第7話 誤解 サクリャクシャ(策略者)

 あの騒動からチトセはキズナに対し無視を決め込んでいる。休憩時間、クラスメートの中には2人の重苦しい雰囲気に調子を狂わせた者もいる。何故かというと2人のやり取りは、彼らの日常でありプチイベントでもあるからだ。


 下校時、チトセはキズナのクラスを通り過ぎる。すると、キズナが慌てて出て来て後を追う。そして、チトセの肩を掴む。


「兄上、お供します」


「初めまして。どちら様でしょうか?」


「兄上、機嫌を直して下さい」


「初対面の相手に気安く喋りかけるなんて、失礼ではないですか?」


「兄上、私たちは将来を語り合った仲ではないですか?」


 その声にザワつき始める。チトセが見回すと数組の女生徒たちが彼らの周りを遠目から見ている。中には指差している者もいる。


「やっぱり、そうだったんだよ」


「今日で私の観察日記も終了かぁ」


「妄想が捗はかどるわ~」


「もしかしたらワンチャン?」


 といった言葉等が飛び交っている。女生徒には2人を見守る会というファンクラブが存在するという話まである。


「おい、やめろ!」


「いつもの兄上に戻られましたね、やっと」


「耳元で蚊が飛んでて五月蝿いなぁ」


「私が追い払います、兄上」


「それなら、勝手にそうして下さい」


 チトセはキズナに手の甲を向け手を二度払う。キズナは、その手を握る。そして、甲を入念に凝視する。その後、摩さすっている。


「兄上! 目視、感触共に刺された痕跡はありません」


「…………アナタことですけど蚊は」


「蚊とはあんまりではないですか?」


「うだるような暑さの夜を数ヶ月、いや何年も共に過ごした仲ではないですか! 私は布を纏まとい兄上に跨またがり蚊から一晩中お守りしたことも御座いますのに」


「おい、頼むからやめてくれぇ」


 女生徒たち中には口を開け唖然とし、興奮して思わず声を上げたりする者が見受けられる。


「こらっ、私のチトセを独り占めしないでよっ!」


 コガレが腕組みしキズナを睨みつける。視線が合った彼は、すぐに逸らし俯く。


「アンタ、紳士協定いや私の場合は淑女協定だわね。とにかく協定違反よ! 破った場合はチトセ独占禁止法が適用される決まりでしょうが!!」


「…………………………」


「アンタ、明日から当分は休憩時間のチトセ面会交通権を剥奪よ!!!」


 コガレが言ったように彼女らには協定がある。それは休憩時間の取り決めのことだ。偶数時間はキズナ、奇数時間はコガレと決めたのだ。


 コガレは今でも納得していない。理由は単純明快だ。初めは自分がチトセを独占したいからだ。


 2人はお互いに譲らなかった。解決策としてチトセがジャンケンを提案した。彼にしてみれば、その場で適当に思い付いただけだった。


 コガレは負けてしまったのだ。何故あの時グーを出したのかを今でも自問自答し悔いている。チトセに今でもジャンケンにしたことを愚痴ることがある。


「喋んなさいよ。アンタ、都合が悪くなると100パー黙りこくるわよね。男らしいと評判のキ・ズ・ナ君。ったく笑っちゃうわよ」


「……」


「守ってもらうわよ。明日からよ、絶対だかんね」


「お主、それは困る」


「お主って呼び名って。ひっど~い。私、可憐な女子なのに~」


「貴殿、申し訳ない」


「アンタ武士なの? 武士に二言はないわよね」


「…………………………」


「私の条件を呑んでくれたら考え直さないこともないわよ」


「それは何だ!……でしょうか?」


「休憩時間の順番代えてくんない?」


「…………それも困る」


「欲張り過ぎじゃん。二兎を追う者は一兎をも得ずよ」


「んっ…………」


「ちなみに解除するかは私の匙さじ加減よ。いつになるか分かんないけど」


「卑怯ではないか」


「どっちがよ! そんな態度なら半年くらいは解除しないかも~」


「ぐぅ…………」


「どうすんの!?」


「…………了承致す」


「どっちぃ~?」


「…………こっ、交換のこと……です」


「オッケー」


 このやり取りをチトセは呆れながら見ていた。すると、コガレと目が合う。これまでの経験から危険を察知したチトセは、素早く目を逸らせる。これを見たコガレは、腰を曲げ下から覗き込む。


「下着見ようとしてんだって?」


 周囲が再びザワつき出す。チトセは、その場から立ち去ろうと歩き出す。


「何度も私の見てんじゃん」


 女生徒たちが悲鳴を上げる。チトセは振り返る。早歩きでコガレの元へ行き背後から口を塞ぐ。そして、胸の下辺りに手を回し羽交い締めにする。その状態のまま人気ひとけのない所まで連れ出そうと考えた。


 ふと視線を動かす。その先には歩くチアキとミレがいる。彼はチアキと目が合う。彼女は目を見開いている。


 チトセは目を逸らせる。しかし、彼女のことが気になり戻す。彼女は左右に揺れていて、今にも倒れそうだ。前を歩くミレは気づいてない。


 チトセはコガレから手を放し駆け出す。

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