第5話 コガレ シュウチャクシャ(執着者)

 二時限目の終わりのチャイムが鳴る。教室の扉が開くモノが。そして、一目散にチトセに向かい、彼の首に抱きつく。


「お待たせぇ~」


「待ってねぇよ」


 この二言でワンセットである。チトセとそのモノにとっては挨拶の定型文だ。その声の主はコガレという。彼女はバックハグしたまま頬ずりする。この一連の動作は彼女にとっての日課である。ちなみに彼女は帰国子女ではない。


 それを終えると彼女はチトセの前の席の生徒を恫喝し椅子を強奪、いや彼女なりのお願いをして譲ってもらう。そして、両肘を付きながら上目遣いで彼をなめ回すように覗き込む。チアキ以外の生徒は彼女が怖くて、もとい恐らく気を遣って遠ざかっていく。


 当初、チトセは、顔を背け続けていた。しかし、彼女はそんなことでは諦めなかった。背けた方向に回り込み覗き込むのだった。角度を変えられると追い回したのだ。


 最終手段として、彼は目を閉じた。めげない彼女は、指先で彼の目をひん剥いた。流石に彼は降参した。触らぬ神に祟りなしだと。


「放課後デートどうするぅ」


「やめろ! 聞こえるだろ!」


「誰も聞いてなんかないよ~。あんなに激しい一戦を交えたのに。私、腰を痛めちゃったぁ~ん」


「誤解を招く発言を慎め」


「あらっ、本当のことなのに」


「俺はデートなんかしたことないし、君とは一戦を交えたこともない」


「もしかして? 浮気? ひぃどぉ~い」


「頼むからやめてくれ」


「浮気相手とも最中は声を荒げるのかしらぁ~」


「オマエ」


「こっわぁ~い。S気があるのかしら?」


「いい加減にしないと叩き出すぞ」


「叩くの? そういうプレイが趣味なの? 私、未経験だわ。今度試してみる? 最初は優しくしてね。徐々に妥協点を見つけましょ! ねぇ?」


「もう相手しないからな」


 すると、コガレが左後方へ向く。


「チアキさんはどう思う」


 彼はコガレの口を塞ぎながら両頬を掴む。そして、自分へと向き直す。チアキは赤面し体中が熱くなっている。この場から立ち去りたいが体が言うことを聞かない。腰砕け状態のようだ。


「ぢょっどぉ~」


 チトセは黙るよう目で威圧する。それに彼女が、コクリと頷く。まだ安心できない彼は放さない。すると、彼女がウィンクした。彼は付き合いきれなく、諦め手を放す。


「ゴメンナサイね、チアキさん。刺激が強かったかしら?」


「………………」


 チアキは、さらに頭を低くする。そして、スカートを両手で掴む。


「迷惑じゃないか!」


「そう思うなら直接聞いてみたらぁ~? チアキさんにぃ~」


「………………」


「ねぇ、チアキさん」


「やめろ、コガレ!」


「こっわぁ~」


「何がだよ!」


「いつもと違ぁ~う。いつもはコガレちゃんって甘ったるい声で呼んでくれるのに~」


「コガレちゃんって呼んだことなんて一度もない!」


「今、呼びました~」


「…………………………」


 言葉の代わりに彼は両手をあげ降参の意思を示す。見ての通り、お手上げだ。彼女は宜しいと意味で何度も頷く。彼はいつも彼女にやり込められる。彼女は1枚も二枚も口達者なのだ。


 彼女もチトセの過去を知っている。彼女も彼と同時代を生きた。彼女は有力貴族の一人娘だった。彼女は彼が戦地へ赴き凱旋する姿に恋い焦がれた。彼との縁談が持ち上がった時は小躍りした。しかし、それは実現しなかった。


 彼女は深く傷付いたが諦めきれなかった。父親を通して何度も彼に持ちかけてもらった。しかし、彼が首を縦に振ることはなかった。


 彼女は想いを綴った文を彼に送った。彼からの返事は身に余る光栄なことであるが断ると返事だった。彼女には、縁談の話が引っ切りなし来ていた。それは、彼女が国1番と評判の才色兼備な女性であったからだ。書の腕前も一流で美しい文字、文体で心を込めて送った。それでも想いは叶わなかった。彼女は諦めきれなかった。


 その後すぐ、彼は官職を辞し故帰郷した。彼女は理由は聞いていたが、自分の執拗さが原因ではないかと思い悩んだ。それで、しばらく寝込んだ。


 その後、奮起した彼女は確かめるために、お忍びで彼の故郷を訪れた。彼女は彼が墓を前に項垂れている姿を目撃した。家族の墓なのかと周辺の人に尋ねてまわった。それで彼女は理由を知ったのだ。そう、チアキの存在を。


 臨終の際、彼女は彼の顔が浮かんだ。何十年を経て忘れたつもりだった。しかし、そうではなかったのだ。彼女もまた境界門を潜らなかった。もしかしたら、彼に会えるかもしれないという淡い期待を抱いて。待てど暮らせど実現することはなかった。


 彼女もホバクシャとして見出された。そして、彼と再開した。会話はしてくれるが、素っ気なかった。それでも、彼女は諦めなかった。どうにかして彼の傍にいたいと。


 問題があった。それはキズナの存在だ。彼女もホジョシャに志願したが上役に一蹴された。チトセ一人でも事足りるのに、優秀なキズナがいたからだ。


 彼女は彼に代わるようにしつこく付け回した。しかし、チトセ命の彼は、どのような妨害工作にも屈しなかった。それで、彼女は頭を巡らせて妙案を思い付いた。


 それはチユシャ(治癒者)になることだった。血の滲む訓練を重ねた。晴れてチユシャとして認定された。


 本来ならこれも一蹴されはずだった。しかし、それも織り込み済みだった。


 彼女はキズナが後先考えず精魂を使っているのを調査済みだった。それで、このままだと彼が反転化もしくは消失すると涙ながらに訴え説得した。それで、チトセ斑に滑り込むことが出来たのだ。


 そういう経緯があり、コガレとキズナは反目しあっていた。どちらがチトセの信頼を最も得るかだ。今でも、継続中である。


 キズナは、やや押され気味だ。理由はコガレに治癒してもらっているうちに頭が上がらなくなってきたからだ。


 先程の休憩時間のやり取りで分かるよう、キズナはコガレに強く出ることが出来ないのだ。しかし、犬猿の仲ではある。


 コガレは斑に入ってから、以前とは違い積極的にチトセに話しかけた。煙たがられても、お構いなしに。そうしているうちに、現在の関係を築いたのだ。二度と後悔しないために。


「そろそろ行くね、チトセ」


「勝手にして下さい、コガレさん」


「つれないわね、チトセちゃん」


 そう言うと彼女は席を立つ。そして、チアキの所へ行き袋を開ける。


「グミどうぞ、チアキさん」


「いつもありがとう、コガレさん」


「うちら友達じゃん」


 それはコガレの一方的な認識である。チアキはグイグイ来るコガレに苦手意識がある。しかし、話しかけてくれることに悪い気はしてない。なので、検討中である。


 コガレはチトセにウィンクして教室を去る。

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