第3話 チトセとチアキの過去 ホバクシャ(捕縛者)

 チトセには別の顔がある。それはホバクシャ(捕縛者)としての使命である。


 過去を辿れは未練を抱えたまま世を去った者が少なからずいる。その者は、目を背けその現実を拒絶し肉体を離れた。そして、この世を未だに彷徨い続けているのだ。


 彼はその者たちを捜し出し説得して、この世との境界門へと送り出す。大抵の者は、彷徨う中で納得し門をくぐる。


 一定数、中にはその想いを断ち切れず悪霊化するモノがいる。その者は人に取り憑いて、意のままに操る。そして、遂げらず未練の形となった想いを成就させようとする。それらをシンショクシャ(侵蝕者)と呼ぶ。


 取り憑かれ器となった人間は、魂を蝕まれ十中八九は命を落とす。そうなった者の魂は消失し、再び蘇ることはない。それを阻止することが、彼らホバクシャの最重要任務である。


 ホバクシャは縛縄という名の道具を使いシンショクシャを捕らえる。それは浄魂を込めて編んだ縄である。浄魂とはホバクシャの原動力となる源だ。これが尽きてしまうとホバクシャは消失する。


 彼等は、これを常に考慮しながら対峙しなければならない。なので、普段から浄魂を高め増大させる事に努めている。


 消失するするだけなら、まだマシだ。その考えは彼等に失礼かもしれない。しかし、それだけなら彼等には救いの道が残されている。


 彼等の中にはシンショクシャに憐憫の情を抱いたり、魅せられて悪霊化するモノが出てしまうことがある。それらをハンテンシャ(反転者)と呼ぶ。


 ハンテンシャはホバクシャの上役であるモノに追われる。そして、成敗される。過去において上役から逃げ切ったハンテンシャは存在しない。


 反転化を避けるため、ホバクシャは通常三者編成である。互いに監視し反転化の兆しが見られれば上役に報告する。そして、そのモノは転出されるのだ。転出とはホバクシャの身分を剥奪することだ。


 そうなったモノには、魂を浄化され待機籍に入れられる。そして、長期間の経過観察を受ける。再び反転化の兆候なしと裁定を受け人籍に記載されるのだ。


 一方、ハンテンシャには籍奪が行われる。そうなると、そのモノの過去は消去され存在しなかった扱いになる。同僚だったホバクシャや上役ですら、そのモノの存在を記憶から消去される。


 チトセも駆け出しホバクシャの頃は三者編成であった。彼は目覚ましい成果を挙げた。それが高く評価され新しい職級が与えられた。


 それはココウホバクシャ(孤高捕縛者)という地位だ。分かり易く言えば単独捕縛者である。一人で侵蝕者に対峙することが許される。


 ただ単に成果を積み上げたり、卓越した実力があるだけでは目にとまることすらない。反転化しない強靱な意志を持ち合わせていなければならない。


 彼は推挙されるまで、その兆候の一片すら見せなかった。永年、ココウボウカンシャとしての任務を遂行してきた。今の今まで、彼が兆候を見せたことは皆無である。現在は訳あって肩書き上はホバクシャに戻っている。問題を起こした訳ではない。


 彼は輝かしい実績を考慮され、上役への昇格を打診された。一回どころか、何度もである。しかし、彼はその度に固辞した。


 その理由はチアキである。遙か昔、彼と幼馴染みの彼女は将来を誓い合った仲だった。その時の彼は若き一兵卒であった。彼は功績を上げ彼女を迎えに行くつもりであった。しかし、彼女の集落は敵国の襲撃を受けた。その危機に駆けつけたが、彼女は弓矢を受け瀕死の状態だった。彼は彼女の最期を看取り埋葬した。


 復讐を誓った彼は、多大なる戦功を上げ最高指揮官となり、二国間での国家存亡戦に臨んだ。それで、チアキの仇である敵国の総大将となった者を討ち取り第一級殊勲をあげた。


 国王は若き日より共に戦場を駆け巡った戦友のような存在だった。チトセは大将軍に昇格し、広大な領地と俸禄を下賜された。


 その後、彼は国内の残党狩りに尽力し、国家基盤を強固なものとした。すると、彼は職を辞し全てを返上して帰郷した。表向きの理由は病気療養とした。権力闘争に興味はなく国王の為でもあった。チトセは民衆に絶大な支持を受けていた。その支持を基に彼が蜂起するのではとの噂が出回っていた。彼には毛頭なかった。もし彼が官職に居つづけることで、再び戦渦に巻き込まれようなことになると犠牲となるのは大半は罪なき民なのだから。


 主な理由はチアキを失ったことだった。彼は仇を討てば心が充足されると思っていた。しかし、彼に残されたのは彼女が傍らにいないという虚無感だけだったのだ。


 余生を彼は彼女の墓を見守り続けることに捧げた。毎年、命日には彼が植えた花が咲き揃った。それは彼女が好きだった花。彼女への手向たむけとして。


 そんな彼も人生の終わりを迎えた。彼は境界門を潜ることなく居続けた。何年、いや何十年と。そんなことをすれば悪霊化するのは本来必至であった。しかし、彼は、そうならなかった。それで、彼はホバクシャとして見出された。



 いつもの朝の教室、今日も彼は日課であるチアキを数秒間だけ眺める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る