第40話 冒険者は何処までも(2)


 その翌日の真昼時。

 商隊と分かれたユルとタルカンの二人は砂上の王国の王都に足を踏み入れた。

 

 東とは異なる、豊かだが、衣服も建物も砂の色をしていて色褪せて華やかさのないように見える国である。

 だが、昊の群青を映すガイム河の水面は鮮やかな青で、河沿いにある大きな市場街で往来する人々には鮮烈な活気がある。その人々の多くは、ユルと同じ赤銅の肌に砂色の眼と髪を有し、襟の詰まった丈の長い土色の衣を纏っている。

 

 ユルはきょろきょろとその街の様子を見て、タルカンの腕を引き寄せて明るい声を鳴らす。

「すごいや。おれが全然目立たない」

「いや、目立つぞ……」

 タルカンは冷静にツッコんだ。それは服装のせいでも、明らかに余所者な落ち着きのなさのせいでもあるのだが、何よりもその、容姿にある。

 

 どんなに同じ格好をさせて、黙らせたとしても、その愛らしさのある顔立ちは隠せない。行き交う人々が時おりユルを認めるや、「あらやだ、美形ね」「将来が楽しみだ」などと言うと、タルカンはついつい砂よけ布でさっと庇って彼らに見えないようにしたくなる。

 一方で連れのタルカンは何をしても目立つ。この土地において、タルカンは異国人なのだ。さらには筋骨隆々で鋭い三白眼をしているものだから、「危ない人?」と呟かれることが多い。その都度にユルは吹き出して笑った。揶揄えばすぐに耳たぶまで真っ赤になる男が悪党扱いである。

 

 ユルはタルカンと手を繫ぎながら、何となしに尋ねる。

「タルカンはこの街へ来たことがある?」

「いいや。ここより東にずれた、アスダルという街には行ったことのあるが、王都は初めてだ」

「そうなんだ」

 ユルは目を瞬かせた。つまりは二人して初めてなのである。それはそれで、いや、だからこそワクワクするというものだ。タルカンは過去を懐かしむように緑色りょくしょくの三白眼を細めると、

「アスダルへ行った時は翡翠ジェイドを売りに行ってたんだ。アスダルに住む、翡翠族ヤシュムとかいう一族は翡翠ジェイドを家紋みたいにしているからな」

翡翠ジェイド?ああ、緑色の宝石か。タルカンの目より、色が濃いやつだよね」

「ああ。私の目は……橄欖石ペリドットに色が近いとよく言われる」

「おれは宝石なんかより、タルカンの目のが好きだなあ」

 ユルはうっとりとして、その穏やかな三白眼を見詰める。タルカンは照れくさそうにしながらも、返す言葉に困って頓珍漢な事を言う。

「くり抜いてくれるなよ」

「そんなことしないよ。というかする必要ないよ」

 必要なければするのか?と聞きたくなるような言い草である。タルカンは思いっきり顔を引き攣らせて言葉に詰まらせる。

 

 するとユルはにっこりと笑って、タルカンの腕をぐいっと引き寄せる。

「だって、いつも横に歩かせてるし」

「私は装飾品か」

「それ以上だよ、お嫁さん」

 またそれである。こんなにも図体の大きな男にお嫁さん。あんまり嬉しくない表現である。タルカンはがっくりとして、言葉を返す。

「せめて、旦那さんにしてくれ……」

「えー?ぜったい、イヤ」

 まさかのお断りである。しかも絶対。タルカンはとほほとなる。すると、ユルが力いっぱいタルカンの手を引いて歩き出す。

 

「ほら、行こう」

 

 それは、目映いばかりの満面の笑みである。ユルは明るい声で、行く手を指差して言葉を鳴らす。

 

「まだまだ、行けるところはたくさんあるんだ。できるだけたくさん、行こう。遠い、遠い、知らない何処かへ二人で行こう」

「――ああ。共に行こう」

 

 タルカンはそう答えると、二人は共に並んでまた一歩また一歩と足を進めた。その先には何処までも長い道のりが続き、その上では群青の昊と白星しろほし、そして三色の飾り尾を靡かせる虹鷹が彼らを見守っていた。









 


  

 群青の昊高くで白星が燦々さんさんと瞬き、虹鷹が白星に赤、青、緑の三色の輪を掛けて雨を報せる悠久の大地。そこでは名と形というを持つ人々は一瞬の時を過ごし、そして消えていく。

 

 それは、脆くて美しい。その儚い永久とこしえに人々は優しく穏やかな刹那を乞い、そして恋う。

 彼らには各々の望みと、使命がある。

 彼らは愛し愛され、飢えと渇きを満たし、快楽や愉悦を求めるだろう。

 一方で彼らは様々なしがらみの中で、子や妻、友や同胞を守り、後世へ繋げていく義務を果たさねばならない。その責務は彼らを規定し、行く先を導く一方で、時には彼らを縛り、苦しめ、葛藤させるだろう。

 

 西方の砂原に囲まれた一角に、その王国はある。そこにはかつて、冒険者、と名乗るふたりの男がいた。

 彼らはこの国から、街から旅立ち、各地を巡り、様々なものを見て、聞いて、感じたのだという。彼らは手を取り合い、その刹那々々にその新しい世界を刻んで行ったのだという。

 

 彼らの結末は、誰も知らない。

 

 何処かの街で余生を送り、共にその命を終えたのだろう、と人々は言う。若しくは死後、夜の民ザラームと混じって、それでもなお永遠の時の中を冒険しているのだ、と言う者もある。

 

 彼らのことを、誰も知らない。

 

 その片割れは永久とこしえに生きる旅人なのだということを。けれどもそれは些細なことだ。その悠々と流れる命を持つ者は、きっとそれでも、冒険を望み、冒険を生きているのだろうから。

 

 ――共に遠い何処かへ

 

 その何処かはきっと、どんな年月を経てしても辿り着くことはない。否。見付つからないのではない。その時々でその何処かは変わり、ゆえに定まることはなく、ゆえに冒険は続くのである。

 

 永久とこしえの地で、刹那をこうて

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永久(とこしえ)の地で、刹那を恋う 花野井あす @asu_hana

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