第2話 チアキ タイショウシャ(対象者)

 チアキはクラスの中心的な存在ではない。かといって、殻に閉じこもるタイプでもない。クラスメートとは一定の距離を保ちつつ上手くやっている。


 彼女の趣味は読書である。どんなジャンルにも挑戦している。その中では恋愛とファンタジーを特に好んでいる。


 休憩時間は移動教室がなければ、読書に熱中している。彼女は授業を除けば、主にこのように過ごしている。


 この学校には親友が1人、他校にもう1人いる。学校を終えると、彼女たちと連絡を取り合う。都合が合えば、一緒に街をぶらついて気になった店に入ってみたりする。


 今日は他校の親友であるカコと駅で待ち合わせした後、雑貨店でウィンドウショッピングを楽しむ。カコは以前から目を付けていたアクセサリーを購入する。彼女は一目惚れするような商品には出会えなかった。


 その店を後にし、書店へと向かう。お気に入りの少女漫画の新刊を発売日に手に入れたいカコと別れ、彼女は小説コーナーへと向かった。


 彼女は本選びに夢中になる。めぼしい本を手に取っては、装丁と帯を確認する。そして、数ページ試し読みするのだ。それを数回繰り返している。


 視界の右端に気になる本が平積みされている。彼女は手に取っていた本を左手で本棚に返しながら、右手を伸ばす。


 その時、肩口に人の存在を感じた。手を引っ込め慌てて避けようとし、彼女はバランスを崩す。そして、尻餅をつき横座りの形になっている。


 彼女が見上げると手が差し出されている。その先に見える顔には見覚えがある。


 それはチトセだった。


 彼女が彼の手を掴もうとする。すると、彼は咄嗟に手を引っ込める。そのせいで彼女は感覚を失い、尻餅をつき横座りの形になっている。


「ちょっと! 何してんのよ!!」


 カコが駆けつける。そして、彼女はチアキの脇を抱えて立ち上がらせる。そして、彼女はリュックを肩から外し、彼へと投げつける。


「この変態! いい加減、付きまとうのやめなさいよっ!!」


 彼女の大声に、店内が騒然となり彼女に客たちの視線が集まる。それに気づき我に返った彼女は顔が熱くなる。


「誤解です」


 チトセは、そう言うとお辞儀をして背を向ける。そんな彼に、やっぱり腹が立つ。カコはリュックを拾い上げ再び投げつけようとする。それをチアキが腕を掴み制止する。


「カコ、みんな見てるよっ?!。恥ずかしいから行こっ!」


 彼女はカコを掴んだまま引っ張り出口へ急ぐ。その際、彼を追い抜いた。


 店外へ出たカコは腕を振りほどく。そして、チアキの両肩を掴む。


「チアキ! 交番行こっ! それとも通報する?」


「大袈裟だよぅ」


 そう答えるとチアキが出てきた。目が合う。すると、彼は会釈する。彼女も仕返す。それに気づいたカコは振り返り歩き出そうとする。


 チアキは彼女の腰に組みつき必死で止める。


「今度会ったら、即通報するわよっ! このストーカー!!」


「ちょっとぉ、カコ。誤解だよ」


「チアキまでアイツと同じこと言うの?! 私、心配してるのよっ! 私、友達じゃないの?!」


「カコは親友だよっ。落ち着いて、ねぇ?」


「出来ないよっ。なにかあってからじゃ遅いのよっ!」


「起こらないから安心してっ、ねっ?」


「これで何回目? 私たちが二人でいる時、ほぼ毎回会うじゃないっ! こんなのは偶然じゃないわ。チアキ、狙われてるのよっ!!」


「落ち着いて、カコ。勘違いだって」


「無警戒すぎよっ! ミレも言ってたわよ。ミレといるときも会うんでしょ? こんな高確率で会うなんて、絶対おかしいってぇ」


「奇妙な偶然ってあるのよ」


「有り得ないっ」


「ほら~っ、事実は小説よりも奇なりって言葉もあるしっ! ねぇ?」


「本の読み過ぎでフィクションと現実がごちゃ混ぜになっちゃったの?」


「違うよぉ~」


「たしか、チアキ?」


「なに?」


「チアキ、恋愛とファンタジー小説が好きよね?」


「そうだけど?」


「その二つが入り混じって変な耐性ついちゃってんじやない?!」


「私は、いたって正常ですっ! も~うっ」


「なら、アイツが変なのは理解してるのよね?」


「チトセ君は、そんな人じゃないんだって!」


「チトセくぅ~~ん!?」


「あっ………………うぅ」


「チアキーッ!!! 学校は一緒だけど知らない人だって言ったよね? 嘘ついたの?! 」


「……実はクラスメートなの。ミレには黙っててもらってたの。ゴメンね」


「……まっ、まっ、まさかアンタたち付き合ってんのっ? 友達の私たちに内緒で?! だから庇うんだ、はいはい。男が出来ると人は変わるっていうけど。もれなくチアキもそうなんだ。見損ないましたよ、私ゃ。ここに絶交を宣言します。サ・ヨ・ウ・ナ・ラ。元友達のチアキさん」


「もうっ、カコちゃん。そんなんじゃないってばぁ~。彼……」


「彼が何? チアキイ」


「プライベートを話すのは気が引けるわ。忘れて」


「気になるじゃない」


「帰ろっ」


「もしかして告白されて断ったとか? それでストーカーに!?」


「違うよぉ」


「じゃあ何よ?」


「何でもないから、ねぇ?」


「まさか?! チアキの片想い」


「有り得ないよっ」


「教えてよぉ~」


「とにかくチトセ君が私を好きだなんてことはないの! これは絶対だからっ! ねぇ~、信じてよぉ~」


「なんか腑に落ちないなぁ~」


「100%保障できるから、ねぇっ」


「チアキは嘘言わないしね。わかった、信じる」


「ありがとっ、カコ」


 そう彼女が断言するのには二つの理由がある。その内の一つでも、ほぼ確なのではある。もう一つの理由が確かなら賭けにすらならない。倍率1.0の等価交換だ。


 チアキはカコの腕に組みつき肩に寄り添う。そうして、二人は帰路につく。

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