第二章「伴侶」 第03話

 ――私、なんかこういうの多くない? 拾われた時に続いて。

 いや、少し微妙なだけで、昇格はしてるんだけどね?

 捨てられた赤子から貴族の子供、魔法がない魔導書グリモアから将来に希望が持てる魔導書グリモアへ、と。

「では、今のあなたは、お嬢様の魔導書グリモアにたださわれるだけの人? 食事などは?」

「我の仕事は魔導書グリモアの管理。我の管理はあなたの仕事」

 そう言いながら私を見る少女。ふむ……、なるほど。……なるほど?

「アーシェ、お父様とお母様に、ペットを飼って良いか訊かないと」

「さ、さすがに神様のお遣いをペット扱いするのは……」

 少し焦ったようにアーシェが私をたしなめるが、少女は気にした様子もなく平然と頷く。

「別に構わない。よろしく」

 冗談だったのに、あっさり受け入れられてしまった。

 とはいえ、さすがにそういうわけにもいかない。お母様にも怒られそうだし。

「取りあえず、妹扱いということで。お姉ちゃんって呼んで?」

「解った。お姉ちゃん」

 こっちもあっさり受け入れられた。しめしめ。

「……お嬢様。この機会に、自身の欲望を満たそうとか思ってません?」

「ま、まさか~。私もお姉様みたいに、慕ってくれる妹が欲しかったとか――思ってるよ?」

「思ってるんですね……。別に良いんですけど」

 アーシェは呆れ気味だけど、前世も一人っ子だった私は、妹という存在に憧れがあるのだ。

 でもさすがに、お母様に『妹が欲しい!』なんて、言えないじゃん?

 何も知らない子供ならまだしも、精神的には大人なんだから。

「いろんな意味で、これは千載一遇のチャンスだからね。ちなみに名前は?」

「ない。好きに呼ぶ」

「良いの? じゃあ…………アーシェ、何か案は?」

「彼女の言うことが本当なら、彼女はお嬢様と不離の存在。お嬢様がお決めになるべきかと」

 アーシェに即座にそう返され、私は改めて少女を見る。

 特に印象的なのは、前世を思い出すような黒に近い紫紺の髪と、宝石のような紅の瞳。

「夜空、星、神様……うん。ミカゲってのはどうかな?」

「その連想は謎ですが、音としては良いと思いますよ?」

 私が前世の記憶から連想したと考えたのか、アーシェは特に反対はせず、少女もまた頷く。

「解った。ミカゲと名乗る」

 やっぱり素直。若干、自我が薄いように感じるのは、普通の人じゃないからかな?

 まあ、お父様たちを説得するには、生意気よりも素直な方が良いんだけど。

「残る問題は、お父様たちが受け入れてくれるか。こんな突拍子もないこと、信じてくれるとは到底――いや、仮に信じてくれなくても、受け入れてくれたら良いんだけど」

「それは……心配ないと思いますよ?」

「そうかな? 私ですらまだ受け入れきれていないのに?」

 私はミカゲに対して警戒心が湧かないし、なんとなく嘘は言っていないと感じる。

 でもそれは、私と彼女に繋がりがあるからで、おそらく他の人は違うはず。

 犬や猫を飼うことですら簡単ではないのに、突然現れた人と一緒に暮らしたいと頼んでも、お父様たちが簡単に頷いてくれるとは到底思えないのだけど……。

「大丈夫ですよ。だって、この容姿ですから」

 私の懸念に対して、アーシェの返答は自信に満ちていながら、イマイチ要領を得ない。

 しかし、それが意味するところは、すぐに明らかになった。


    ◇    ◇    ◇


「まぁ! まぁ! まぁ!」

 私たちがミカゲを連れて食堂に入ると、座っていたお母様が瞠目どうもくして、すくっと立ち上がった。

「あ、あの、お母様、この子は――」

「ルミ! どこで見つけてきたんですか!? こんな可愛い子を!」

 私は慌てて説明しようと口を開くが、つかつかと歩いてきたお母様は私の話を遮るように声を上げると、泰然自若としているミカゲをむぎゅっと抱きしめた。

 ――なるほど。アーシェが言ったのはこういうことね。

 ミカゲはこの辺りではあまり見かけない黒髪と、小柄でありながら整った容姿を持つ。

 しかも着ているのは、お母様の趣味が多分に反映された私のワンピース。少々オーバーサイズで、だぼっとしているけれど、それもまた可愛く、この格好がお母様に刺さらないはずもない。

 これは半ば落ちたも同然かな? ついでに、同じ嗜好を持つお姉様も……うん。

 お母様に先を越されたからか、椅子から腰を浮かせた状態で、所在なさげに両手をわきわき。

 しかし、私の視線に気付くと、気まずそうに咳払いをして椅子に座り直した。

 その反応を見るに、お姉様の方も問題なさそう。

 となると、最後の障害はお父様だけど……。

「ふむ。ルミと一緒に並べば……映えるな。アリだ。また絵を描かせねば」

 私が目にしたのは、顎をさすりながらミカゲと私を見比べ、そんなことを呟くお父様だった。

 私の髪がプラチナブロンドであるに対し、ミカゲの髪は紫紺。

 それはとても対照的であり、映えることはその通りかもしれないけど……気にするはそこ?

 知らない子供が屋敷内にいることを気にするべきじゃ――って、このままじゃ話が進まないね。

「あの、お父様、お母様? 私の話を聞いて頂けますか? 信じられない話なんですが」

 私はそう言って二人の注意を引き、先ほどミカゲから聞いた話を簡単にまとめて伝える。

 そして、最後に『この子を家に置いて頂けませんか』と付け加えたところ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る