第9話 任務 カントクシャ(監督者)

 チトセは雑居ビル一室の扉を開ける。中には三人が彼を待ち構えていた。その内の二人はキズナとコガレだ。


 残りの1人は彼らの上役であるカントクシャだ。彼が3人とも見出した。彼は3人の信頼厚い上役だ。彼は自分の過去について多くは語っていない。


「やぁ、チトセ。君が最後なんて初めてじゃないかい」


「申し訳ありません」


「謝る必要はないよ。時間内に来たのだから」


「はい」


 チトセはソファに座る。対面のコガレは手を振るが、キズナは目すら合わせられないでいる。


「今日、集まってもらった理由は隣の地区でシンショクシャが出現したとのことだ」


「隣じゃ、私らは関係ないんじゃないですが~」


「そうでもないんだよ、コガレ」


「どうしてです?」


「今回のシンショクシャは果樹園の果物を食い尽くしてるそうだ」


「果樹園なんて、どこにもあるじゃないですか~?」


「それはそうなんだか。シンショクシャは南下して食い荒らしていてる。ご丁寧に地図どおりにしていているようだ。この推測が正しければ、次のターゲットは、ここの地区だと考えられる」


「果樹園なら、この地区には複数ごさいますが?」


「そうだね、チトセ。君なら理解できないかい?」


「…………あっ! 南下してるということは、この地区の北にある果樹園が狙われるということでしょうか?」


「ご名答、チトセ」


「さすが、兄上」


 チトセが軽く視線をキズナに刺す。すると、彼は伸びをして天井を見る。


「さっきから今日はやけに口数が少ないね、キズナ。何かあったのかい?」


「いえ、何にも御座いません。少し頭痛がしております、カントクシャ様」


「元気だけが取り柄のキズナが頭痛だなんて。珍しいことも起こるもんだ。まぁ、私たちは存在そのものが稀有だから些末な事かな」


「つまんな~い、カントクシャのおじちゃん」


「コガレ! カントクシャ様にタメ口はやめろ!! 再三注意してるのに」


「構わないさ、チトセ」


「チトセ、普段は話かけてもくれないのにぃ~。おじちゃん、うちの高校に先生として赴任してきてよ。カンタンしょ?」


「なんだ! その短縮タメ口は!? 一字くらい省かず話せないのかよ!」


「コガレェ~、顎が弱くってえ~。顎関節症になったら困るしぃ~」


「なら、なぜグミなんか食ってんだよ」


「……なっ、舐めてるのぉ~」


「嘘つくなよ。そっちの教室を通ったとき、袋からダイレクトでモグモグ食ってるだろが!」


「あらっ~、コガレのことが気になって仕方ないのねっ。コガレ、気づかなかった~。明後日からは廊下だけ見てよっと」


「勝手にしてろっ。まさか口つけたグミをチアキさんにあげてないだろうな!?」


「もしかして間接キス気にしてんの~? 安心して~。初めてはチトセって決めてるから。それ以降もチトセだけよっ、チュッ」


「やめろぉ!」


「2人の会話はいつ聞いても飽きないよ。でも、そろそろいいかい?」


「分かりました~」

「申し訳ありません」


「では話そう。出現候補地が二カ所ある。一つはマスカット、もう一つは苺の果樹園だ」


「マスカット食べた~い」


「続けていいかな? コガレ 」


「すみませ~ん」


「最近、シンショクシャとは無関係なのだが、マスカット窃盗で捕まった人間のニュースが話題になっている。それでマスカット果樹園の者は警戒して、防犯カメラを設置したんだ。いくらシンショクシャでも取り憑いた人間の姿は映るからね。それでマスカットの方は薄いと考えている」


「さすがカントクシャ様です」


「チトセは、おじちゃんを褒めるの好きよね。その一割でも私に向けて欲しいな」


「重要な説明の途中だぞ、コガレ」


「はいはい、分かりましたよ~、チトセ様」


「続けるよ。それでマスカット果樹園はコガレとキズナ。苺果樹園はチトセに担当してもらう。異議はないかな? キズナ」


「御座いません」


「いつもなら真っ先に意見してするのに。本当に今日は変だな」


「失恋したんですよ~」


「そうなのかい? キズナ。どの地区のホバクシャかな?」


「………………コガレ殿の早合点です、カントクシャ様」


「そうかい」


「私は異議あ~り」


「どうぞ、コガレ」


「苺果樹園が本命なら人数いたほうが有利じゃん」


「それはそうだね。しかし、万が一にもマスカット果樹園に出現したらキズナだと不安でね。実力は申し分ないのだが、なにせ無鉄砲なところがあるからね」


「アンタ、少しは自重しなさいよっ。張り切り過ぎて空回りしすぎなのよ」


「すまない、コガレ殿」


「はぁ~、不本意だけど仕方ないかぁ~。今回はコイツと一緒で我慢しますね。機会があるならキズナと偵察任務お願いしますね」


「考えておくよ、コガレ」


 そうは言ったが、コガレは納得していない。なので、彼女は顔を横にしキズナを睨み近づける。彼は、すぐに圧を感じたが横を見られない。


「かたじけない、コガレ殿」


「ったく、少しは成長しなさいよっ! まあっ、アンタを治癒した日は熟睡してるわよ」


「役に立っているようで何よりです」


「嫌みも分かんないのっ?!」


「…………そうで御座ったかぁ」


「君たちは仲が良いね」


「違いますぅっ」


「そういう事にしておこうか。話は以上だよ。それでは解散としよう」


 するとキズナは、そそくさと部屋を後にする。チトセは声をかけようとしたが、やめることにする。彼はカントクシャ一礼して扉へ向かう。


 ビルを出るとコガレが腕に絡みつき彼の胸に頭を寄り添わせる。


「おい、やめろって!」


「いいじゃん。減るもんでもないんだし~。胸筋が鍛えられるし一石二鳥じゃん」


「君はバカなのか」


「あらっ、恋する乙女は思い焦がれてるの。その時の状態はバカって表現出来なくもないと思うのだけどぉ」


「理解できるようで出来ないような。って、離れろよ」


「やぁだぁ~」


 2人は、この問答を繰り返し帰路を歩く。チトセは夢中になりすぎて周りの痛い視線に気づいていない。しばらくすると肩を叩かれる。


「やぁ、君たちは仲が良いな。でも、不快に思う人もいるぞ。公の場では控えることをお勧めするぞ。部屋でヤルといいぞ。ちなみに私はどうでもいいのだが」


 声の持ち主はミレだ。チトセはチアキを探している自分にハッとさせられる。


「チアキなら、そこのコンビニいるぞ。喉が乾いたそうだ。呼んできてやろうか」


 彼女は軽蔑混じりの目を向けている。彼は彼女の目をまともに見れらない。


「あらっ、ミレさん。奇遇ね」


「通学路なので、私にとっては奇遇でもないぞ。コガレさん」


「あらっ、つれない」


「そろそろチアキが出てきそうだぞ」


 その言葉にチトセは焦る。そして、コガレを剥がしにかかる。


「君はDV 気質なのかい? チトセ同学生」


「違いますって」


「そうよ、ミレさん。これは、じゃれ合ってるのよぉぅ」


「そうなのか? 恋愛というものには色々な形があるのだな」


「そうそう、そうなのよぉ~」


「私には難解だ」


「ミレさんも好きな人が出来れば理解できるようになるって」


「わっ、私には、その様な殿方はいないぞ!」


「あらっ、そんなに怒らなくてもぉ。もしかしてミレさん?」


「なっ、なんですか! コガレさんっ」


「んぅっ、何でもないわ」


「そっ、そろそろかな、チアキは」


 チトセはコンビニに目をやる。すると、ガラス越しにチアキの姿を確認する。彼女は自動ドアのすぐそこまで来ている。


 彼はコガレを再び振りほどこうとする。しかし、思いのほか彼女の力が強く無理そうだ。


 彼は絶対にチアキに2人のこの姿を見られたくない。それで、彼は彼女の左脇に頭を入れ両脇から手を回し持ち上げる。そして、脇目も振らず裏路地へ入った。


 その後すぐチアキが出て来た。ミレと合流した彼女は2人で歩き出す。


 それを確認したチアキは表通りに出る。コガレは、いつの間にか彼から離れた。


「初めての経験だから、まだ実感がないわ」


「何がだよ!」


「初めて抱かれたわ」


「言い方っ」


「あらっ、何を想像してるのかしら? チトセく~ん」


「してねぇえって」


「一言あってもよかったんじゃない。心の準備ができてなかったぁ」


「そうですかぁ」


「情熱的かつ力強かったぁ。腰砕けになりそうだったぞっ」


「はいはい、そうですか。コガレさーん」


「満足できないわ。もう一度お願い」


「丁重にお断りさせてもらいます」


「もう~っ、照れ屋さんっ」


 チトセは彼女に付き合っていると時間がいくらあっても足りないと判断する。なので、歩き出す。


 コガレは彼の前へ出て、両手を背中で組み、弾みながら後ろ歩きをする。


 振り向いて立ち止まっていたチアキは、その光景を眺めている。

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