砦は、石垣で城壁が組まれた立派な代物だった。


 この世界の野盗とは、要するに地方豪族の別名なのか。

 だが、そんな連中をアイアンハート伯爵が把握していないわけがない。

 しかし、食い詰め者の傭兵団にしては人数が多い。

 少なくとも、僕のイメージする野盗とはレベルが違った。


 ざっと見ると百名弱くらいの人間がいる。

 腰に剣を下げている者は男女合わせておよそ三分の二ほど。

 単純な戦闘員以外の者もいるということだ。

 割と、きちんと組織化された存在ということだ。


 そして、僕はこの荒くれ者どもの捕囚となっている。


「アーチボルトの娘を手に入れた! 身代金は取り放題だ!」

 親玉が叫んでいる。

「捕らえた女は好きにしろ! 男は殺せ! そして酒だ! 前祝いだ!」

 荒くれ者たちが一斉に叫ぶ。

「大将! その娘もよこせよ! 命さえあればいいんだろ!」

「馬鹿野郎! こいつは俺のものに決まってるだろ。使い終わったらくれてやるから、明日まで待ってろ!」

 叫び声が怒涛のようにこだまする。

 うん。終わった。

 乙女ゲーとしての運命確定なんてクソだということが判明。

 電話も何もないこの世界。

 本来到着する村から、僕たちが到着しないという知らせが動いて、大体一日。

 それから伯爵たちが動いて、さらに一日か二日。

 僕が慰みものになって、おそらく壊れるか死を選ぶかの期間には十分だろう。


 アルバート。

 ごめん。

 君と一緒に乙女ゲー世界を一喜一憂してみたかったよ。


 僕は服をはぎとられ、魔法封じの首輪をつけられ、見世物のように親玉の前で土下座させられていた。

 その周囲で宴会が始まる。

 料理がふるまわれ、女たちが酌をして周っている。

 蛮族。

 そんな言葉が一番しっくりくる光景だった。


「はっはっは。アイアンハート恐れるに足らずだ。野郎ども、連中の態度次第で戦だ! そうなったら、今度は伯爵の首を取るぞ。そうすればバース王国からの報奨金がたんまりだ。ついでに騎士の首一つにも賞金がついてるぞ! バースのグラスリット伯爵のお墨付きだ!」


 バース王国……?


 アイアンハート領と隣接している隣国、バース王国。

 鉱山の領有権で、いつも争っている国だ。

 たしかに、伯爵の首なら、高く買ってくれそうだ。


 鎖が引かれた。

「うっ」

 僕は親玉に引き寄せられ、肩を抱かれる。

 その手は僕の育ち切っていない胸を揉みしだく。

 恐怖。

 自分が汚され、玩具にされるという恐怖。

「ふん。全然育ってないな。この娘は。まあいい。初物喰うのも悪くはない」


「頭目。荷物の中から上物の酒を見つけました。まずは頭目にと思いまして」

 女が酒瓶を持って酌をしに来た。

 赤い口紅が篝火の光に目立つ。

「おう。そうか。気が利くな。よこせ」

 陶器のコップに酒が注がれる。

 そして、それを一気に飲み干す。

「ぷはあ。いい酒だ」

「そうかい」

 女の手が光った。

 親玉の首から真っ赤な血が噴き出した。

 うなじから突き立てられたナイフの刃が飛び出していた。


「セシリア! 生きてるか!」

 右手を真っ赤に染め、女装したアルバートがそこにいた。

「アルバート!」

 僕はアルバートの手を取った。

「お前ら、一人たりとも生きて帰れると思うなよ! ファイヤーボール!」

 アルバートの掌に火球が現れ、それが宴席の中央へ飛び、そして爆発した。


 真っ赤な炎に照らされた男たちに向かって、矢が飛んだ。

 いつの間にか、アイアンハートの兵士たちが砦に侵入していた。

 一方的な虐殺になっていた。


 僕はアルバートに抱きかかえられ、砦を脱出する。

 その周囲には、何人かの見知った顔。


 砦は燃えていた。


 燃える砦のふもとに十人程度の部隊が待っていた。

 女の兵士たちもいて、僕たちに駆け寄ってきた。

「頼む」

 アルバートの言葉とともに、僕の身体は彼女たちに引き渡された。

「お嬢様、こちらへ」

「あ、あの、ライラたちは、私の従者たちは」

「生きていられれば、必ずお助けします。お嬢様は、何よりもご自身のことをお考え下さい」


 そして、僕は再びアイアンハート伯爵の屋敷へと引き返すことになった。

 ライラを含めて、襲撃から生き残った者たちも救い出されたと聞いた。

 唯一の女性だったライラは、かなりひどい目にあったとのことだが、ライラを汚した者は、全員ライラ自身の手で喉を裂き、報いを与えることができたとのこと。

 この世界で誇りを取り戻すということは、そういうものらしい。



 舞い戻った伯爵家では伯爵夫人が出迎えてくれた。

「アイアンハート領での狼藉を止められず、本当にごめんなさい」

「いえ。伯爵家が気にするお話ではありません。悪いのは野盗たちなのですから」


 会話もほどほどに僕は浴室に送られ、身なりを整えた。

 ただ、そこで気づいたのは、どうにも慌ただしい屋敷の空気だった。

 もちろん、僕が攫われたということからくる慌ただしさはあっただろうけど、それが全然落ち着かないということは、他にも何かあるということだ。


「何があったの?」

 付き添ってくれた侍女に聞く。

「奥様から、セシリア様には伏せるようにと」

「これだけ大騒ぎしているのにね。でも、私を気遣っていただいているのは、とてもよくわかります。奥様のところに向かいます」


 僕は改めてドレスに袖を通し、客間ではなく、広間へと向かった。

 そこは、すでに戦場となり、中心で伯爵夫人が様々な指示を出していた。

 やはり、これは。


「伯爵夫人。身を整える時間をいただき、ありがとうございました。バース王国との戦が始まったと愚考します。お手伝いさせていただけることがありましたら、働かせていただければ」

「セシリア。敏いわね。なぜそう思ったのかしら?」

「まず、私の誘拐の際、親玉と思しき男がバース王国の名前を出していました。グラスリット伯爵の名前も。なので、私の誘拐それ自体がアイアンハート、いやグランバニアへの陽動かと」

「よく予想したわね。その通りよ。そして、我々はその情報を事前に察知したにも関わらず、あなたの出発に間に合わせることができず、そしてバースの侵攻に対しても、一歩出遅れている。やられているわ。バースに」

 それでアルバートたちの動きが早かったのか。

 遅れているとは言うものの、僕はそれで救われた。だから返さなくては。

「では、私にも何かさせていただけますでしょうか。グランバニアとしての戦いならば、何かをさせていただければ」

「ありがとう。でも、あなたはアイアンハートの客人です。そのようなことをさせるわけには」

「いずれ、アルバート様のもとへ嫁ぐ身なれば、すでにアイアンハートの者です。役に立たないのかもしれませんが、厨房でも荷運びでも何でもかまいません。お手伝いさせていただければ」

 僕は頭を下げた。

「まったく……。アルバートには過ぎた嫁かもしれませんね。いいでしょう。私のそばにいなさい。今日、そして明日はともかく、いずれ同じことができるように」

「はい」

「では、お茶を持ってきてくれるかしら。あなたの分もね。あ、お菓子も。今夜は寝られないわよ」

「はいっ」


 優雅な物言いに聞こえるが、要は糖分とカフェイン。エナジードリンクだ。

 文字通り、寝られないということだ。


 そして、その日から、アシッド山の鉱山地帯をめぐっての紛争、後に第三次アシッド山紛争と呼ばれる戦いが始まった。

 鉱山地帯の守備隊が崩壊する寸前でアイアンハート伯爵の騎士団が、押し寄せるバースの軍隊の攻撃を押しとどめた。

 そこからは散発的な戦いが続いた。

 両国ともに決定打を出せないまま膠着状態に陥る。


 後背の僕らの仕事は、糧食や弾薬、矢を絶やさないこと。

 この世界、黒色火薬が存在しているため銃や大砲が存在する。

 魔法の方が強大で便利なのだが、それほど数がそろえられないという事情があるため、代替科学もそれなりに発達している。


 そのため、鉄と魔法が飛び交うという戦場となる。


 だが、最後は数だ。

 一週間の戦いの後、隣領のグロウストーン伯爵の騎士団、王都の第一騎士団の一部(これを率いたのは僕の父さんである)が加わり、バース軍を押し返すことになる。


 こうして、紛争の結着はつき、後は外交の仕事となった。


 アルバートはこの紛争でいくつかの功績をあげた。まず、先行の潜入傭兵団の頭目を仕留めたこと。そして、鉱山地帯では騎士団の中隊長として初陣を飾り、撫育役としてついてくれたベテランの騎士とともに、バースの騎士団の後方に迂回進撃し、補給を断つことに成功。

 街道沿いの決戦では中隊を率いて、父であるダンカン・アイアンハートとともに騎兵突撃に参加し、バースの騎士団本隊に突入。そして生き残った。


 とても派手な初陣となり、伯爵を喜ばせることとなった。






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