第4話 キズナ ホジョシャ(補助者)

 一時限目の終わりを告げるのチャイムが鳴り止む前に教室の扉が勢いよく開く。このクラスの生徒ではない。


「兄上。只今、参りました」


 その声にチトセは毎回それに顔を俯ける。その声の持ち主は隣のクラスのキズナである。そう言った彼は、すぐにチトセに水筒からお茶を注ぐ。そして、チトセの肩を揉む。


 チトセは有り難くは思っているが、と同時に周りの目が気になり迷惑でもある。当初、クラスの生徒は唖然としていたが慣れ、今では日常の風景として溶け込んでいる。


 キズナは肩を揉み、チトセの両肩から交互に彼を覗き込む。時折、お茶の量をチェックする。


 当初は冷やしたお茶にしていた。しかし、チトセがすぐに飲み干し追い返した。それで、彼はホットに代えた。夏でもそうしている。それには例外がある。移動教室の時だけはコールドにする。チトセを気遣っているのだ。


 初め、チトセは構わず飲み干そうとしたが舌をヤケドした。それで彼は観念した。今は、ゆっくり時間を使って飲み干している。時々、彼がトイレに立つとキズナは、もれなく付いていく。


 チアキが言っていた100%保証とは彼の存在、チトセとの関係のことなのだ。彼女だけでなく、あらかたの人は二人の関係を怪しむはずだ。実際、クラスメートも彼女と同様に思っていた。


 チトセがお茶を飲み終えた。キズナはコップを取りに水筒を閉める。


「兄上、これで失礼します」


 そして、チトセの斜め正面に行き一礼する。その後、チアキの机を叩く。彼女が振り向くと無言で一礼し教室を後にする。初見なら不気味でしかない。しかし、これもクラスでは日常の光景だ。


 初対面で彼はチアキのことを姉上と呼んでいた。これにはチアキだけでなく、クラス中の生徒がドン引きした。


 これに慌てたチトセは、キズナには年の離れた独り暮らしの姉がいてチアキに似ているとクラス中に聞こえるよう説明した。なんとか信じてもらえた。


 その後、チトセは彼を呼び出しキレた。そして、二度と呼ぶなど釘を刺した。


 チアキは一礼し去って行くキズナのことが怖くて仕方なかった。しかし、姉を恋い焦がれるキズナに同情するようになり、今では受け入れている。チトセはその度に無言で頭を下げた。友達?想いな人だと思った。それも受け入れた理由の一つだ。


 実はキズナのチトセに対する行動はフェイクで実はチアキのことが好きなのではとの見方もチラホラ噂されている。


 キズナはチトセの過去を知っている。キズナは彼と同時代を生きた。彼はチトセの右腕だった。彼は戦乱で家族を皆失った。そんな彼にチトセは手を差し伸べ面倒を見た。彼はチアキ、国王と共に戦場を駆け巡った。


 ある日、彼はチアキに想い人はいないのかと尋ねた。しかし、答えは得られなかった。


 チトセが臨終の際にチアキついて聞かされた。キズナはチアキの墓を守るよう託された。そして、チトセは息を引き取った。キズナは恩義に報いるため死ぬまでチトセの遺言を守り続けた。


 チトセはキズナにもう一つ言い残していた。それは宰相には気をつけろとの事だった。キズナは宰相のことを信頼していた。評判もよく善政をしいていたからだ。彼は取り越し苦労だと深く考えなかった。


 人の欲望は一度火が付けば際限ない。宰相は国の簒奪に走った。その時、キズナは地方の反乱鎮圧の命を受けた。しかし、それは策略だった。その間に王都は反乱軍により制圧された。


 鎮圧へ向かう途中で逃げのびていた使者よりの手紙で知った。彼はすぐに取って返し反乱を鎮圧し、彼自らの手で宰相を処刑した。しかし、国王は深傷を負っており、これが原因で数ヶ月後この世を去った。去り際、王は気に病むことはないとキズナに言葉を残した。心の荷が少し軽くなった。


 彼はチトセの忠告を甘く見ていたことを深く後悔した。その事が深い傷となった。死後、彼も境界門を潜らなかった。チトセへの許しを請うことが叶わないからである。彼も見出されホバクシャとなった。


 その後、宰相は悪霊化したと知った。現在、シンショクシャとなった宰相は最重要侵蝕者だ。神出鬼没で端緒すら掴めていない。


 キズナ最大の目的はそのモノを捕縛することだ。その過程で、チトセと再会した。彼はチトセに心の底から詫びた。そして、協力してくれるよう懇願した。チトセは彼の想いを汲み了承した。そして、彼はチトセのホジョシャとなった。


 これまで情報が入れば、彼は足を延ばすがどれも空振りだった。しかし、その心は折れてはいない。彼は捕縛を心に誓う。




 教室に戻り席に着く。すると、椅子の足を蹴られる。毎度のことで慣れている。


「いい加減、気持ち悪いからヤメなよ~」


「貴殿に言われる筋合いはない!」


「私はいいのよ」


「話しかけないでいただきたい」


「私が話しかけなきゃ、誰が女子で話かけんのよ!」


「貴殿は女性ではない。悪霊だ」


「あらっ、失礼しちゃうわ。同業じゃない」


「私は貴殿を認めてない」


「あらっ、アンタがチトセに会えんのは誰のおかげかしらね? 私が回復してあげてんだけど~。アンタ、脳筋だから、アタシ、倍の力使って疲れんだけど~」


「それに関してだけは感謝申し上げる」


「代わってくんない? 順番」


「丁重にお断りする」


「待ちきれないわ」


「もう話しかけないでいただきたい」


「うざっ」


「言葉の乱れは心の乱れですぞ」


「またこれだよ」


 彼は机に突っ伏す。そして、あいている左耳を手で塞ぐ。彼は、その声の主が大の苦手なのだ。


 彼は背中を突っつかれる。彼は無視を決め込む。そうしていると、二時限目のチャイムが鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る