第6話 ストーカー カンシシャ(監視者)

 清掃の時間である。今週、チトセは教室清掃の担当である。斑がチアキと一緒だ。担当と斑は週ごとに代わる。


 彼はホウキで床を掃いている。すると、背中に割と強めの衝撃を受ける。彼は振り向く。


 拳を握り締めた女生徒が立っている。彼女の名前はミレという。チアキの大親友だ。


「何ですか? ミレさん」


「気安く私の名前を呼ぶな!」


「……あっ、すみません」


「私は存在しないのか?」


 ――どういう意味だ?


「私の後ろの人に言っているのか? すみませんだけでは誰に言っているか分からないじゃないか?!」


 ――難解だな~


「聞いているのか!?」


「では、何とお呼びすれば?」


「そんなの自分で考えれば? 絶妙ストーカー」


「………………」


「どうした? 絶妙ストーカー」


「あのっ……絶妙ストーカーって何ですかね?」


「もちろん、君のことだ」


 彼女は両手を広げる。そして、唇を隠し首をかしげる。彼女は全国区の空手の強豪選手だ。元からなのか、そのせいなのか口調が男性っぽい。


「私はストーカーではありません」


「そういうと思った。無自覚なのだな。だから絶妙ストーカーと名付けた」


「否定させてもらいます」


「と言うことは自覚してるのか?」


「そうじゃありませんって。ストーカーじゃないという意味ですよ」


「絶妙ストーカーについて気になるのか?」


「そのネーミング、気にはなりますね。お願い出来れば知りたいです」


「仕方ない。教えてあげよう。絶妙ストーカーとは好意とストーカーの狭間と言えばよいかな。己の心と葛藤し均衡を保っている。まぁ、分かり易く言えばストーカーの一歩手前と言う事だ」


「はぁ、何となく納得したような」


「やはり!自覚してるのか!」


「違いますって」


「そうなら人間の屑だ!!!」


「説明が理解できたかなぁってことですよ。声大きいですよ」


「今は、そういうことにしておこう。しかし、私が真正ストーカーと判断したら、即実力行使させてもらう。肝に銘じておくんだぞ」


 彼女は人差し指と中指で自分の両目を差した。次に、その二本指で私を差す。いつでも監視しているという意思表示のようだ。


「違うし、なりませんよ」


「んっ? 何の話をしてたっけ?」


「あぁ、どうお呼びすればということだったかと?」


 すると、彼女がジャージを引っ張る。その胸元には彼女のフルネームが刺繍されている。彼はそこに注目する。


 ――この苗字何て読むんだっけか。読み方が特殊だったんだよなぁ


「今は、そんなことはどうでもいい! 絶妙ストーカー」


 そう言い、彼女が指差す。その先には背伸びをしているチアキがいる。彼女の伸ばした手の先には、チリトリがある。誰かがロッカーにしまわず、その上に置きっ放しにしたようだ。


「役に立たないストーカーだな」


「だからっ、違いますって」


「絶妙ストーカーだったな。取ってあげないのか?」


「…………あっ、はい」


「どっちの意味だ。否定の意味なら薄情者だぞ」


「もちろん肯定ですよ」


「なら早くしてくれ。私は届かなかったから、仕方なく君に頼んでいる。さぁ」


「やりますよ」


 そうは言ったものの、彼はチアキに触れてしまいそうで躊躇っている。それで、彼は椅子を持ち彼女に近づく。すると、尻に激痛が走る。彼が振り返るとミレがファイティングポーズど取っている。


「何をしているんだ!」


 その声の主はキズナだ。彼は早足で来て、ミレに詰め寄る。


「どういうつもりです。兄上に蹴りを入れるなんて。返答次第ではお相手しますぞ、ミレさん」


「キズナ君、これには訳があってね」


 彼は二人の会話に違和感を覚える。しかし、何なのかが分からない。それでモヤッとする。


「どういう経緯でしょうか? ミレさん」


「チアキがロッカーの上のチリトリが取れなくて。それで私が取ってあげようとしたんだけどムリで。この人にお願いしたんです。理解できていますか? キズナ君?」


 ――んっ?


「はい」


「それなのに椅子を用意したんです」


「それが何か問題でも? 」


「何かのおかしいと思いませんか? キズナ君は」


「特にはないかと。椅子を使って取るのは不自然ではありませんが」


「この人なら手を伸ばせば簡単に取れるのに、椅子を用意するなんて変です」


「あっ! それはそうですね」


「私、気づいてしまったんです」


「何にでしょうか?」


「…………こっ、この人はチアキを椅子に上がらせチリトリをとる間スカートを覗く気なんですっ!!」


 ――おいおい、いくら何でも誰も信じないぞ! 特にキズナは


「何ですと!!!」


「信じられませんか? キズナ君」


「信じますとも、ミレさん。十分にあり得る話です」


「えっ…………そっ、そうですよね。ぜっ、絶対そうなんですよ」


 キズナが私の方への向く。


「兄上、ここはグッと欲望を堪えて下さい。姉上…………」


 チトセは拳を握り締める。今の彼は、これまでになかった視線と表情をキズナへ向けている。キズナは、それに気づいた。彼は明らかに狼狽えている。


「あっ、兄上。どっ、どうしてまた椅子なんかを持ち出したんです……か?」


「踏み台として使ってもらうためだ! それ以外の何でも無い。彼女の言ったことを微塵も考えたことないぞ!」


「そうですよね」


「理解してくれていると思っていたのに残念だ! オマエとの今後の関係は考え直させてもらう」


 周囲の生徒たちがザワつき始める。チトセは初め自分の声の大きさと思った。しかし、彼らの反応で、そうではないと悟る。非常に居心地が悪くなる。


「兄上…………兄上っ?」


「……あっ」


「早く取って差し上げては如何いかがですか? もっ、申し訳御座いません」


「あぁっ」


 チトセはチアキに近づく。しかし、彼には自身が彼女との間に引いた線がある。意識して近づく場合のみではあるが。彼は、その距離で止まる。


 チアキは顔を俯いている。彼は彼女が一連のやり取りをどう受け取ったのか気になっている。一瞬でも彼女の表情を見たいという衝動に駆られる。彼の鼓動が速くなっていく。


 彼は一度深呼吸する。そして、ロッカーの上に手を伸ばしチリトリを手に取る。


 彼は取っ手の下の部分の持ち、取っ手を彼女に向けて差し出す。その彼の手は微かに震えている。


 彼女が受け取るため手を伸ばす。彼女の手も震えている。その訳は彼とは違うだろう。


 受け取る彼女の人差し指と手渡す彼の人差し指が一瞬触れた。彼の鼓動が更に速くなっていく。


 その瞬間、思わず手を放す。落下しそうなチリトリを彼女は掴まえた。


 驚いた彼女が顔を上げる。彼女と目が合う。


 彼は一瞬固まる。そして、すぐに彼は会釈する。それは謝罪、それとも照れからなのだろうか。


 彼は頭を上げず、彼女の横を通り過ぎる。そして、そのままの体勢で教室を後にする。

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