第10話 ATM男 ヨッキュウシャ(欲求者)

 翌日、チトセは苺果樹園に向かった。中に入ろうとしたが制止された。不審者として疑われた。果樹園荒らしがニュースで大々的に取り上げている。それで、果樹園関係者が神経を尖られるのも無理ない。


 彼は夜に出直そうと思った。しかし、ふとイチゴ狩りの看板が目に入った。それを口実に中に入ることにした。最初の印象が悪かったため難色を示された。


 彼は初めてのことで勝手が分からなかったと説明した。それでも、難しそうだったので学生証を見せ携帯番号も控えてもらうことにした。それで、ようやく許可され料金を支払い入ることが出来た。


 彼はシンショクシャの痕跡を調査に取りかかる。彼は複数あるビニールハウスの一つに入る。そして、探知機能付きの時計のリューズを二段階引っ張り、手前に回す。しばらくすると元に戻す。


 悪精の残滓が確認できれば、文字盤が全体的に赤く点滅する。しかし、反応しなかった。順次、残りのビニールハウスの調査を進めていく。結果、どの地点でも確認できなかった。


 彼は後ろポケットからスマホを取り出しコガレに連絡を取る。いつもなら、キズナだが昨日の1件で致し方なくだ。


 あちらも異常なしだそうだ。チトセは帰宅することにし出口へと向かう。料金所を通過しようとする。


「明日、必ず持ってくるのでどうにかなりませんか?」


 出来れば関わりたくない声が聞こえてきた。彼は見向きもせず横切る。しかし、少し気になってしまい振り向く。


 彼女の前にチアキが立っている。彼は彼女の横顔に引き込まれる。彼は、もう少し見てみたい。と同時に近づきたいという衝動にかられる。上半身が前のめりになるが、足は地面に張り付いているような感覚だ。


 彼女一人であれば、動いたのかもしれない。しかし、彼女の隣には今や彼のことを天敵扱い、そればかりでなく犯罪者予備軍と断定してる節がある彼女がいるのだ。


 彼はチアキに背を向け歩き出す。出口まで、あと数歩というところだ。


「そこの絶妙ストーカー」


 その言葉に立ち止まる。しかし、彼女の言葉を無視し歩き出す。彼の右足が果樹園と外との境界線を跨ごうとしている。


 その瞬間、彼は右手を引っ張られ体勢を崩す。何とかバランスを保つ。振り返るとミレが目力強く彼を見ている。


「やあ、おはよう」


「おはようございます」


「つけてきたのか? 絶妙ストーカー」


「…………」


「図星か!?」


「あの、自分のほうが先に来たんですが?」


「そうだな。じゃあ、盗聴器でも仕掛けてるのか?」


「どうやって侵入するんですか? そんなことしたらお縄ですよ? 発想が飛躍しすぎですよ」


「そうかぁ? お縄だなんて表現が古臭いな。時代劇が好きなのか?」


「たまに見たりはしますけど」


「ふ~ん。ところでキズナ君も好きなのか?」


「あ~、彼は好きですよ。勧善懲悪が良いって言っていましたよ。どうして、突拍子に彼のことを聞くんですか?」


「……あっ、何となくだ。なんか他人行儀な言い方だな。キズナ君と何かあったのか?」


「ちょっと。って、どうして気になってるんです?」


「いっ、いつも仲良さげだからな。君を心配してやってるんだぞ」


「あっ、それはどうも」


「ところで帰るのか?」


「はい。見てたら分かると思いますが」


「イチゴは美味しかったか?」


「そうなんじゃないですか?」


「んっ、妙な言い方だな。絶妙ストーカー」


「何がですが? って、その蔑称やめてもらえませんか?」


「私にとっては敬称だぞ。今、そんなことは些末なことだ。何で、そうなんじゃないって感想が出てくるんだ? もしかして食ってないのか?」


「あっ、はい」


「食わないなんて怪しいぞ。やはり?」


「……なっ、何ですか?」


「チアキの家から付けてきたんだな?」


「……ふう~っ、あのう。付けたとしたら、どうして自分が先に着けるんですか?」


「あっ! そうだな」


「もういいですか?」


「最後にATM は何の略だか分かるか?」


「 現金自動預け払い機 かと?」


「おぅっ、意外と博識なんだな」


「それくらい知ってる人は多いと思いますけど」


「謙虚だな。では英語で何というか分かるか?」


「ええっと…………オート…………分かんないですね」


「知りたいか?」


「いやぁ~、別に」


「知りたいだろ!?」


「……お願いしましょうか、はい」


「オール タイム イズ マネーだ」


「…………………………」


「どうした?」


 ――はぁ~、どうしょうか


「絶妙ストーカー?」


 彼は彼女の話に乗ることにする。一刻も立ち去りたいからだ。本能的に、否定すると厄介事になりそうな気がするからだ。


「そうなんですね~。知らなかったです。大変為になりました。それでは失礼します」


「ちなみに小遣いは幾ら貰っているんだ?」


「えっ………急にどうしたんです?」


「幾らだ?」


「必要な時に支給してもらいます」


「支給という言葉は、良くないと思うぞ! でも羨ましい限りだ」


 つい彼は、そう言ってしまった。彼が言う小遣いは、任務の経費のことだ。任務の度に上役が見積もって口座に振り込まれる。今朝も降ろしてきた。別途、生活費諸々は月初に支給されている。


 新人の頃、彼は余ったお金は返そうとした。しかし、上役からその必要はないと言われた。特に使う機会もないので貯金という形になっている。小遣いというのが、いまいちピンとこなかったのだ。


「お金を貸してくれ! チトセ同学生」


 彼は彼女の直球発言に一瞬戸惑った。しかし、彼女の発言は潔い。しかも、おそらく彼女にとっての敬称で呼ばれた。表情には真剣さを感じる。


 彼は黙ってうなずく。

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18の瞬間をキミに~チアキとチアキ~ 涼風雫 @suzukazeseifu

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