第28話 閑話 とある研究所所長ととある秘密結社のお話

 とある研究所にて――。

 研究所の所長は部下から報告を受けていた。


「勇者を召喚した? あの王様……いやたぶん姫様の方か。またそんな馬鹿な事やったんだ」


「ちょ!? 所長、滅多な事言わないでください! 王室所属の魔法研究所の所長がそんな事言ったら、また予算減らされますよ?」


「えー、別にいいじゃん。だって王族あいつら、ボクの言う事全然聞かないもん。あんな旧式過ぎて解明されてない召喚魔法、どこにゲートが通じるかわかったもんじゃない。下手をしたらとんだ異界から化け物が召喚されてこの世界が滅んでたかもしれないんだよ?」


「それはまあ、そうですけど……。でもちゃんと勇者は召喚されましたよ」


「“ちゃんと”ねぇ……。……それはどうかなぁ」


 所長の含みのある発言に、部下は首を傾げる。


「何か気になる事でも?」


「いや、城からの報告だと召喚された勇者は“一人”って事になってるんだけど、ボクにはボクの伝手があってね。それによれば召喚された勇者は二人。そしてその内の一人は、魔力水晶で魔力無しって判定されて城を追放されてるんだ」


「……報告書と全然違うじゃないですか」


「うん。まあ王族にしたら召喚した勇者が魔力無しなんて都合が悪いから隠蔽したんだろうね。本来は処分したかったんだろうけど、もう一人の勇者ちゃんやパト姫様ちゃんの嘆願もあって徹底した情報の隠ぺいと箝口令 で済ませたみたいだ。まあ、ボクには筒抜けだけどねー」


「災難ですね。そのもう一人の勇者も。いきなり召喚された挙句追放されては、魔力が無くてはこの世界でまともに暮らせるとは思えません」


「うーん……それはどうかなー?」


「どういう事ですか?」


「いちおう、あの魔力水晶って計測できる魔力に上限があるんだよ。だからその上限を超えた場合、魔力は測定されないんだよね」


「……上限なんてあったんですか? 所長の技術で作ったのに?」


「うん、いちおう歴代で最強の魔王の更に五百倍までは計測できるようにできてるよ」


「ごひゃ……それ、上限って言いませんよ」


「そうなんだけどねー。実際、それ以上の魔力を計測しようとすると水晶が耐えられなくて魔力暴走が起きちゃうし……」


「……歴代最強魔王の五百倍以上の魔力の暴走ですか……考えるのも恐ろしいですね」


「まあ、大陸一個くらいなら軽く吹き飛ぶだろうねー。下手したら世界が崩壊しちゃうかも」


「でもそうなってないなら問題ないって事ですよね」


「うん。……でも仮にそこまで強い魔力を持ってた場合、測定する前に『結果』が視えたりするんだよね。魔族の始祖――ああ、魔族的には真祖だっけ? ともかく遥か昔の魔族にはそういう力を持った連中もいたらしい。魔力が強すぎて世界に干渉できるんだって。あくまで伝承だけど」


「……その勇者も結果が見えたからこそ、わざと魔力を制御したと?」


「さあねぇ。実物を見た訳じゃないから何とも言えないし」


 所長と呼ばれた女性はしばし考えた後、重い腰を上げる。


「よし、せっかくだし会いに行ってみよっか? その追放された勇者ちゃんに。もし本当に世界を滅ぼせるくらいの魔力持ちだったらマジでヤバいし」


「……もし本当にそうだったらどうします?」


「逃げる。まあ、それは相手がヤバかったらの話。会ってまだ話もしない内から結論を急ぐのはよくない。ひょっとしたらお金でも積めば仲良くしてくれるかもよ」


「所長……いくらなんでもそれはないと思いますよ」


「はは、冗談だって。でも相手は仮にも勇者だ。きちんとこっちも誠意をもって対応しよう。お金や物品で懐柔できるならそれに越したことはないし」


「はい」


 こうしてアマネの元にある研究所の所長が赴く事となった。


      



 同じく同時刻、とある遺跡にて――。


「教主様! 真魔水晶に反応がありました! 遂に真祖の復活です!」


「……おぉ、遂に我らが真の王がお目覚めになられたのか!」


「はい! かつて真祖様がこの地に降り立ったときに記録した魔力と同じ反応です。間違いありません」


 見るからに怪しい黒ずくめの集団が密会をしていた。

 彼らの名は真祖邪竜教団。魔族の真祖を信仰する悪の組織である。


「くっくっく。遂にこの時が来た。我らがこの世界を支配する時が……! それで真祖様の反応があったのはどこだ?」


「ハリボッテ王国の王都郊外にある森です」


 それを聞いた教主は渋い顔をする。


「ちっ。よりもよってあの国か……。あの国は魔族と戦争中だったな? できれば王国の連中には気付かれないように行動したい。転移門は稼働できるか?」


「莫大な魔力を消費するため、稼働までは数日は掛かるかと」


「急がせろ」


「畏まりました。それと、あの国では勇者も召喚されたとの情報がありますが……いかがなさいますか?」


「放っておけ。我々の目的はあくまで真祖様のみ。それ以外はどうでもよい。……しかし勇者も哀れだな。あの国の上層部は腐りきっている。使い潰されて捨てられるのがオチだ」


「あの国の愚かさは昔から変わっておりませんね」


「何かあれば勇者を召喚して解決してきた連中だからな。いっそ勇者に反逆されて滅びてくれればいいのだがな。奴らが召喚した勇者には我々も散々辛酸を舐めさせられてきたからな」


「ですが、その屈辱の日々ももう終わりです。真祖が復活した今、我々こそが――」


「ああ、そうだ。我々が世界を支配する! お待ちください、真祖様!」


 教主は水晶に映るその人物を見つめる。

 そこに映し出されていたのは一人の少女――ポアルだった。その後ろにチョロッとアマネの姿も映っている。


「おぉぉ……なんという可憐で美しいお姿だ。かつて真祖様は『生まれ変わるならオッサンよりも美少女がいい』と経典にも記されていた。真祖様はそれを体現されたのだな……」


「はい。既に教団幹部らによる真祖様を祀る宝具も順次制作中です。真祖様Tシャツに真祖様等身大抱き枕、真祖様饅頭、真祖様まうすぱっど……。こちらがその試作品になります」


 教団幹部の一人が試作品を持ってくる。


「うむ……どれ」


 教主は黒いローブを脱ぐと、神妙な面持ちでポアルが魔法でプリントされたTシャツを着る。そしてポアルがプリントされた等身大抱き枕にコアラのように抱きついた。

 そのままコロコロと床を転がってみる。


「……うむ、実に素晴らしいできだ。個人的にはもう少し質感を軽くした方が好みだな……。TシャツのサイズはXLもあるのか?」


 コロコロ。コロコロ。

 教祖は転がる。至極真面目な顔で。


「畏まりました。ではそのように手配いたしましょう。あ、XLはありますよ。規格は一通りそろえてあります」


 幹部は仕事ができる男だった。教主は笑みを深め床を転がる。


「ふふ、流石だな。しかしやはり真祖様は素晴らしい。本来であれば不敬に当たるこのような信仰をむしろ推奨された。真祖様の教えに則れば、ようやく時代が我々に追いついたのだな……」


 コロコロ。コロコロ。


「懐の深い方だったのですね……。あぁ、抱き枕に身を委ねると真祖様の顔が目の前に……ハァ……ハァ……こんな、こんな不敬が、許されるなんて……んっ」


 コロコロ。コロコロ。


「可愛い」

「真祖様、最高」

「いえす、ろりーた。のーたっち……真祖様の教えなり」


 いつのまにか他の教団幹部たちもポアルがプリントされたTシャツに身を包み、抱き枕を堪能している。


「うーん、個人的には実物よりもう少し胸を盛った方が良い気がするけど……あっ」


 一人がそう呟くと、教主と他の幹部が一斉に反応した。呟いた幹部はハッとなって口に手を当てた。


「――連れて行け」


「「「はっ」」」


「ああああああ! すいません! すいません! どうか! どうか御慈悲をおおおお!」


 他の幹部に腕を掴まれ、胸を盛りたいと呟いた幹部は連行された。

 残された教主と幹部らは呆れたように溜息をつく。


「なんでもかんでも胸を盛ればいいという風潮どうにかなりませんかね? 個人的にはメガネまでなら許せますが……」


「全くだ。他者の好みを否定する気はないが、あまり傾倒し過ぎるのも考えものだな……。まあ、真祖様は多様性を認めよという教えも説いている。許可が下りたら、アイツの着るシャツのイラストだけは胸を盛ってやれ。だがそれまでは駄目だ。盛るのも減らすのもな。あ、勿論眼鏡を装着させるのも駄目だ」


「畏まりました。……ちっ」


「お前、今舌打ちしたろ? 普通なら不敬だからな」


「気のせいです」


 教主と幹部は一旦、元の服装に着替え直す。


「さて、では往こう。我らが真祖をお迎えに。今日が我ら教団の門出の日だ!」

「はっ!」


 真祖邪竜教団の魔の手がポアルに迫っていた。


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