図書迷宮と心の魔導書

いつきみずほ

プロローグ

 この世界の人々は成人の儀式にいて、神様から魔導書グリモアを授かる。

 そんな話を耳にしたのは、私がようやく一人で歩けるようになった頃のことだった。

 もし私がごく普通の幼女であれば、それを聞いたところで『ほへぇ~、そうなんだぁ?』と気にもせず、その日のおやつと何をして遊ぶかの方にこそ、意識を向けたことだろう。

 しかし、とある理由により、私はそれの意味するところ――魔導書グリモアの良し悪しが、その後の人生を大きく左右しうること――を理解でき、且つ努力をいとわない系幼女であった。

 当然私は、その翌日から努力を始めた。

 自分で材料を集めて祭壇を作り、毎日のように神様に祈りを捧げた。

 ――その祭壇には両親の手が入って、わずか数日で立派な礼拝室へと姿を変えたけど。

 二歳年上のお姉様を真似て木剣を振り、剣術を学んだ。

 ――これまたわずかな期間で、私にはさっぱり才能がないことが発覚したけど。

 家にある本をとにかく読みあさり、可能な限りの知識を身に付けた。

 ――蔵書があんまり多くなかったので、一月ひとつき足らずで読み終えてしまったけど。

 それ以外にもお手伝いを頑張り、礼儀作法を身に付け、領地の発展にも少しは寄与して……。

 もしもこの世に〝徳ポイント〟というものが存在するならば、きっと貯金は十分。

 それをいつ使うのかといえば――そう、今この時! 成人の儀式の場を於いて他にない!!

「ルミエーラ・シンクハルト様」

 王都にある神殿。名前を呼ばれた私はゴクリと唾を飲み、祭壇の前へと進んで膝をつく。

 一般的に授けられる魔導書グリモアのランクは、その人の素質次第と言われている。

 でも、努力が何の意味もない、なんてことがあるだろうか? いや、ない!

 私の尊敬するお姉様は上から三番目、四〇ページを超える紅色カーマイン魔導書グリモアを授かった。

 できれば同じ物が欲しいけれど、そこまで高望みをするつもりはない。

「新たに成人を迎える子に、知の女神イルティーナ様の祝福を」

 ――せめて四番目の赤色レッドか、五番目の橙色オレンジを! お願いです。私にはそれが必要なんです!

 知の女神イルティーナ様は、私が幼い頃から一日も欠かさず祈りを続けていた神様。

 神官の言葉と共に、これまでの人生で最も力を入れて祈れば、まるでその祈りに応えるかのように女神様の像が輝き、その光が一つに集約して私の目の前で球となる。

 でも、ここまではみんな一緒。感動的ではあるけれど、先に祝福を受けた他の子供たちと同じ。

 ――問題はここから! ここから!!

 手にギュッと力を入れ、祈りながら光の球を見つめていると、やがてそれは本の形へと変化、少しずつ光が収まり、見えてきた魔導書グリモアの表紙の色は……。

「――え、む、紫?」

 魔導書グリモアの色を大まかに分けると、上から青系、赤系、黄色系、白系の四つ。

 それから考えると、紫は青と赤の間に入りそうだけど、こんな色の魔導書グリモアは知らない。

 私は何度も瞬き。儀式を担当する神官に目を向けるけれど、そこにあったのも私と同じ困惑顔。

 しかし、やはり大人。私の視線に気付いた彼は、すぐに穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

「祝福は授けられたようです。さぁ」

「は、はい……」

 促されるまま手を差し伸べると、宙に浮かんでいた魔導書グリモアが私の手の中に収まる。

 確かにそこにあるのに、一切の重さを感じない不思議な感覚。

 それに感動を覚えつつ、私はそっと魔導書グリモアの表紙に触れる。

 装丁の色は飽くまでもランクの目安でしかない。

 重要なのはページ数であり、実際に数えてみればすべての疑問は解決する。

 私は一つ深呼吸。ゆっくりと表紙をめくり――

「「……え?」」

 図らずも、私と神官の言葉が重なる。

 目に飛び込んできたのは白い紙――ではなく、ただの紫色。

 それが意味するところを受け入れられず、私は動きを止めるが……。

「表紙だけ……? ページが……ない?」

 神官の呟きが聞こえ、突き付けられた事実を理解した瞬間――私は意識を手放した。

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