第9話ボギーとダボ

 ティティが寿命を全うして旅立ってから、何年かは猫のいない生活でした。

 その代わり、行きつけの八百屋さんから譲り受けた柴犬の雑種ボギーがいました。

 ボギーという名前ですが女の子です。


 夫がゴルフをする人なので、私がボギーと名前をつけたら苦笑していました。

 ゴルフで規定の回数より一打多く打つことをボギーと言います。


 私が幼い頃にも、クロとジョンという犬がいたことがありますが、その子たちは当時同居していた父の一番下の弟、叔父の犬だったので、犬を育てるのはボギーが初めてでした。


 そのため、躾け方がわからず、お手もおまわりもできない子になってしまいました。ボギーは明るくて素直で可愛い子でしたけれど、あまり忠犬とは言えなかったです(笑)


 当時わが家の裏は町所有の埋め立たて地で、地盤を落ち着かせるためか、ずっと放置された荒れ地でした。


 野良猫も多くいて、わが家の庭へも自由に出入りしていました。

 本音を言えば、エサをあげたいところでしたが、ずっと面倒をみられるわけではないので、グッと我慢して手を出さないことにしていました。


 幸い荒れ地には野ネズミや虫もいるため、エサに困ることもなかったようで、ひもじそうなようすではあませんでした。


 ある時、わが家の玄関に迷い込んできた子猫がいました。

 おそらく乳離れしたばかりだったのでしょう。普通の野良猫は人の気配がするとすぐ逃げるのに、その子はまだ恐いもの知らずだったようで、無防備に近づいて来て足にすり寄ってきました。


 これ、私にとっては必殺技ですよ。


 片手に乗るような茶トラの毛玉がスリスリ(笑)


 その瞬間、「一生面倒見る」と、覚悟が決まりました。


 子猫は、人間の赤ちゃんもそうですが、丸くてコロコロしているのは、じゅうぶんに愛されて世話してもらえるよう、庇護心を増幅させるためと聞いたことがあります。


 まさにそれでした。


 わが家の横が大工さんの資材置き場になっていて、簡易小屋が建ってたのですが、おそらくそこで生まれて出て来たのだろうということでした。


 子猫はダボと名付けました。二打オーバー、ダブルボギーの略です。


 彼女は環境に慣れるのも早く、人なつこくて甘えん坊でした。

 細い木の枝を折っただけの棒をおもちゃにしてよく遊び、夜私が寝ている時には、襟巻きのように私の首の上寝ていました。


 まだとても小さくて軽かったので、苦しくはありませんでしたけれど、体を動かせないので窮屈でした。


 幸せな毎日でした。わずか十日間ほどでしたけれど。


 やはり彼女は野良猫で、外へ出ないよう二階に置いていたのですが、狭い隙間から何度も抜け出してしまいました。

 ちいさな体でどうやってか、二階のベランダから庭へ降りて外へ出てしまうのです。


 その日も他の用事をしていて、ちょっと目を離した隙に逃げられました。


 当時健在だった祖父が私を呼ぶので、階下に降りてみると、そこには紙袋に入った小さな包みがありました。


 資材小屋の前の細道で、走って来たスクーターにはねられたそうです。

 直後に祖父が見かけて連れてきてくれたとのことでした。


『見ない方が良い』と言われてしまったので、姿を見ていません。


 この頃はわが家の周辺も車の往来が多くなってきて、昔のようにのんびりした雰囲気ではなくなってきていました。


 家は開放的な田舎作りなので、ドアも引き戸も開けてあり、猫を閉じ込めておくのは難しいのです。


 人間が便利になると、動物達の危険が増えて住みにくくなってしまうものなのですね。

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